5億3000万

Last-modified: 2023-11-17 (金) 18:03:14

那須野巧(元横浜→ロッテ)が2004年のドラフトで横浜ベイスターズに入団した際の実際の契約金のこと。転じて那須野自身の蔑称としても使われる。


経緯

当時、ドラフトによる新規入団選手は「契約金1億円+出来高5000万円・年俸1500万円」が上限と申し合わせられていた*1。しかし2007年、那須野の入団時の契約金が5億3000万だったこと*2、さらに入団1年目の年俸も3000万だったことが発覚。同期入団の一場靖弘*3が関わったいわゆる一場事件の件もあり、球界全体を巻き込んで非常に大きな問題となった。
特に横浜は一場にも金銭を与えていたほか、この2人と前後して獲得したスティーブ・コックス、若田部健一、佐々木主浩といった高年俸選手たちがまったく戦力にならなかったことや、その代償として主力選手であるタイロン・ウッズドミンゴ・グスマン中日へ流出ハマスタの契約などもありさらなるチームの弱体化や経営悪化を招きTBSがベイスターズを手放す一因になった。

本人の反応

この件に対し、那須野本人は説明を求められた際には「謝罪会見もした。僕が矢面に立ったと思う」と、どこか他人事のようなコメントを残している。(ソース)
この発言は、下記のような那須野の意識の低さから出たものだとされている。

  • 故・大島康徳氏(元中日→日本ハム)によると、東京・駒場学園高時代には「那須野ロード」と呼ばれるインチキ手抜き走りこみコースがあり、さらには練習をサボるための「秘密基地」があった*4、とされているほどの練習嫌いだったという。(ソース)
     
  • ロッテ移籍時には「1年目ぐらいのフレッシュな気持ちでやりたい。今まで適当だった。髪は黒く染めて短く切りたい」とコメントするなど、横浜時代はプロとしてあるまじき姿勢だった事が伺える発言もあった(ソース)が簡単に練習嫌いは直らず故障などもあって球界を去ることになった。

これらのエピソードから「損五億」「5億円の焼茄子*5」といった蔑称も存在する。

記事

2007年04月12日
高額契約金 横浜「獲得へ仕方ない」 - 朝日新聞
http://www.asahi.com/special/070313/TKY200704120131.html

2020年1月10日
元横浜の那須野 巧さんが今だから明かす、契約金騒動の舞台裏
https://www.walkerplus.com/trend/matome/article/217132/amp/

余談

同年のドラフトで指名された投手には、

後の沢村賞投手が3人もおり、その他にも

と各球団のエース級投手またはローテ投手がいたため*6、那須野・一場・野間口貴彦(創価大中退→シダックス→巨人自由枠)の「大社BIG3」が誰一人としてプロで大成しなかったという残念な結果が際立ってしまった。しかも那須野だけではなく一場、野間口も裏金問題が発覚してしまったという共通点がある*7


関連項目


*1 なお、年俸上限は2019年より1600万円に引き上げられた。
*2 日大・鈴木博識監督(当時)にも契約金の一部が譲渡されたという報道があった。
*3 明治大学→楽天1位。その後ヤクルトに移籍し引退。
*4 具体的には、駒場学園の走り込みコースの1つ「地獄の多摩川ランニング」のコース途中の草むらのことで、そこで昼寝してランニングを凌いでいたらしい。大島はこの事を那須野と同じ駒場学園野球部に所属していた自分の長男つてに知ったという。
*5 漫画家・タレントのやくみつるが命名。
*6 しかもこの中で通算100勝(アメリカ大リーグも合算)を達成しているのは上記の沢村賞投手3人に能見、中田を加えて5人もおり、久保も僅かに届かないが通算97勝を挙げている。
*7 一場は栄養費200万円、野間口は栄養費200万円に加え那須野を上回る裏金付き契約金7億円を受け取っていた。もし一場がドラフト前に栄養費問題が発覚しなければ野間口並みの裏金付き契約金を受け取ったものと思われる。そのため購入したマンションが東日本大震災で半壊して損害を被って自己破産することもなかっただろう。