5億3000万

Last-modified: 2021-01-22 (金) 09:27:48

元プロ野球選手・那須野巧(元横浜→ロッテ)が2004年のドラフトで横浜ベイスターズに入団した際の実際の契約金のこと。


経緯

ドラフトによる新規入団選手は「契約金1億円+出来高5000万円・年俸1500万円が上限」と申し合わせられている。しかし2007年に、入団時の契約が5億3000万だったこと、さらに入団一年目の年俸も3000万だったことが発覚*1。同期入団の一場靖弘*2が関わったいわゆる一場事件の件もあり、球界全体を巻き込んで非常に大きな問題となった。
特に横浜は一場にも金銭を与えていたほか、この二人と前後して戦力にならなかったスティーブ・コックスや佐々木主浩に高額年俸を支払っていたことや、その代償として主力選手であるタイロン・ウッズドミンゴ・グスマンなどが流出、ハマスタの契約などもありさらなるチームの弱体化や経営悪化を招きTBSがベイスターズを手放す一因になった。


アマ・プロ時代の那須野

日本大学(東都大学リーグ)での通算成績は、50試合登板22勝10敗・防御率1.97・219奪三振をマーク。
同年ドラフトでは一場や野間口貴彦(元巨人。創価大中退→シダックス)とともに「BIG3」と注目を浴び、さらに「自由獲得枠」という当時のドラフト制度も相まって争奪戦に発展し中日や阪神との争奪戦を制した横浜が逆指名を取り付けた。

 

プロ入り当初は目立った成績を残せなかったが3年目の2007年には主に中継ぎで63試合登板・防御率3.79とまずまずの結果を残すが、同年オフに左肩甲骨部を手術した後は安定感を欠く投球が続き、2009年オフにロッテへ移籍*3
ロッテでは一軍登板のないまま2011年オフには戦力外通告され、現役引退した。


那須野と同期の指名選手一覧

9人中自由獲得枠の2人を含む6人は10年経たずにNPBを去るというドラフトとなった。
現役選手の通算成績は2019年シーズン終了現在。

指名巡名前守備位置一軍出場引退後の動向投手は勝利、野手は安打
那須野巧投手121試合飲食店経営13勝
染田健作投手2試合高校野球監督0勝
4藤田一也二塁手1352試合現役*41012安打*5
5岸本秀樹*6投手181試合広島スコアラー6勝
6石川雄洋遊撃手1169試合現役*71003安打*8
7橋本太郎*9投手1試合飲食店経営0勝
8桑原義行外野手35試合DeNA球団職員14安打
9松家卓弘*10投手14試合高校野球監督0勝
10斉藤俊雄*12捕手175試合オリックスコーチ55安打

※1~3巡目は指名権なし*13

エピソード

元プロ野球選手・監督、現野球解説者の大島康徳氏(元中日→日本ハム)によると、東京・駒場学園高時代には「那須野ロード」と呼ばれるインチキ手抜き走りこみコースがあり、さらには練習をサボるための「秘密基地」があった、とされているほどの練習嫌いだったという。
 
先述の契約金問題で説明を求められた際には「矢面に立ったので、自分の責任は果たしたはず」と、どこか他人事のようなコメントを残している。
また、ロッテ移籍時には「1年目ぐらいのフレッシュな気持ちでやりたい。今まで適当だった。髪は黒く染めて短く切りたい」とコメントするなど、横浜時代はプロとしてあるまじき姿勢だった事が伺える発言もあったが簡単に練習嫌いは直らず故障などもあって球界を去ることになった。

 

これらのエピソードから「損五億*145億円の焼茄子*15といった蔑称も存在する。
 
192cmという長身に細身のスタイル、その顔立ちからチーム内では俳優・速水もこみちにちなんで「もこ」と呼ばれていた。
 
ロッテ引退後は球界に残らず調理師免許を取得、2014年に東京・大山で鉄板焼き店を開業した事がTwitterで広められた。評判は上々で現在に至り、最近では他業種で活路を見いだした元プロ野球選手の一例に挙げられるほどになっている。

余談

同年のドラフトで上位指名された選手として

高卒では

大卒社会人では

  • 金子弌大(トヨタ→オリックス→日本ハム)
  • 能見篤史(大阪ガス→阪神→オリックス)
  • 中田賢一(北九州市立大学→中日*16→ソフトバンク→阪神)

らがおり、結果で見れば豊作ドラフト*17と言えるが、その一方で横浜*18、巨人*19、楽天、佐藤剛士*20を引いた広島、江川智晃*21を引いたソフトバンクが散々という勝ち組、負け組がはっきり分かれるという結末でもあった。
なお那須野を含めた「大社BIG3」は誰一人としてプロで大成しなかったという残念な結果に終わっている。

関連項目


*1 日大・鈴木博識監督(当時)にも契約金の一部が譲渡されたという報道があった。
*2 元楽天→ヤクルト
*3 斉藤俊雄とともに、清水直行との交換トレード。
*4 2012年途中に楽天へトレード。
*5 2019年5月14日に1000安打達成
*6 2007年オフに広島へトレード。
*7 2020年オフに戦力外通告も、本人は現役続行を希望して他球団の獲得を待っている。
*8 内川聖一の37歳の誕生日である2019年8月4日に1000安打達成。現在の横浜生え抜きでは最多。
*9 一軍登板が僅か1試合(しかも、牛島政権中の話)に終わったこと、このドラフト時点で次期監督に決まっていた牛島和彦の母校・大体大浪商高校出身ということもあり、「縁故採用」と言われている。
*10 指名時点で東京大学経済学部在学中(翌2005年3月に単位取得しきれず、野球業の合間に単位を取得し9月に卒業)であり、東大出身投手として一時注目された。2009年オフに加藤武治(学芸大)、関口雄大(滋賀大)の国立大出身トリオで日本ハムへトレード。そのトレードでやってきたのが坂元弥太郎*11、松山傑、稲田直人である。
*11 横浜時代の登録名は弥太郎
*12 那須野とともにロッテに移籍した後、2010年オフにオリックスへトレード。
*13 当時のドラフトルールでは、1巡目と3巡目は自由獲得枠を使用しなかった球団に、2巡目は自由獲得枠を1つのみ使用した球団(自由獲得枠を使用しなかった球団は指名権なし)に指名権を与えられた。
*14 西遊記またはドラゴンボールの「孫悟空」を捩ったもの。
*15 横浜ファンとして知られる漫画家・タレントのやくみつる氏が命名。
*16 ただし、2巡目で中田を当てた中日(1巡目は指名権なし)は自由獲得枠でJR九州から獲得した樋口龍美(入団当時29歳)が入団後、椎間板ヘルニア・肩や腰の痛み、帯状疱疹などの故障に悩まされ即戦力としての期待に反して3年間で一度も一軍登板できないまま引退している。
*17 但し、高卒野手に関しては石川が同世代高卒野手の出世頭になるレベルで不作だった。
*18 藤田と石川がいる分救いはある。
*19 上位指名の野間口、三木均はハズレだったものの下位指名で亀井善行東野峻を指名できているため、多少はマシである。
*20 秋田商業高時代はダルビッシュと並ぶ好投手として評価されていたが怪我が多く、大成できなかった。
*21 宇治山田商業高時代は投打に評判が高かったが、怪我と伸び悩みで大成出来なかった。引退後は2020年12月までソフトバンクのスコアラー。