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石川内野手、痛恨のミス

Last-modified: 2018-09-23 (日) 13:08:42

横浜DeNAベイスターズ・石川雄洋の男村田スレにおけるキャラ付けのこと。
肝心な場面で失点に結び付くエラーが多い事に由来しており「最後の詰めが甘く、凡ミスをする」という設定が定着している。

しかし現実世界で設定を超えた球史に残る痛恨のミスを犯してしまい…。


2011年最終戦9回裏 Edit

2011年の横浜ベイスターズはシーズン最終戦で読売ジャイアンツと対戦。石川は怪我から復帰し出場選手登録され、1点リードで迎えた9回裏から守備固めで遊撃手として登場したものの、先頭打者のそう難しくはないゴロを弾き出塁させてしまう痛恨のミスを犯す。
そこからクローザー・山口俊が崩れ、最後は巨人・長野久義代打逆転サヨナラ満塁本塁打*1を浴びるというインパクトの残る敗戦でシーズン終了。
しかもその後に球団が身売り、この試合が「横浜ベイスターズ」としての最終試合になってしまい、記録にも野球ファンの記憶にも残る試合となった*2

 

その後、同僚の村田修一は巨人へとFA移籍する。
ドラフトでの横浜入団前に「嫌い」とまで言い切っていた巨人へ移籍した理由の一つが「石川内野手、痛恨のミス」であると言われている*3


コピペ Edit

2011年シーズン最終戦の9回裏までの試合経過

高卒2年目国吉が球界の盟主相手に好投!
ベイス不動の4番男村田が2ホーマーで澤村を粉砕!防御率1点代も勝ち越しもご破算!
ついでに盗っ人内海の最多勝も粉砕!
そして復活の期待の若手石川内野手が9回の守備へ!


動画 Edit



試合結果 Edit

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その後の石川 Edit

翌年、身売りにより横浜DeNAとして再出発したベイスターズの初代キャプテンに指名*4され、以後は愛称として「キャップ」と呼ばれる事も多くなった。
また送球難が原因で遊撃手を諦められ二塁手・外野手としての出場が中心になる。
以後も事あるごとになんJ民の手首を破壊しつつDeNAでは数少ない生え抜き選手*5として活躍していたが、2014年以降は故障と加齢もあってか攻守のパフォーマンスが低下し徐々にヘイトを集めるようになってしまう。
この為下記のような蔑称が次々誕生し、特に2016年は同じ横浜高校出身で、かつてのポジションである遊撃手・倉本寿彦が台頭した上に、自身の成績がキャリア最低レベルにも関わらず監督使われ続けた事もありヘイトを一身に集める状態になってしまった


しかし危機感を感じたのかオフに右肘の手術を受け長年の悩みだった送球難が若干改善。田中浩康の加入・柴田竜拓の台頭により休養機会が増えたことで加齢によるスタミナ低下を気にせず試合に出ることが可能になり、2017年は出場試合数こそ最少だったが成績を前年より改善させ、特に守備の危うさが露呈した倉本の評価が急落したこともあり突然の再評価が進むことになった。
2018年もホセ・ロペスの離脱により精神的支柱が欠けたため7月頃に昇格すると出場機会こそ少ないもののチームに貴重なベテランとしてチームに貢献。相変わらず守備面では9/1・9/2の阪神戦での連夜の痛恨のミスなど危ういものがあり批判される事が多いが倉本も守備面では大して変わらないため最早倉本との立場は完全に逆転している。


蔑称一覧(年齢表記は2017年準拠) Edit

  • 足だけが取り柄
  • 安打献上機
  • 石川天皇/石川上皇*6
  • 映す価値無し
  • 学閥だけでレギュラーを獲った男
  • ショートのアレ
  • スペランカー
  • 忖度王子
  • タケタケステップ
  • タニマチのお墨付き
  • T-石川
  • 中井大介(31)
  • 中島裕之(31)
  • 日刊石川
  • 藤田の愛人
  • 藤田の好きな野球選手
  • 不動のショート
  • 横高の恥
  • 劣化版琢朗
  • 1番 ショート 石川

余談 Edit

なお、石川は別の記録に残る試合でも痛恨のミスをやらかしている。

 

2007年4月19日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)、石川は11点リードで迎えた7回表にプロ初盗塁を決める。
しかしヤクルト側の心象を悪くしたのか、打席の内川聖一は直後に死球。さらに次打者の村田修一は頭部死球を受け、これをきっかけとして乱闘に発展。投手の遠藤政隆*7は危険球退場となったが、この処分に反発した古田敦也選手兼任監督も審判への暴言で退場に。
しかも、この試合は石川の初盗塁以上に古田の通算2000試合出場ということもあり、石川はチームメイトどころか相手にも痛手を与える痛恨のミスを犯してしまっていた。

またこの件で因縁深い山口俊は2016年オフにFAで自身を燃やした相手である巨人に移籍
翌年山口が先発した7月2日の試合で石川は2番打者としてスタメン出場すると、執拗にピッチャー方向であるセンター返しを徹底するバッティングで3打数2安打1打点をマークしたが、この試合で燃え尽きたのか試合中に負傷退場してしまった上、復帰後も出場機会が少なく最終的には2軍でシーズンを終えてしまった。
なお試合を決める一発を放った長野は1番でスタメン出場し5打数3安打の活躍を見せたが、この件が遠因で移籍したと言われる村田は3打数1安打1四球と微妙な結果に終わっている。


関連項目 Edit



Tag: 横浜 コピペ






*1 2001年9月30日のオリックスブルーウェーブ対千葉ロッテマリーンズ戦で、オリックス・藤井康雄が放って以来10年ぶり8度目。
*2 この他、長野はこの本塁打で首位打者を獲得、勝利投手となった内海哲也も最多勝を獲得と記録面でもドラマチックな幕切れとなった。
*3 この他にも前年に横浜を離れ大活躍した内川聖一まともに練習しているのが三浦大輔ぐらいしかいないレベルのモラルなど、理由は複数あった模様。
*4 2014年まで。以後は筒香嘉智に譲った。
*5 2017年以降はベイスターズに所属した年数が最も長い現役選手である。
*6 倉本が「天皇」になったため
*7 元中日→ヤクルト。「氏ね様」と言われていた。80年代に活躍した遠藤一彦(元大洋)の従弟。ただし年齢が離れているため互いのNPB在籍期間が重なったことがない。