5億3000万

Last-modified: 2022-01-28 (金) 14:55:20

元プロ野球選手・那須野巧(元横浜→ロッテ)が2004年のドラフトで横浜ベイスターズに入団した際の実際の契約金のこと。転じて那須野自身の蔑称としても使われる。


経緯

ドラフトによる新規入団選手は「契約金1億円+出来高5000万円・年俸1500万円が上限*1」と申し合わせられている。しかし2007年に、入団時の契約が5億3000万だったこと、さらに入団1年目の年俸も3000万だったことが発覚*2。同期入団の一場靖弘*3が関わったいわゆる一場事件の件もあり、球界全体を巻き込んで非常に大きな問題となった。
特に横浜は一場にも金銭を与えていたほか、この2人と前後して獲得したスティーブ・コックス、若田部健一、佐々木主浩といった高年俸選手たちがまったく戦力にならなかったことや、その代償として主力選手であるタイロン・ウッズドミンゴ・グスマン中日へ流出ハマスタの契約などもありさらなるチームの弱体化や経営悪化を招きTBSがベイスターズを手放す一因になった。

本人の反応

この件に対し、那須野本人は説明を求められた際には「謝罪会見もした。僕が矢面に立ったと思う」と、どこか他人事のようなコメントを残している。(ソース)
この発言は、下記のような那須野の意識の低さから出たものだとされている。

  • 故・大島康徳氏(元中日→日本ハム)によると、東京・駒場学園高時代には「那須野ロード」と呼ばれるインチキ手抜き走りこみコースがあり、さらには練習をサボるための「秘密基地」があった*4、とされているほどの練習嫌いだったという。(ソース)
     
  • ロッテ移籍時には「1年目ぐらいのフレッシュな気持ちでやりたい。今まで適当だった。髪は黒く染めて短く切りたい」とコメントするなど、横浜時代はプロとしてあるまじき姿勢だった事が伺える発言もあった(ソース)が簡単に練習嫌いは直らず故障などもあって球界を去ることになった。
     
    これらのエピソードから「損五億」「5億円の焼茄子*5」といった蔑称も存在する。

記事

2007年04月12日
高額契約金 横浜「獲得へ仕方ない」 - 朝日新聞
http://www.asahi.com/special/070313/TKY200704120131.html

2020年1月10日
元横浜の那須野 巧さんが今だから明かす、契約金騒動の舞台裏
https://www.walkerplus.com/trend/matome/article/217132/amp/

余談

同年のドラフトで上位指名された選手として

高卒では

大卒・社会人では

らがおり、結果で見れば豊作ドラフト*8と言えるが、その一方で横浜*9、巨人*10、楽天*11、佐藤剛士*12を引いた広島*13、江川智晃*14を引いたソフトバンク*15が散々という勝ち組、負け組がはっきり分かれるという結末でもあった。
なお那須野・一場・野間口の「大社BIG3」は誰一人としてプロで大成しなかったという残念な結果に終わっている。

関連項目



Tag: 横浜 ロッテ ドラフト 報道機関


*1 なお、2019年より年俸上限が1600万円に引き上げられた。
*2 日大・鈴木博識監督(当時)にも契約金の一部が譲渡されたという報道があった。
*3 明治大学→楽天1位。その後ヤクルトに移籍し引退。
*4 具体的には、駒場学園の走り込みコースの1つ「地獄の多摩川ランニング」のコース途中の草むらのことで、そこで昼寝してランニングを凌いでいたらしい。大島はこの事を那須野と同じ駒場学園野球部に所属していた自分の長男つてに知ったという。
*5 漫画家・タレントのやくみつる氏が命名。
*6 阪神はこの年の自由獲得枠の選定にかなり苦慮した。野間口貴彦(シダックス、巨人自由枠)、一場→那須野、染田賢作(同志社大、横浜自由枠)と紆余曲折した末、前述の4人はいずれも在京思考が強かった上に一部選手の栄養費問題が絡んだため、撤退せざるを得なくなった末能見と岡崎太一で自由枠を行使した。なお、染田に至っては、「阪神ドラフト候補として報道されるようになってから一部阪神ファンの良識を欠いた行動があってチームにも迷惑がかかり困った」との発言がスポーツ報知「阪神嫌い」のように曲解報道されたことが災いした…が、結果的に阪神は能見を獲得して正解だったと言える。
*7 ただし、自由獲得枠でJR九州から獲得した樋口龍美(入団当時29歳)が入団後、椎間板ヘルニア・肩や腰の痛み、帯状疱疹などの故障に悩まされ即戦力としての期待に反して3年間で一度も一軍登板できないまま引退している。
*8 但し、高卒野手に関しては石川雄洋(横浜高、横浜6巡目)が同世代高卒野手の出世頭になるレベル(横浜生え抜きで1000本安打を達成したのは彼のみ)で不作だった。
*9 石川の他、藤田一也(近畿大、4巡目)がいる分救いはある。
*10 自由枠の野間口貴彦(創価大中退→シダックス)、三木均(八戸大)はハズレだったものの下位指名で亀井善行(中央大、4巡目)、東野峻(鉾田一高、7巡目)を指名できているため、多少はマシである。
*11 このドラフトで指名された選手全員が楽天が初の日本一となる前年の2012年までに現役を引退、その後日本一に立ち会ったのも平石洋介(トヨタ自動車、7巡目)だけという惨状となった。
*12 秋田商業高時代はダルビッシュと並ぶ好投手として評価され、1巡目指名でプロ入りするも怪我が多く、大成できなかった。
*13 チーム防御率がセリーグ最下位に終わったため、チーム編成を無視して投手のみを指名するという安直なドラフト戦略を取り、梅津智弘(國學院大、6巡目)を除き殆ど一軍に定着できずに終わるという当時の広島の暗黒ぶりを象徴する結果に終わった。
*14 宇治山田商業高時代は投打に評判が高く、1巡目指名を受けるも怪我と伸び悩みで大成出来なかった(一軍に定着しかけた年こそあったものの、一度も規定打席に到達したことがない)。2019年に引退後は2020年12月までソフトバンクのスコアラー。
*15 江川以外は一軍での出番が殆どなくホークス黄金期目前の2013年までにNPBを去った。