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阪神に行きたくない10ヶ条

Last-modified: 2019-07-23 (火) 00:51:47

1991年のドラフトを前に、阪神タイガースからのアプローチを受けていた田口壮(当時関西学院大学)が入団拒否の姿勢を示すために発表した声明のこと(後に撤回)。






10ヶ条の内容 Edit

1.自分は野球選手である以上、常に勝利というものを目標として野球人生を送りたい。
2.自分の夢は日本シリーズで優勝する事であり、阪神が日本シリーズで優勝することは、夢にしても出来過ぎている
3.中村監督*1が個人的にあまり好きな人種ではない。陰気臭いという感じがする。
4.球団がせこい。金儲けのことしか頭にないように見える。
5.フロントの二枚舌が酷いという。傍から見ていてもその信憑性は高いと感じられる。
6.ファンである川藤コーチが辞任した。他の阪神のユニホームを着た人間に打撃など教わりたくもない。
7.阪神ファンのマナーが悪すぎる。甲子園球場で野球観戦をしたことは何度もあるが、野球を見に来ているというよりも、騒ぎたいだけのバカの集まりのようにしか見えない
8.これほどまでに勝てないのは育成部門が悪いのではないか。自分も潰されそうで恐ろしい。
9.阪神沿線が肌に合わない*2
10.大物選手がロクな辞め方をしていない*3選手を大事にしない球団には入りたいと思わない*4

その内容があまりに辛辣且つ的を射たものであったため、大きな話題を呼んだ。
田口自らの意志*5ではなく、当時阪神と仲が悪かった大学の関係者が田口の阪神入団を阻止するために読ませたとも言われるが、田口らは現在も一切語っていないため未だに真相は闇の中である*6

 

この会見に激怒した阪神は田口から怒りの撤退*7。田口は日本ハムファイターズ(現北海道日本ハムファイターズ)とオリックスブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)との抽選の末、オリックスに入団した。


その後 Edit

大学時代は俊足、強肩の名遊撃手として名を馳せたがプロ入り後に送球イップスを起こして外野手へ転向*8イチロー・本西厚博・後にレギュラーとなる谷佳知と鉄壁の外野陣を形成。そして阪神大震災のあった1995年に「がんばろう神戸」のキャッチフレーズの下にオリックスでパ・リーグを制し、翌年には日本一の美酒を味わう。

2002年にFA移籍*9で渡米した後は2006年にセントルイスカージナルス、2008年にフィラデルフィアフィリーズの一員として2度のワールドシリーズ制覇*10に輝いた。
その後は2010年*11に古巣のオリックスで日本球界に復帰するも翌年に肩の故障から戦力外通告を受けて退団した*12。2016~2018年はオリックスの二軍監督、2019年からは同球団の一軍野手総合兼打撃コーチを務めている。

 

なお、田口が日米で現役だった1992~2012年の21年間は阪神が日本シリーズを制することはなかったので*13田口の選択は正しかった事が証明された

前年の90年ドラフトでは亜細亜大学の小池秀郎(元近鉄→中日→近鉄→楽天)がロッテから1位指名を受けたが入団拒否している。その時小池は特に行きたくない球団に阪神を挙げていた。もっとも暗黒時代の阪神はドラフト有力選手に水面下で門前払いを受けることが多かったとされ田口の件は氷山の一角とも考えられる。

関連項目 Edit






*1 当時の阪神の監督、中村勝広氏のこと。
*2 出身校の西宮市立平木中・西宮北高・関西学院大はともに阪急沿線にある。
*3 主力級だったランディ・バース掛布雅之田尾安志岡田彰布・松永浩美・仲田幸司・真弓明信らは球団と揉めた末に全員引退か他球団への自主的移籍への道を選んでいる。
*4 これに関しては田口自身がメジャーから復帰した後、皮肉にも古巣のオリックスで経験することになる。
*5 この時を含めて海外FA行使時とNPB復帰時に阪神入団の可能性が3度もあったがオリックスや関学への義理もあったかいずれも断っている。
*6 田口はその後当時の野球部監督から叱責を受け「監督から野球以外のことで叱られたのは初めて」だったという。
*7 この一件で阪神と関学の関係はさらに悪化。疎遠どころか断絶状態になっていた。ただし2018年ドラフトで関学OB近本光司を獲得しており、完全な断絶状態になっているわけではない。
*8 福留孝介(中日→カブス他→阪神)も田口同様にイップスを起こして外野手に転向している
*9 この時も阪神は近鉄からFAした中村紀洋と共に田口の獲得を狙っていたが失敗し、その代わりに取ったのが金本知憲である。なお金本は主軸として大活躍したため結果的には大成功となった。
*10 現在チャンピオンリングを2個所有している日本人選手は田口だけである。
*11 この時、実質田口の代わりになったのがマット・マートンである。
*12 直後に右肩を手術してリハビリを行っていたが、新規契約期限の2012年7月末日までにオファーがなかったため現役引退、野球解説者を務めた。
*13 リーグ制覇は2003年2005年の2度、2014年にはペナント2位からのCS優勝で日本シリーズに出場している。が、2018年まで日本シリーズを制したことはない。