元プロ野球選手・那須野巧(元横浜→ロッテ)が2004年のドラフトで横浜ベイスターズに入団した際の実際の契約金のこと。
経緯 
ドラフトによる新規入団選手は「契約金1億円+出来高5000万円・年俸1500万円が上限」と申し合わせられている。しかし2007年に、入団時の契約が5億3000万だったこと、さらに入団一年目の年俸も3000万だったことが発覚*1。同期入団の一場靖弘*2が関わったいわゆる一場事件の件もあり、球界全体を巻き込んで非常に大きな問題となった。
特に横浜は一場にも金銭を与えていたほか、この二人と前後して戦力にならなかったスティーブ・コックスや佐々木主浩に高額年俸を支払っていたことや、その代償として主力選手であるタイロン・ウッズやドミンゴ・グスマンなどが流出、ハマスタの契約などもありさらなるチームの弱体化や経営悪化を招きTBSがベイスターズを手放す一因になった。
アマ・プロ時代の那須野 
日本大学(東都大学リーグ)での通算成績は、50試合登板22勝10敗・防御率1.97・219奪三振をマーク。
同年ドラフトでは一場や野間口貴彦(元巨人。創価大中退→シダックス)とともに「BIG3」と注目を浴び、さらに「自由獲得枠」という当時のドラフト制度も相まって争奪戦に発展し中日や阪神との争奪戦を制した横浜が逆指名を取り付けた。
プロ入り当初は目立った成績を残せなかったが3年目の2007年には主に中継ぎで63試合登板・防御率3.79とまずまずの結果を残すが、同年オフに左肩甲骨部を手術した後は安定感を欠く投球が続き、2009年オフにロッテへ移籍*3。
ロッテでは一軍登板のないまま2011年オフには戦力外通告され、現役引退した。
那須野と同期の指名選手一覧 
9人中自由獲得枠の2人を含む6人は10年経たずにNPBを去るというドラフトとなった。
現役選手の通算成績は2019年シーズン終了現在。
指名巡 | 名前 | 守備位置 | 一軍出場 | 引退後の動向 | 投手は勝利、野手は安打 |
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自 | 那須野巧 | 投手 | 121試合 | 飲食店経営 | 13勝 |
自 | 染田健作 | 投手 | 2試合 | 高校野球監督 | 0勝 |
4 | 藤田一也 | 二塁手 | 1352試合 | 現役*4 | 1012安打*5 |
5 | 岸本秀樹*6 | 投手 | 181試合 | 広島スコアラー | 6勝 |
6 | 石川雄洋 | 遊撃手 | 1169試合 | 現役*7 | 1003安打*8 |
7 | 橋本太郎*9 | 投手 | 1試合 | 飲食店経営 | 0勝 |
8 | 桑原義行 | 外野手 | 35試合 | DeNA球団職員 | 14安打 |
9 | 松家卓弘*10 | 投手 | 14試合 | 高校野球監督 | 0勝 |
10 | 斉藤俊雄*12 | 捕手 | 175試合 | オリックスコーチ | 55安打 |
※1~3巡目は指名権なし*13。
エピソード 
元プロ野球選手・監督、現野球解説者の大島康徳氏(元中日→日本ハム)によると、東京・駒場学園高時代には「那須野ロード」と呼ばれるインチキ手抜き走りこみコースがあり、さらには練習をサボるための「秘密基地」があった、とされているほどの練習嫌いだったという。
先述の契約金問題で説明を求められた際には「矢面に立ったので、自分の責任は果たしたはず」と、どこか他人事のようなコメントを残している。
また、ロッテ移籍時には「1年目ぐらいのフレッシュな気持ちでやりたい。今まで適当だった。髪は黒く染めて短く切りたい」とコメントするなど、横浜時代はプロとしてあるまじき姿勢だった事が伺える発言もあったが簡単に練習嫌いは直らず故障などもあって球界を去ることになった。
これらのエピソードから「損五億」*14「5億円の焼茄子」*15といった蔑称も存在する。
192cmという長身に細身のスタイル、その顔立ちからチーム内では俳優・速水もこみちにちなんで「もこ」と呼ばれていた。
ロッテ引退後は球界に残らず調理師免許を取得、2014年に東京・大山で鉄板焼き店を開業した事がTwitterで広められた。評判は上々で現在に至り、最近では他業種で活路を見いだした元プロ野球選手の一例に挙げられるほどになっている。
余談 
同年のドラフトで上位指名された選手として
高卒では
大卒社会人では
らがおり、結果で見れば豊作ドラフト*17と言えるが、その一方で横浜*18、巨人*19、楽天、佐藤剛士*20を引いた広島、江川智晃*21を引いたソフトバンクが散々という勝ち組、負け組がはっきり分かれるという結末でもあった。
なお那須野を含めた「大社BIG3」は誰一人としてプロで大成しなかったという残念な結果に終わっている。