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11球団OK

Last-modified: 2019-11-16 (土) 21:36:48

来るべきドラフト指名に対し「ある球団を除いてOK」という意味の言葉。

元ネタ Edit

2016年8月9日に中日・谷繁元信監督と佐伯貴弘一軍守備コーチが休養した際に書かれた記事が発端。

当初はその辛辣な見出し、中日フロントへの容赦ない批判を浴びせる内容から「ソースはゲンダイ」と勘違いされるほどの周辺記事と思われていたが、ほどなくして日刊スポーツ署名記事で書いていたことが判明、信憑性が大きく上がった。ただし、当該記事を書いた柏原誠記者は、以前から「佐々岡選手引退」(実際に引退した2007年ではなく、2006年に書かれた記事)や、「黒田選手FA宣言で阪神」など真偽の怪しい記事を署名付きで書いている。「署名記事で書かれていたので信憑性が大きく上がった」と判断するのは疑問が残るが、この記事に関しては前述の通り初見のインパクトで多くのなんj民がゲンダイと勘違いしていたため、「あくまでゲンダイと比較すれば」ということだと思われる。

 

2015年のドラフトで指名が期待されていたアマチュア選手らの間で「中日を除いて11球団OK」が流行していたとされるが、記事によればアマチュア選手だけでなく、木村昇吾など2015年にFA宣言した選手らにも拒否*1されていたようで、ここまで嫌われるのも珍しいと言える。
事実、2015年の契約更改で新人・野村亮介(現中日打撃投手)と浜田智博に対して1年目から25%減俸を提示するなど中日のブラックぶりが伺えることに対する揶揄として、また中日ファンによる落合博満GMが院政を執る体制の悲惨さも含めて批判材料としては十分であり、定着した。


外部リンク Edit

谷繁休養の舞台裏…冷え切ったベンチ/記者の目
http://www.nikkansports.com/baseball/news/1692337.html

 「しっぽ切り」と言われても仕方ない。3年前の監督就任時、谷繁監督は落合GMに言われた。「3年目からは好きにさせてやるから」。その3年目、事態は正反対に進んだ。

 組閣やドラフトを含めた編成に監督が口をはさむ余地はなかった。GMが外部から招いたコーチを主要ポストに就けられ、監督が求めた1軍首脳は今回一緒に去る佐伯コーチくらい*2。お互いを信用できないベンチ内は冷え切っていた。監督と落合GMは1月から話していない。監督を含めた努力不足があった。

 FA補強を狙っていたある選手に「あんな球団には行きたくない」と言われ、アマ選手の間で「中日以外の11球団希望」とやゆされる。トレードも成立しない。頼るべきはドラフトだったが、即戦力ばかりこの2年間で15人獲得し、誰も1軍定着していない。ゆがんだ現状を招いたのは、少なくとも監督ではない。

 1月、白井オーナーは球団80周年での優勝を厳命した。昨年5位チームなのに準備不足は明らか。佐々木球団社長は戦力の不備について「そうは思っていない。若手に切り替え、育成も外国人も増やした。監督が専任になった。キャプテンを指名し、選手会長を代えた」と声を荒らげた。数年先まで見越したグラウンドデザインを誰が描いているのか。根本を見つめないと低迷期はまだまだ続く。

関連項目 Edit



Tag: 中日 阪神 報道機関 ドラフト






*1 また、他の情報によれば2015年限りでソフトバンクを退団し他球団からのオファーを待っていた松中信彦も「中日は考えていない」という発言をしたという噂が出ていた。現に松中は翌2016年初め、中日以外のNPB球団に入団テストを持ちかけたが不調に終わり3月に引退した。
*2 この他、2014年に山崎武司zakzakに語ったところによれば中日・横浜ベイスターズでチームメイトだった波留敏夫二軍打撃コーチ(当時、現一軍打撃コーチ)も谷繁の連れてきたコーチだという。