即戦力外ドラフト

Last-modified: 2022-11-21 (月) 21:55:39

即戦力を評して取った選手が尽く使い物にならなかったドラフトのこと。
主に2014年の中日ドラゴンズのドラフトに対する評価を指す。
なお、下記の所属球団はすべて指名当時のものである。


概要

2014年ドラフト会議まで

2014年の中日は、主力の高齢化が進む一方で、若手は伸び悩んでいたことから、ドラフトで即戦力重視の方針を示し、山﨑康晃(亜細亜大)の1位指名が有力視されていた。
しかし、当日になって方針転換、ドラフト1位で野村亮介*1(三菱日立パワーシステムズ)を単独指名。野村はどちらかといえば素材型であり、しかも山崎を最初に指名していれば一本釣り出来たために疑問の声が上がったが、最終的に社会人の有力野手4人を獲得した当時GMの落合博満の手腕を評価する声もあり、この時点では賛否両論だった。また、伝統的に即戦力中心のドラフトに対して厳しい評価をすることで有名な小関順二氏がヤクルトと共に「指名に軸を感じられない」と酷評したことで、逆に成功ドラフトを確信した中日ファンも少なくなかった。


プロ入り後

ドラ1の野村は新人年の春季キャンプでいきなり右肩痛を発症、シーズンでも中継ぎとしてわずか3試合登板のみに終わる。その後は一軍での登板すらなく3年で戦力外通告を受けプロの世界を去ることとなってしまった。
一方でDeNAに入団した山﨑は1年目から守護神に抜擢され新人王に輝く。その後も不調な年こそあれど、消耗の激しい中継ぎ・抑えとしてプロ入りから8年で459試合に登板する鉄腕ぶりで、2018年、2019年に最多セーブを獲得、2022年には29歳10ヶ月で史上最年少となる200セーブを達成する*2など大活躍している。

10人近い本指名選手に高校生が一人もいないという指名にも関わらず野村が3年で戦力外、さらに他の選手も後述の通り「戦力」とは言いがたい状況が続き、一部の選手を除いてかなり早いペースでチームを去っていったためにこの呼称が生まれた。
とはいえ、2014年ドラフトは全体を見ても大卒、社会人が不作の年であった。この年1年目から「即戦力」として活躍できたと言えるのは投手なら山崎の他にはパ・リーグ新人王の有原航平(当時日本ハム)、高木勇人(当時巨人)、野手を含めても中村奨吾(ロッテ)、野間峻祥(広島)、西野真弘(オリックス)らの名前が挙がる程度であった。即戦力路線で指名を行った球団にとっては難しいドラフトだったのかもしれない。


指名選手一覧

育成枠は現役中に支配下登録された選手のみ掲載。通算成績は2022年レギュラーシーズン終了時点。『一軍出場』は一軍出場経験・他球団への在籍経験ともにある場合、「通算出場数(指名球団での出場数)」で示す。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1野村亮介投手三菱日立パワーシステムズ3試合2017年限りで戦力外*3
2浜田智博投手九州産業大1試合2016年に育成落ち、2020年限りで戦力外
3友永翔太外野手日本通運34試合2019年限りで戦力外
4石川駿内野手JX-ENEOS31試合2020年限りで戦力外
5加藤匠馬捕手青山学院大207(126)試合現役。2021年途中に加藤翔平とのトレードでロッテへ移籍
6井領雅貴外野手JX-ENEOS216試合2021年限りで戦力外
7遠藤一星内野手*4東京ガス293試合2021年限りで戦力外
8山本雅士投手四国リーグ・徳島3試合2018年限りで戦力外
9金子丈投手大阪商業大11試合2017年限りで戦力外
(育成1~3巡目選手は支配下契約歴なし、又は入団拒否)
育成4近藤弘基*5外野手名城大40試合2016年に支配下契約を勝ち取るも、2019年限りで戦力外

育成指名はともかく、本指名の選手はいずれも即戦力を期待されながら、谷繁元信森繁和体制の2018年まで誰一人として一軍でまともに活躍できず、この年の出世頭の遠藤ですら守備難を理由に激戦区の外野手に転向してからはさらに出場機会が激減。
なお、彼らの入団当初の二軍打撃コーチは殆ど実績を残していない上にかつて森岡良介とのトラブル無能扱いされていた高柳秀樹(元南海)1人しかいなかったことから育成ミスとする意見も存在する。


与田体制で起用法に変化

与田剛体制になった2019年は一転して、加藤は中日捕手陣では最多の92試合に出場。遠藤はスタメンこそ少ないものの一度も抹消される事なく1年間一軍帯同。井領もアルモンテの不振や平田の一時離脱などで一軍に食い込み、8月に故障離脱するまでは月間MVPの候補に挙がるほどの活躍を見せた。また、石川は一軍出場こそ少なかったもののファームで打率・打点の2冠となった。
期待されていた「即戦力」としては誰一人として機能しなかったものの、加藤ら一部の選手は遅まきながらプロの水に馴染み、ここにきて同年のドラフトはようやく汚名を返上し始めていた。


そして全滅へ

翌2020年、遠藤・井領は揃って打率2割前後に低迷。石川は度重なる怪我と高年齢(当時30歳)が影響したのか同年限りで戦力外通告を受けることとなった。
また、加藤は木下拓哉に押されて出番が減少していき、2021年シーズン中に加藤翔平とのトレードでロッテに放出された。
そして残る遠藤・井領は2021年も目立った成績を残すことはできず、2人とも10月7日に戦力外通告を言い渡され引退。7年目にして全選手が中日からいなくなった

総括するとこの年のドラフトで獲得した選手たちは、即戦力外という最悪の評価こそ免れたものの結局誰一人として中日ではレギュラーを勝ち取ることができず、「同年のヤクルト(後述)よりはマシ」程度の評価に留まっている。また、この時のGMである落合博満が退任して以降の中日は即戦力中心、及び社会人出身の選手のドラフト指名を避けており*6、良くも悪くも後のドラフトに影響を与えたとも言える。


類似例

巨人史上最悪ドラフト・パート1(1989年巨人)

詳細

1989年、歴史的な逆転により日本一となった巨人のドラフト。6人中4人が社会人・大学生と即戦力寄りのドラフトだが、成功したのは高卒で入団、近鉄に移籍した3位の吉岡雄二だけで、巨人からは8年間で全員いなくなった
なお、6人のうち4人は後に近鉄に(吉岡はさらに楽天に)、残る2人も日本ハムに在籍しており、巨人で現役を終えた選手は1人もいない。なおこの年は全体的には大豊作のドラフトで即戦力外となった巨人の酷さが目立っている*7

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1大森剛内野手慶大132(123)試合「高校生*8より下の順位での指名など受けない」と豪語したが8年間で27安打に終わり1998年近鉄に移籍、翌年引退。イースタンでは3度の本塁打王を記録
2川邉忠義投手川崎製鉄千葉17(0)登板1996年に人的補償*9で日本ハムに移籍。その年に1勝したのみ。
3吉岡雄二投手*10帝京高1012(69)試合野手転向後5年間で32安打に終わり1997年シーズン前に近鉄に移籍*11、2001年のリーグ優勝に貢献し、楽天で2008年まで現役を続けた。
4佐久間浩一外野手東海大なし高校時代は「東の佐久間、西の清原」と言われる逸材だったが故障を抱えており4年間で引退、調理師を経て1996年日本ハムに所属、2年間で引退。
5鈴木望内野手駒大14(4)試合1995年に自由契約。1996年に日本ハムにテスト入団、その年にプロ唯一の本塁打を放つ。1998年引退。
6浅野智治投手岡山南高なし巨人では8年間で一軍登板0のまま戦力外。1998年近鉄に移籍もその年引退。


巨人史上最悪ドラフト・パート2(1991年巨人)

詳細

1990年に圧倒的な形でリーグ優勝するも、日本シリーズで西武野球によって弱点を丸裸にされ、翌1991年にBクラス転落の憂き目を見た年のドラフト。即戦力偏重と言うわけではなく6人中4人が高校生であったが、それでも結果は8年間でNPBから全滅と言うあまりにも惨憺たる物であった。特に3位の松岡正樹は引退後に強盗事件を起こし逮捕されるなど、そういう意味でも散々である。
ついでに比較的見られる数字を残した二人は少数派の大卒と、そういう所まで89年と似通っている*12

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1谷口功一投手天理高7(3)登板1997年限りで戦力外、1998年は西武、1999年は近鉄でプレー。
通算0勝。現役引退は2002年と、一応この中では最も長くNPB生活を続けた。
2小原沢重頼投手城西大47(47)登板通算3勝だがこれでもこの中では勝ち頭にして最多出場。1998年にロッテ移籍もその年引退。
3松岡正樹捕手平安高なし4年間で一軍出場0のまま退団。そして2004~2005年に連続強盗事件を起こし逮捕。
4伊藤博康外野手東北福祉大9(9)試合デビュー戦で活躍するが、その年以来一軍出場なし。1996年にダイエーに移籍も翌年引退。
5三好正晴投手川口工高なし1993年に引退。
6羽根川竜投手東北高63(0)登板巨人では5年間で一軍登板ゼロのまま戦力外。1997年にロッテ移籍、2年間で9試合に登板して1998年に退団。その翌年から台湾に渡り2年間で18勝した。


20年前の即戦力外ドラフト(1994年中日)

詳細

「10.8決戦」に敗れ惜しくも優勝を逃した中日はこの年、即戦力の好投手として名高かった金森隆浩と山田洋(逆指名)の2人を上位で指名し、3位以降も5位の三輪敬司を除いて全員即戦力(大学・社会人)という指名を行った。また、金森以外は全員地元の東海地方にゆかりのある選手という地元志向ドラフトでもあった。
しかし1位の金森は翌1996年にわずか2試合登板したのみで、プロ初先発(にして最後の一軍登板)となった同年10月9日のシーズン最終戦(甲子園での阪神戦)ではなんと初回に2発の満塁ホームランを被弾、それ以降は二軍ですら鳴かず飛ばずに終わり、1999年限りで引退。
最下位指名の大西崇之(2005年まで在籍)は一軍戦力として2度のリーグ優勝(1999・2004年)に貢献したものの、それ以外の面々(5人)は直近の優勝(1999年)にすら貢献できず、実質7年で中日から全滅する結果となった。
また、金森は西口文也(西武から3位指名)とどちらを獲るか迷った末に指名した選手であるが、即戦力投手2人(当たり1人、ハズレ1人)で迷った挙句にハズレを引いたという点でも20年後の2014年ドラフトと共通している。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1金森隆浩投手立命館大24(2)登板1997年限りで戦力外。1998年は台湾球界の統一ライオンズでプレー。
1999年に中日に復帰するものの同年限りで現役引退。
2山田洋*13投手日本通運名古屋89(27)登板2001年途中に山田・種田仁と波留敏夫の2対1トレードで横浜に移籍、2005年限りで引退。
3山田広二内野手トヨタ自動車19試合故障のため1998年限りで戦力外
1999年は球団職員として過ごし、故障が癒えた2000年に現役復帰するも同年限りで引退。
4原田政彦内野手*14東海理化69(37)試合故障のため1996年シーズン途中に自由契約。故障が癒えた1997年に支配下復帰。
2001年途中に金銭トレードで日本ハムに移籍、2002年限りで引退。
5三輪敬司捕手愛工大名電高なし2001年限りで戦力外
6大西崇之外野手ヤオハンジャパン723(703)試合2005年オフに金銭トレードで巨人に移籍。2006年限りで引退。


真・地獄ドラフト(1995年阪神)

詳細

指名経緯や残した成績などを含めれば、前年の中日がマシに見えるほど酷く、「阪神史上最悪のドラフト」と言われるほどに悪名高い。1月に発生した阪神大震災の影響もあり球団経営に消極的だった*15時期だけに4人しか指名しなかった上に全員が社会人*16という育成放棄上等の安直すぎるドラフト戦略を取った。この年は翌年のアトランタ五輪を控え有力即戦力選手が軒並み指名凍結されていた*17ため特に社会人は最初から不作が予想されており、むしろ注目が集まったのは福留孝介斉藤和巳をはじめとする高校生だった。実際に新人年の舩木を除いてほとんど戦力にならず、その舩木も2年目以降は故障をきっかけに不振に陥り、ファンの懸念通り戦力補強も世代交代も出来ずという当時の阪神を象徴する無残な結果に終わる。このドラフトが阪神ファンに根深いトラウマを与えたことは5年後の2000年ドラフトや21年後の2016年ドラフト、23年後の2018年ドラフトが叩かれた時に比較対象にされたことからも伺い知れる。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1舩木聖士投手NKK101(84)登板2002年限りで戦力外。同年オフにロッテへ移籍し2004年限りで引退。
2中ノ瀬幸泰投手西濃運輸14登板1999年限りで戦力外
3林純次投手東海理化17登板1997年限りで戦力外
4曽我部直樹外野手サンジルシ醸造21(19)試合2003年限りで戦力外。同年オフにロッテへ移籍し2005年限りで引退。


即戦力外投手ドラフト(1997年西武ドラフト)

詳細

指名した7人全員が投手、うち5人が大学生と社会人と即戦力中心の投手だけを指名するも、4位の土肥以外がまともに一軍で投げられずに8年で全滅したドラフト。
中継ぎとして十分な活躍をした後に横浜にトレードされた土肥以外の投手は5位の大島が2年、7位の平良が3年、1位(逆指名)の安藤が5年で戦力外になった事をはじめ、他の投手も一軍の主力投手とは程遠い有様で、2005年に芝崎、鳥谷部、佐藤の3人が戦力外通告を受けて8年で全滅となった

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1安藤正則投手専大なし2002年限りで戦力外
2佐藤友紀投手神戸弘陵高7登板2005年限りで戦力外
3鳥谷部健一投手柏陵高13(13)登板2005年限りで戦力外。同年オフに中日へ移籍し2006年限りで引退。
4土肥義弘投手プリンスホテル335(251)登板2004年シーズン途中に横浜に移籍*18し、2009年に出戻り加入。2010年オフにメジャー挑戦を目指して海外FAを行使したが、メジャーではなく米独立リーグのランカスター・バーンストーマーズに加入。2012年にオリオールズとマイナー契約を結ぶも高齢を理由に数ヶ月で解雇され、その後は米独立リーグのマウイ・イカイカにコーチ兼任で入団し、同年限りで引退。
5大島寛投手デュプロなし1999年限りで引退
6芝崎和広投手大和銀行48登板2005年限りで戦力外。2022年現在は若獅子寮の副寮長をしている。
7平良幸一投手沖縄電力2登板2000年限りで戦力外


東北復興ドラフト(2011年ヤクルト)

詳細

1・3~5位と東北チーム出身者で固めた*19ことから「地方創生ドラフト」とも呼ばれる。殆どの選手が使い物にならず、唯一比屋根だけはリーグ優勝を果たした2015年に上田剛史とレギュラー争いを繰り広げるほど奮闘したもののやらかしが多く、他選手の台頭、更には青木宣親の復帰もあって出場機会が減少してしまい2018年に戦力外。古野や徳山もある程度出場機会を得たものの故障に苦しんだために長期定着はできず、8年でNPBから全滅した。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1川上竜平外野手光星学院高なし2016年限りで戦力外
2木谷良平投手日本文理大52登板2016年限りで戦力外
3比屋根渉外野手日本製紙石巻361試合2018年限りで戦力外
4太田裕哉投手日本製紙石巻なし2013年限りで戦力外
5中根佑二投手東北福祉大なし2013年オフに育成落ち、2015年限りで戦力外
6古野正人投手三菱重工神戸62登板2018年限りで戦力外
育成1徳山武陽投手立命館大54登板2013年に支配下契約を勝ち取るも、2017年限りで戦力外
育成2金伏ウーゴ*20投手白鷗大2(2)登板2012年に支配下契約を勝ち取るも、2015年限りで戦力外。同年オフに育成契約で巨人に移籍、2016年に支配下復帰を果たすも同年戦力外。その後はBC栃木を経て引退。


真・即戦力外ドラフト(2014年ヤクルト)

詳細

同年の中日と同様に即戦力重視の指名を行ったが、たった3年でドラフト1位含む5人+育成1人が戦力外。残る2人も2019年に山川、2020年に風張が戦力外となり、6年でヤクルトから全滅。 翌年DeNAに移籍した風張もその年限りで戦力外となり、前述の2011年を上回る7年という早さでNPBからも全滅した。
その惨状たるや、

  • 全投手の登板数を合算してもたったの105
  • そのうち88試合は風張一人で稼いでおり、それ以外の投手は全員登板数10試合未満
  • 野手で入団した2人は共に一軍での安打どころか出場数が0

という有様。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1竹下真吾投手ヤマハ1登板2017年限りで戦力外
2風張蓮投手東農大北海道オホーツク93(88)登板2020年限りで戦力外。同年オフにDeNAへ移籍するも翌2021年戦力外。
3山川晃司捕手*21福工大附城東高なし2019年限りで戦力外。現在はNOL(元BC所属)富山。
4寺田哲也投手四国リーグ・香川3登板2016年限りで戦力外
5中元勇作投手伯和ビクトリーズなし2016年限りで戦力外
6土肥寛昌*22投手Honda鈴鹿8登板2017年限りで戦力外
7原泉外野手第一工業大なし2017年限りで戦力外
育成1中島彰吾投手福岡大5登板2016年に支配下契約を勝ち取るも、2017年限りで戦力外


2014年楽天ドラフト

詳細

シーズン最下位に終わったこの年、通常ドラフトで7人、育成ドラフトで2人指名。1・2位、育成1位では素材型の高卒選手を指名し、それ以外を大卒・社会人・独立リーグ出身の即戦力で固めるという、どちらかと言えば即戦力に比重を置いたドラフトであった。しかしそのうち3位以下で指名された7人は僅か6年で戦力外という結果に終わった。
2014年ドラフトの目玉と目されていた安樂も高校時代の酷使の影響や故障続きで6年目の2020年になって中継ぎとしてやっと頭角を現すまでは期待されたほどの結果を長らく出せず、小野も二軍の帝王のまま鈴木大地の人的補償でロッテへ移籍し移籍した2020年だけで楽天時代(39)を上回る40試合に登板と、上記2球団には及ばないものの中々に酷いドラフトとなる可能性がある。
ちなみに6位と7位の加藤、伊東は楽天のお膝元である宮城県の社会人チーム出身であり、育成ドラフトの八百板と大坂谷も東北の高校、大学出身である。前年の2013年ドラフトでも下位で地元枠の選手を数名獲得しているが、2014年同様にまともに戦力になった選手はおらず、これに懲りたのか以降地元枠の選手を下位指名で獲得したのは2017年の西巻賢二、2020年の入江大樹のみに留まっている。

 順位    名前    守備位置     出身       一軍出場            備考         
1安樂智大投手済美高174登板現役
2小野郁投手西日本短大附高172(39)登板現役。2019年オフに鈴木大地の人的補償でロッテに移籍
3福田将儀外野手中央大112試合2017年限りで戦力外
4ルシアノ・
フェルナンド
*23
外野手白鷗大72試合現役。2018年オフに育成落ち、2019年に支配下復帰するも2020年限りで戦力外。2021年にBCリーグ・埼玉武蔵に入団。
5入野貴大投手四国リーグ・徳島30登板2018年限りで戦力外
6加藤正志投手JR東日本東北10登板2016年限りで戦力外
7伊東亮大外野手日本製紙石巻8試合2017年限りで戦力外
育成1八百板卓丸*24外野手聖光学院高43(27)試合現役。2017年に支配下契約を勝ち取るも、2019年限りで戦力外。同年オフに育成契約で巨人に移籍、2021年に支配下復帰するも翌2022年に戦力外。
育成2大坂谷啓生内野手青森中央学院大なし2016年限りで戦力外


関連項目


*1 先発型ということもあり、リリーフ型と目していた山﨑より眼鏡に叶ったとされる。
*2 200セーブ達成自体は史上8人目
*3 杉下茂や星野仙一が背負い、中日でエースナンバーとされる「20」を与えられてこの結果である。なお、野村の成績の酷さ故か、中日の20番は2022年オフにトレードで加入した涌井秀章がつけるまで空き番だった。
*4 2017年より外野手に転向。
*5 実父は同じく中日で投手として現役生活を過ごした近藤真市。
*6 社会人の1位指名は2017年の鈴木博志(ヤマハ)のみで、2022年現在まで社会人出身選手の複数指名は一度もない。またその鈴木も中村奨成(広陵高、広島1位)のハズレ1位である。
*7 この年の主な指名選手は野茂英雄、佐々岡真司、与田剛、古田敦也、新庄剛志など。
*8 この年甲子園を沸かせ、大森同様巨人入りを熱望した元木大介のこと。野茂英雄を外したダイエーに1位指名を受けるも入団拒否、1年のハワイ留学を経て1990年に改めて1位指名を受け巨人入団。
*9 河野博文のFA移籍に対するもの。NPB史上初の人的補償選手
*10 プロ1年目に右肩の手術を受け、1992年より内野手に転向。それまではリハビリに専念していたため投手としての登板は無かった。
*11 石毛博史と共に石井浩郎との交換トレード
*12 またこの年も1989年同様1位で斎藤隆石井一久田口壮・落合英二・若田部健一・高村祐、2位以下でも桧山進次郎・河本育之・三浦大輔・浜名千広・田畑一也・片岡篤史鈴木一朗中村紀洋金本知憲とかなり豪華なメンバーであり、一人も芽が出なかった巨人のひどさが際立ってしまっている。
*13 ヤクルト・広島・ダイエーでプレーした投手・山田勉の弟。登録名は1996年のみ「ヒロ山田」、横浜移籍後は「山田博士」。
*14 1997年より外野手に転向。
*15 全線復旧が6月26日となり、4月1日に復旧したJRに多くの阪神間直通客を奪われた。さらに車庫の地盤崩壊(特に石屋川車庫は不運にも高架構造の車庫であった事が災いし、落下による車両大破など甚大な被害を受けてしまった)もあり、電車53両が廃車に追い込まれた。
*16 1位の舩木以外は全員東海地方の社会人チームで岐阜県の出身。
*17 当時のオリンピックはアマチュア選手しか出場できなかったため、アマチュア側がリストアップした選手は指名できなかった。
*18 田崎昌弘・東和政とのトレードで移籍。移籍直後対巨人8連勝。
*19 純粋な東北出身者は4位の太田、5位の中根のみ。仙台市出身でOBとしても活躍したチーフスカウト八重樫幸雄主導と目されている。
*20 出身・国籍はブラジルだが、日本の4年制大学を卒業しているため日本人選手扱い。2012年および2016年以降の登録名は「ウーゴ」。
*21 2019年より投手に転向。
*22 上記した土肥義弘の再従弟。
*23 出身・国籍はブラジルだが、日本の中学・高校課程を修了しているため日本人選手扱い。
*24 2019年の登録名は「卓丸」。