炎の精霊

Last-modified: 2024-03-09 (土) 14:03:50

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火の精霊.png
Illustrator:創-taro


名前炎の精霊
年齢不明
職業炎の精霊

命を捧げた巫女<シビュラ>の体に宿る、神の分身の一人。
シビュラ精霊記のSTORYは、全体的にグロ・鬱要素が多数存在します。閲覧には注意と覚悟が必要です。
荒場 流子「ピュアァァァ!? あれって、本当は怖いお伽話みたいなものじゃないの!?」

精霊(エレメンタル)炎の精霊 / 土の精霊 / 風の精霊 / 水の精霊

STORYは後にアギディスの英雄王となるイダールと、イダールの子イーリオスが炎の魔人に立ち向かう話となっている。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1道化師の狂気【SUN】×5
5×1
10×5
15×1


道化師の狂気【SUN】 [ABSOLUTE+]

  • 一定コンボごとにボーナスがある、強制終了のリスクを負うスキル。コンボバースト【NEW】よりもハイリスクハイリターン。
  • SUN初回プレイ時に入手できるスキルシードは、NEW PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • スキルシードは400個以上入手できるが、GRADE400でボーナスの増加が打ち止めとなる。
    効果
    100コンボごとにボーナス +????
    JUSTICE以下50回で強制終了
    GRADEボーナス
    1+7000
    2+7010
    3+7020
    11+7100
    21+7200
    31+7300
    41+7400
    61+7600
    81+7800
    101+7995
    ▲NEW PLUS引継ぎ上限
    102+8000
    142+8200
    182+8400
    222+8600
    262+8800
    302+9000
    342+9200
    382+9400
    400+9490
    推定データ
    n
    (1~100)
    +6990
    +(n x 10)
    シード+1+10
    シード+5+50
    n
    (101~400)
    +7490
    +(n x 5)
    シード+1+5
    シード+5+25
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADEボーナス
2023/10/12時点
SUN+12145+8215
SUN13301+8995
~NEW+0401+9490


GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数

GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数
ノルマが変わるGRADEのみ抜粋して表記。

GRADE5本6本7本8本9本10本11本12本
13681114182226
73681114172226
163681114172126
213581014172125
403581013172125
513581013162024
733571013162024
843571013162023
913571013161923
102357912151923
139357912151922
169357912151822
217357912141821
248357911141821
267357911141721
302246811141720
349246811131720
377246811131620
397~246811131619


所有キャラ

所有キャラ

  • CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
    Verマップエリア
    (マス数)
    累計*1
    (短縮)
    キャラクター
    SUN+ep.Ⅵ1
    (305マス)
    305マス
    (-)
    炎の精霊
    2
    (305マス)
    610マス
    (-)
    土の精霊
    3
    (305マス)
    915マス
    (-)
    風の精霊
    4
    (305マス)
    1220マス
    (-)
    水の精霊

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
スキル
1617181920
 
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 ある生還者の証言 「炎の魔人は今も山中を彷徨い続けている。もしかして あいつは、何かを探してるのかもしれねえ」


名前:炎の精霊
年齢:不明
職業:炎の精霊

 ソレが最初に観測されたのは、まだアギディスが未開拓の山岳地を指す名に過ぎなかった頃だ。
 真偽は不明だが、ソレは全身が炎に包まれているにも関わらず、燃え尽きる事なくアギディスの険しい山々を彷徨っているらしい。
 らしいというのは、幸運にもソレと遭遇していながら生還を果たした男の証言。
 しばらくソレの行動を観察した男が言うには、ソレは何かを捕食するわけでも目に付くものすべてを焼き尽くすわけでもないそうだ。
 そうしている内に、男はある事に気がついたと言う。
 山中を歩き回るのは、ソレが何かを求め続けているのではないかと。
 男は最後に、こう続けた。

 「こんな事を言っても信じてもらえないのは分かってる。でも俺には、あいつの遠吠えを聞いてるとなぜか“悲しい”と思ってしまったんだ。俺も昔、仲間を山の中で失くしたからさ、ひょっとしたら、あいつも同じなんじゃないかって……」

 男の話にある事ない事様々な尾ひれがついて広まるにつれ、ソレは多くの名で呼ばれる事となったが、時が流れるうちに、やがてひとつの名で定着した。
 畏怖と畏敬の念をこめて、「炎の魔人」と。

 かつて、豊穣神ネフェシェを信奉する国で巻き起こった悲劇。
 分不相応にもネフェシェの内に宿す神の力を手中に収めようと動いた愚者たちによって、世界と、人々の運命は瞬く間に歪められてしまった。
 彼らがそうまで欲した神の力とは、精霊の力である。
 火、水、土、風の四元素からなる力。
 それぞれが作用し合う事で、世界の安定と繁栄、そして生命の循環をもたらすのだ。だが、調和はすでに崩れ去り、世界の命運を決する天秤は今も緩やかに破滅へと傾きつつあった。
 ネフェシェから離れた精霊の力は、彼女が望むと望まざるとに関わらず、四者へと継承された。
 土の力はテルスウラスへ。
 水の力はサラキアへ。
 風の力はメーヴェへ。
 火の力はアヴェニアスへと。

 平等と安寧を祈り、身を捧げてきたネフェシェの願いが届く日は訪れるのであろうか。
 願いが地に満ち、光溢れる時代が戻るのであろうか。
 箱庭の世界に綴られた一編の物語を、今再び、ここに紐解くとしよう。


EPISODE2 イダールの子、イーリオス 「故郷を捨てた我が一族は、この未開の地で再興を 誓った。誓いは、果たされねばならない」


 アギディスの大山脈を一望できる切り開かれた地に、シュッと風を切る音が鳴り響く。
 音の間隔は規則正しく、その音に合わせてやや荒れた息遣いと地面を擦る音が聞こえてくる。
 そこには、皮の鎧をまとう栗色の髪の戦士がいた。
 ただ一心不乱に、年季の入ったブロードソードを振り続ける。
 季節は、生物が暮らすには最も過酷となる冬季へと移ろいつつあった。山の麓とはいえ、寒さを感じずにはいられない。
 だが、戦士にとっては瑣末な問題に過ぎなかった。
 戦士はお構いなしに剣を振り続ける。
 露出した手足は日に焼けていて、滴る汗が剣を振るたびに鍛え抜かれた肉体の上を滑り落ちていく。
 不意に、乾いた風が戦士の頬を強く撫でつけた。
 戦士は不敵な笑みを浮かべると、大自然に歯向かうように剣を大上段から一気に振り下ろした。
 しばらく同じ姿勢で微動だにしない戦士だったが、やがて張りつめていた糸が切れたのか大きく息を吐いた。

 「……遅ぇな。こんなんじゃ親父にも届かないし、誰もオレを認めない。アイツにだって……クソッ」

 悪態をつき、再び剣を握る手に力を込めようとしたその時、どこからか低く落ち着いた声が響き渡る。

 「やはりここにいたか、イーリオス」
 「親父……なんの用だよ」

 戦士は声がした方を振り返る事なく、不満たっぷりに抗議する。親父と呼ばれた男はイーリオスよりも二回りほど大きく、まだ小柄なイーリオスと並び立てばその差は歴然。
 筋骨隆々とした体格とは裏腹に、男は足取り軽くイーリオスの前までやってくると、汗に濡れたままの肩を軽く叩いて言った。

 「征伐の日は近い。修練に明け暮れるのもいいが、越冬に向けた狩りを疎かにするのはいただけないな」
 「別に、オレなんかが行かなくても」
 「ならん」

 その瞬間、父の身体が一回り大きくなったようにイーリオスには感じられた。それと同時に、自分が踏み越えてはいけない境界を侵してしまったと悟る。

 「民は、長の背中を見てそいつが長に相応しいか判断する。だが、今のお前はどうだ? お前はいつも人を遠ざけ、強さを求める事に終始している。それで皆を納得させられるのか? 窮地に立たされた時、手を差し伸べる者がいるとでも?」
 「わ、分かってるよ……それぐらい。でも」

 慣例を大事にするあいつらが相手にしてくれないのなら意味がない。
 そんな独りよがりな考えを、偉大な父の前で口にする事はできなかった。

 「さあ行くぞ」

 丘を下っていく父の背中を真っ直ぐ見つめる。

 「親父も本当は分かってるんだろ。親父とオレとではどうにもならない“差”があるって事を」

 勇敢な戦士であり、集落に暮らす全氏族を束ねるイーリオスの父。そして、未開の地に新たな国を興そうと考える男――イダール。
 傷だらけの背中は強く逞しく。
 それゆえに、大きかった。


EPISODE3 ティオキアの豪族たち 「死を選ぶのは愚か者の所業だ。泥水をすすってでも 生き抜いて、最後に立っていた者こそ勝者となるのだ」


 英雄王イダール。
 後にそう呼ばれる男の起源は、アギディスから遠く南方に位置する水の都・ティオキアにある。
 彼はティオキアに一大勢力を誇る豪族の血を引く者の一人だった。
 一族は複数の氏族に分かれ、それぞれが商業や工業の分野に精通し、多くの富を築き上げていく。
 その影響力はティオキアの民にも及び、彼らがティオキアを実質的に支配していたも同然だったのだ。
 彼らは、未来永劫自分たちがティオキアの民を自由に扱う権利を持つと信じて疑わなかったが、その体制はある日を境に激変してしまう。
 豊穣神ネフェシェから水の精霊の力を継承した少女――サラキア。
 彼女を中心に集まった者たちによって、不透明だった対立構造が、可視化されていった。
 都市を思うがままに支配するならば、金と暴力による統治が最も簡潔で効率が良い。だから、それに異を唱えるサラキアたちは、確実に排除する必要があった。
 豪族たちの中でも荒事に特化した男たちが中心となって、サラキアをねじ伏せようと動いたのだ。

 『精霊の力などまやかしに過ぎない』
 『たかが女一人、幾らでも従わせる方法はある』

 汚い言葉で散々彼女を罵り、寄ってたかって嬲ろうとした男たちだったが、彼女に指をさされるたびに次々と“溺れ死んだ”。
 神のごとき精霊の力の前に、人間など無力。
 それを目の前で証明されてしまえば、いかに傲慢な豪族とて、サラキアに服従の意を示すほかなかった。

 同胞や他の豪族が少女の前にひれ伏す中、イダールの氏族を中心として違う動きを見せる者たちがいた。
 彼らはサラキアに従う事も、ましてや無駄に命を投げ出す事もせず、あっさりとティオキアを見限ってしまったのだ。
 彼らの気質は商人に近い。
 政局が大きく変われば、商人の財産は為政者に狙われやすい。
 財産を接収されてしまえば、一族が継承してきたものがすべて消えてしまう。
 ならば、危険を承知で新天地を目指すのは、当然の結果と言えよう。

 その後、一族は北を目指しながら集落を移動するうちに、アギディスに現れた炎の魔人の噂を聞きつけ、未開の地での建国を試みた。
 彼らは既に理解していたのだ。
 精霊の力を支配する者が、新たな世界秩序を築く。
 精霊の後ろ盾がなければ、既に力を持つルスラとティオキアに、永遠の服従を誓う事になると。

 一族がアギディスの山脈の麓に集落を築いてから、すでに十を超える歳月が過ぎ去った。
 開拓は順調に進み、周辺地域に点在する原住民たちを取りこんで、勢力は水面下で拡大を続けている。
 それと並行して、一族は集落の女たちに子を産ませ続けた。
 すべては、炎の魔人を討伐する戦士を輩出せんがため。
 炎を操る精霊を支配し、その力を利用できれば、不当な侵略に遭わない盤石な国が誕生するのだ。

 ――
 ――――

 越冬に向けた狩猟を終えたイダール一行は、山の中腹から麓への帰路についていた。
 以前は人間が立ち入るのも困難な獣道だったが、土木作業を得意とする氏族たちの協力によって、不自由のない行き来を可能にしたのだ。
 人々の努力の結晶を眺めながら、イダールは思う。

 (多くの力を結集させれば、非力な人間にもできる事はある。それは炎の魔人の討伐とて例外ではない。奴を倒す策も既に――)
 「親父! 空が!」

 物思いに耽るイダールの思考は、イーリオスによって遮られた。指し示された方角を見やると、遠方の空に赤黒い煙が立ちこめている。

 「あの方角には、集落があったな」
 「確か……川の近くに移り住んできた奴か?」
 「そうだ」

 今も煙はもうもうとその量を増やしていた。心なしか何かの焼ける匂いが風に乗って漂い始めたようだ。
 するとイダールは、背後で待機する仲間たちへと振り返り、叫ぶ。

 「腕の立つ者は俺と共に来い! 炎の魔人が集落にいた場合、状況を見て征伐を執り行う! あとの者は万が一に備えておけ!!」
 「「オオォォォッッ!!!!」」

 地鳴りのような戦士たちの声が続く。
 若い男衆はイダールの集落へ、その場に残った屈強な男たちは、イダールと共に黒煙立ちこめる集落へと急行した。
 イダールの言う“万が一”とは、イダールが戦死した場合に備えて予め定められた規律だ。
 複数の氏族からなるイダールの一族は、氏族ごとに長が存在し、序列まで決まっている。
 何があっても即座に立て直せる、強固なつながりを持つ組織構造。
 それこそが、この一族の強みなのだ。

 イダールたちが川沿いの集落に到着したのは、陽が傾きかけた頃だった。
 近づくにつれて強くなった匂いの正体も、今ではハッキリと分かる。

 「……うっ」

 それにまだ慣れていないイーリオスは、反射的に手で口元を覆ってしまう。慣れがあるとはいっても、他の戦士たちも顔をしかめずにはいられないようだ。

 「今のうちに慣れておけ! 戦いで立ち止まる者は、同じ道をたどるのだからな!」
 「お、親父、これって……まさか……」

 征伐を生き残った者たちは、今もその臭いを忘れられずにいると言う。
 香ばしい匂いに紛れた、醜悪な臭い。
 それは、人間の焼ける臭いだった。


EPISODE4 征伐者たち 「弓を持て! 剣を掲げろ! 今こそ、奴を仕留める 好機である!」


 泥レンガや藁で作られた家屋が点々と続く集落は、大半の家屋に火がつき、パチパチと燃える音とともに黒煙を吐き出していた。
 すぐ近くには、炭化するほど燃やされた家畜と人間の亡骸が転がっている。
 臭いの元はイダールたちの予想通り、人間のものだった。ひび割れた腹部や頭から零れ落ちる臓器と脳漿は、熱せられていた事も相まって、辺りに強烈な臭いをまき散らす。

 「惨いな」
 「イダール様、やはりこれは……」

 男の言葉に、イダールは静かに首肯した。

 「炎の魔人だ。奴が麓に現れた事は一度も無かったはずだが……まだこの辺りに奴が潜んでる可能性もある。生存者の確認と周囲への警戒を怠るな」

 戦士たちが散開して生存者を探しにいく中、イーリオスは未だ動けずにいた。

 「イーリオス」
 「……あっ、な、なんだ親父?」

 イダールは背中の剣を引き抜くと、自分とイーリオスとを隔てるように地面を斬りつける。
 そして、再びイーリオスを見やった。その眼差しは、イーリオスも見た事がないほど鋭いものだった。

 「ここが分水嶺だ。この線を越えるも良し、黙って引き返し、一族のために本来の“役目”を果たすも良し。好きな方を選べ」
 「……ふざけんなよ。オレは、戦士になって親父の跡を継ぐと決めたんだ。今更ひっくり返すわけない!当然オレだって行くぜ!」
 「ならば、止めはすまい。成す事を成せ、戦士イーリオスよ」
 「ああ、やってやるよ……ッ!」

 ――
 ――――

 他の者たちが集落内や火災を免れた家屋の中を散策する中、イーリオスは至る所に転がる亡骸に辟易し集落の外れを探索する事にした。

 「はぁ…………少し楽になった……」

 まともな空気を吸いこみ、幾らか気持ちに余裕を持てたようだ。その影響なのだろうか、周囲に気を配る余裕が生まれた事で、今まで気づけなかった音を察知
した。
 爆ぜる音に微かに混じった、川のせせらぎ。

 「そういや、川沿いにあるんだったな」

 音のする方を見れば、切り拓かれた狭い道が続く。その先に住民たちが使う川があるのだろう。

 「あの向こうに魔人がいたりしてな――」

 まさかな。と独りごちるイーリオスだったが、一度浮かんでしまった考えを消し去る事はできなかった。
 答えを求めるように、川へと歩を進める。
 膨らむ期待感に比例するように、川を流れる音は大きく、明瞭になっていく。
 やがて開けた場所に出ると、すぐさま視界に緩やかな流れの川が飛びこんでくる。

 「やっぱ魔人なんていねえか――ん? なんだあれ」

 川べりに黒い塊が転がっていた。
 目を凝らして注意深く観察すると、微かにではあるが動きがある。

 「生き残りか? 川の水でも飲んでんのかな」

 続けてイーリオスは「おーい!」とその塊へ向かって叫んだ。けれど、返事はない。更に近寄ろうと一歩、また一歩と進む。
 距離は縮まったというのに、それは未だに「黒い」という事以外に何も分からない。
 その時、不意に黒い塊がゆっくりと身を起こす。

 「おいアンタ!! 集落の仲間は他に――」

 そこまで言いかけた刹那、イーリオスは横っ飛びに近くの岩場へと身を隠していた。

 「な、なんだよ、アレ……」

 脂汗がじわりと浮かぶ。
 アレは明らかに異質な存在だった。
 イーリオスはようやく自分の軽はずみな行動が間違いだったと気付く。
 一瞬で目にやきついた禍々しい姿は、全身が炭化したように黒く焼け焦げている。
 ひび割れた身体は、雨にでも穿たれたのか所々形が崩れている。
 極めつけは、真っ黒で何もない双眸からちろちろと蛇の舌のように見え隠れした炎。

 「ま、魔人だ……」

 イーリオスの声に反応したのなら、いずれここにやって来るだろう。
 この場から今すぐ離れたいところだったが、魔人に近付きすぎたせいで、小道に戻る前に背後から襲われる可能性がある。

 「クソ……脚が勝手に震えてきやがる! ハァ、ハァ……ッ、こうなたったら……殺るしか、ねえ。オレが、あいつを!」

 自分を認めてもらうためにも、男たちが押し黙る程の圧倒的な功績が、イーリオスには必要だった。
 魔人と戦う決意を固めたイーリオスは、岩から顔を出して様子を伺う。魔人との距離は更に縮んでいた。だが、攻撃を仕掛けるにはまだ遠い。

 (あと十歩、あと十歩詰めれば俺の距離だ)

 再び身を潜め、全神経を集中させてその時を待つ。ズルッ、ズルッと微かな足音が、着実にこちらへと迫る。

 ――ザッ。
 気配は、右から来た。

 「……オオォォォォオオオッッ!!」

 瞬間、獣の咆哮にも似た声を上げ、イーリオスはブロードソードを勢いよく前方へと突き上げた。
 剣を握る手に、ハッキリと貫いた感触が伝わる。

 (剣が通る……! オレでもやれるッ!)

 イーリオスの剣は、魔人の腹部に深々と突き刺さった。左の脇腹から入った剣は、肋骨辺りを通って反対側に飛び出している。
 魔人への奇襲は成功した。
 剣を飲みこんだまま、魔人は何の反応も示さない。
 だが相手は魔人だ、向こうが何もしないなら、攻撃を続けるだけ。
 剣を抜いて追撃しようとした刹那。

 「……ッ!?」

 魔人の身体に収まったままの剣身が、赤い熱を帯びていたのだ。気づけばひび割れた魔人の身体の内側に、赤い光が灯っている。
 魔人の顔が、軋んだ音を響かせながらイーリオスへと向けられた。
 空洞になった双眸に、赤々と炎が灯る。
 非現実的な光景に魅入られでもしたのか、身動きひとつ取れないイーリオス。
 そこに魔人の左腕が、向けられ――

 「前に走れ! イーリオスッ!!」
 「――ッ!」

 即座に反応を示したイーリオスは、剣を諦めて前方――魔人の横を転がるように全力で駆け抜けた。直後、先ほどまで立っていた地面に火柱が上がる。
 少しでも遅れていたら、今頃イーリオスは魔人のように炭化していただろう。

 「奴の視界に入らないよう動き回るんだ!」

 声の主――イダールが、的確に指示を飛ばす。
 イダールはイーリオスがその場から離れられるよう、仲間とともに矢を放って魔人を牽制する。

 「ネ――、――ェ――」
 「ッ! 散開!」
 「おおッ!」

 イダールは魔人の注意がこちらへ向くやいなや、散り散りになって木陰や岩に身を隠していった。
 その間も矢による攻撃は続き、魔人の判断を鈍らせている。
 彼らの戦いぶりは、炎の魔人と何度も対峙してきた事で積み重ねられた経験が息づいていた。

 「……た、助かった、親父」
 「話は後だ! 奴は今、力が弱まっている!」
 「あ、あれで!?」
 「聞け、イーリオス。これはまたとない好機なのだ。奴の力が回復し、全身が炎に満ちれば矢による攻撃は通用しなくなる。そうなってしまう前に、致命傷を与えなければならん」
 「致命傷ったって、横っ腹に剣生やしたまま動いてる奴にどうしろってんだよ!?」
 「奴は身体の再生に力を使う。奴の胴体を見ろ、ひび割れた腹の奥で炎が蠢いているだろ?」

 イダールの指摘通り、魔人の身体はイーリオスが剣を突き刺した時よりも熱を帯びている。
 全身に行き渡る光は、まるで血管のようだった。

 「奴と渡り合うには、もう一つ重要な事がある」
 「それって、確か……」
 「――ギャァアアアアアアアッ!!!」

 イダールの説明を遮るように悲鳴が上がる。
 見れば、戦士の一人が全身を炎に焼かれながらのたうち回っていた。
 仲間がやられたにも関わらず、戦士たちの攻撃の手が止む気配はない。だが、いずれ形勢は覆されてしまうだろう。
 イダールは口早にまくし立てた。

 「我々が知る限り、あの力には“指向性”がある。魔人は自分の意志で、害をなす敵に対して反応を示すのだ」

 そう言うと、イダールは背中に背負った二本の鞘から幅広の剣を抜き、片方をイーリオスへと渡す。

 「攻撃を決めるのが頭ならば、首を斬り落とし、頭を覆ってしまえば魔人の動きは止まる」
 「と、止まらなかったら?」
 「俺たちに続く者が、仇を取るだけの事!」

 イダールは、空に向かって剣を高々と掲げ叫んだ。

 「炎の魔人の伝説は、ここで潰えるのだ! 行くぞ、イーリオスッ!!」


EPISODE5 受け継がれしもの 「我々が今、こうして生きていられるのも、先人たちの 導きがあってこそなのだ」


 炎の魔人との戦いは、熾烈を極めた。
 魔人の注意が弓矢に向けられている一瞬の隙を突き、イダールが懐深くまで攻め入る。狙うは、意思を司るとされる頭部だ。
 振り下ろした剣の軌道は、寸分違わず首を捉えていた。
 しかし、その一撃だけでは不十分で、剣身を首筋に食いこませたまでは良かったが、断ち切るまでには至らなかった。

 「――ァ、――シェ――」
 「ちぃッ!」
 「ハァァァァッ!!」

 燃える瞳がイダールを捉えるよりも速くイーリオスの剣が舞う。魔人の狙いは逸れ、大地に新しい火柱が立ち昇った。
 イーリオスが斬りこめば、隙を補うようにイダールの剣が魔人を襲う。
 共に修練を積むような間柄では無かったが、二人の連携は互いの呼吸を熟知するかのような同調を見せていた。

 「やれるぞ、親父ッ!」
 「ああ、だが油断するな!」

 魔人を征伐するために修練を積み重ね、知恵を受け継いできた人間たちと、人知を超えた精霊の力を行使する魔人との戦い。
 この世のものとは思えない光景は、思わず見惚れてしまうほどに壮絶で、美しい光景だったに違いない。

 戦いは魔人が十分に力を発揮できないよう立ち回る人間側に分があり、もはや魔人の首をはねるのは時間の問題。その場にいる誰もがそう信じていた。
 キィン――と甲高い音が鳴り響く。

 「なっ……!?」

 知らず知らずのうちに蓄積した疲労が、イーリオスの剣を鈍らせ、魔人の腹部に突き刺さったままの剣とかち合ってしまったのだ。
 予期せぬ反動が自身へと降りかかり、イーリオスが姿勢を大きく崩す。

 「しまっ――」

 だが時既に遅く。
 皆が攻撃を加えるよりも早く、魔人の掌がイーリオスへと向けられ――炎が放たれた。

 「イーリオス!」

 自身の死を強く思い浮かべたイーリオスは思う。

 ――ああ、これで、オレはすべてのしがらみから解放される。区別される事もない。もう何も思い悩む事はなくなるんだ。
 息苦しさに満ちた世界も、異端を認めない規律も。
 死が、すべての抑圧から解放してくれる――

 鎌首をもたげる強烈な死への誘惑。
 自身を諦めへと導く甘い言葉が次々と浮かんでは消えていく中、イーリオスが選んだのは。

 ――違うだろッ!!

 カッと目を見開いたイーリオスは、咄嗟に身体を半歩ずらして左半身を魔人に晒すと、剣を地面に突き刺し盾とした。
 直後、魔人の炎がイーリオスへと襲い掛かった。

 「……ぐっ、あ、ぁああああああああッ!!」
 「イーリオスッ!」
 「やれぇぇぇぇッ!! 親父ぃぃぃぃ!!」
 「オォ――――ッ!!」

 イーリオスの言葉に報いるように、イダールが剣を振るう。狙いは寸分たがわず――見事に魔人の首を撥ね飛ばした。
 切り離された魔人の身体が、糸の切れた人形のように倒れ伏す。首の断面には、燻るようにチカチカと瞬く炎が見えたが、やがて音もなく消え去った。

 魔人を斬り伏せたイダールは、自身の身体が焼けるのもいとわず、膝をついたまま動かないイーリオスを川辺へと運び、できる限りの応急処置を施した。
 咄嗟の判断が生死を分けたのだろう。イーリオスは半身を蝕む大きな火傷を負ったが、命を落とさずに済んだのだ。

 「討伐に至るまでに数々の幸運が重なったのも、俺たちが歩みを止めなかったからだろう。これは、我々が手繰り寄せた結果なのだ。道をつないでくれた同胞たちに、感謝する」

 ここに、長年にわたって続けられた魔人征伐が、幕を閉じた。
 その後、魔人がすぐに再生できないように魔人の四肢を切断したイダールは、生き残った戦士たちとともに集落へと帰還するのだった。

 ――
 ――――

 アギディスの夜は過酷だ。
 昼夜の寒暖差がもっとも広がる冬では、皆で暖を取り寒さを凌がなければならない。
 そんなアギディス人たちにとって欠かせないものがあった。
 熱気浴と呼ばれるものだ。
 集落のすぐ近くにある小高い丘に、数人が入れるほどの大きさに掘られた穴がある。その中には、石を積み上げて組んだ内壁と簡易的な炉が設けられ、炉を囲むように木製の板が積まれている。
 炉は、熱した石を収納する役目を持つ。そこへ適度に水を掛けてやる事で熱い蒸気を生みだし、外気温を遥かに超える室温にする。
 穴の中で身体を熱し、外へ出て冷たい外気に身体を晒す。これを繰り返す行為は、アギディスの民にとって至上の快楽なのだ。

 「――くぁぁあぁぁっ……っ! 痛ってぇぇぇっ!」

 そんな中、誰もが寝静まる真夜中であるにも関わらず蒸気に身体を晒す者がいた。
 大火傷を負ったイーリオスだ。
 イーリオスは一糸まとわぬ姿で、火傷と切傷だらけの身体に鞭を打ち続けていた。
 炎の魔人によって燃やされた左半身は、赤くただれた皮膚を露出させ、いかに凄惨な戦いだったかを如実に物語る。
 日に焼けて色褪せた栗色の髪も、今となっては黒く焦げた皮膚と同化するようにへばりついたまま。
 イーリオスは、自分の顔がどうなったか知らない。
 父であるイダールによって止められていたからだ。

 「オレにも親父の気持ちは分かる。でも……まぁ、皆の反応を見りゃ、嫌でも分かっちまうよな」

 女子供の怯える目。男たちの憐れみの目。
 まるで、化物扱いだ。
 だからこそイーリオスは、痛みで嫌な事を考えずに済むよう、皆が寝静まった真夜中にここへ来ていた。

 「生きる事を選んだんだ、その結果に文句つけてもしょうがねえ……ああ、ダメだ! つい考えちまう!」

 そう叫ぶと、イーリオスは外へと続く階段に向かおうと立ちあがり――丁度階段を降りてきた人物と鉢合わせてしまった。

 「イ、イーリオス様!?」

 向かい合う形でイーリオスを見下ろしていたのは、細い身体の少年。集落で家畜の面倒を見る役目を負う氏族の出だとイーリオスは記憶している。

 「どうしたんだ、お前も眠れなかったのか?」
 「ええ、まあそんなところです……って、どうして裸なんですか!?」
 「どうって事ないだろ。いつも遊んでた仲なんだ、オレはまったく気にしない」
 「ぼ、僕が気にするんです!」

 人と出くわした事で冷静になり、素っ気なく答えるイーリオス。少年は信じられないといった顔で口をもごもごと動かしたあと、「帰ります!」と叫んで穴から出て行ってしまった。

 「あ、おい……!」

 少年を引き止めようと手を伸ばす。しかし、その手は疼いた火傷の痛みによってうまく動かせなかった。

 「なんだよ、お前までオレを化物扱いするんだな……染みるな……本当に……」


EPISODE6 錬成 「親父もよく考えるよ。炎の魔人の力を宿す武器か…… 本当に実現するなら、世界が変わっちまうな!」


 炎の魔人を討伐してから数日。
 各氏族の長たちが集う会合の席で、早速建国に向けた協議が進められたが、思いの外難航していた。
 慎重を期する者たちを納得させるためには、一刻も早く火の精霊の力が掌握できる事を証明する必要があったのだ。

 集落の外れには、熱気浴用の穴がある丘から更に登ったところに竪穴が設けられている。
 本来の用途は、規律に背いた者を三日三晩にわたって隔離し、暗闇の恐怖の中で反省を促すために使われる。
 穴は深く、それでいてよじ登れないように幅が広く取られた構造は、魔人を隔離するにはうってつけの場所だった。
 竪穴を見下ろすイダールは、穴の底から聞こえる魔人の怨嗟の声にも似た音を聞きながら、満足そうに口を歪める。

 「魔人の再生は胴体から始まったか」

 イダールは魔人との戦いの最中、ある疑問を抱いていた。
 一体、魔人の再生はどこから始まるのか?
 それを検証するために、イダールはバラバラに切断した魔人の頭、腕、脚を別の場所で保管する事にしたのだ。
 胴体以外は石棺に保管し、見張りの者を配置していたが、イダールの下に再生が始まったという報告は上がっていない。
 詰まるところ、再生は胴体から始まり、やがて細部へと移る。

 「これは……使えるかもしれん」
 「――親父はこんな事まで見越してたんだな」
 「イーリオスか。どうだ、身体の方は」
 「ハーブを染みこませた軟膏が効いたみたいだ。痛みも昨日よりマシになったよ」

 イーリオスはそう言うと、麻の包帯をグルグルに巻きつけた左腕を振ってみせた。
 医療知識に長けた氏族の処置による所が大きいが、育ち盛りのイーリオスの若さと父親譲りの体力も貢献しているのだろう。

 「そうか。ならば、お前にひとつ頼みたい事がある」
 「親父が頼み事なんて珍しいな、何をすればいい?」
 「切断した魔人の残骸を使い、武器を作れ」
 「武器? オレが?」
 「これはまだ可能性の話でしかないのだが、頭や腕にもしも精霊の力の残滓があったとしたら……我々にも力を発現できるかもしれない」
 「はぁ!?」
 「そうはならなかったとしても、お前に一生残る傷を負わせた魔人だ、好きなだけ怒りをぶつけるといい」
 「怒りなんて……まぁいいや、分かったよ」
 「石棺は工房に運ぶよう伝えておく。任せたぞ」

 イダールはそれだけを告げると、近くで様子を伺っていた者たちに向けて、声高らかに宣言した。

 「皆の者! もはや炎の魔人は過去となった!恐怖を克服した我々には、輝かしき未来が訪れるであろう! そう、炎の魔人の力を利用した“精霊炉”によってな!」
 「「オォォォオオッ!!」」

 イダールの宣言に、不安に駆られていた者たちも一斉に活気を取り戻していく。
 熱気冷めやらぬ民を眺め、イダールは確信を深める。
 魔人の炎があれば、凍死者を出さずに越冬を可能にし、より強固な武具を製造する事で他国には真似のできない技術力を手にすると。
 技術力の高さは武力に直結する。
 ひいては、戦士たちの生存率も向上するのだ。

 「ティオキア、水の精霊……必ずや、我が手中に収めてくれよう」

 ――
 ――――

 「さて……そろそろだな」

 イダールたちが精霊炉の製造に取り掛かる間、イーリオスの作業は山場を迎えつつあった。
 太陽はもう間もなく、アギディスの山々の裏に沈みゆく頃合いだ。
 夕焼け空と夜の空が混ざり合う幻想的な光景が広がる中、イーリオスの周りだけは太陽光が降り注いでいるかのような輝きに満ちていた。
 イーリオスが見下ろす切株の上に転がる、太陽のごとぐ真っ赤に燃えたぎる歪な球体。
 それは、炉の中で長時間熱せられた、黒みを帯びた鉄鉱石と木炭、魔人の残骸が混ざり合う銑鉄だ。
 周りにこびりついていたカスをハンマーで叩く内に、それは人間の頭部ほどの大きさになった。

 続けて、息を大きく吸いこみながらハンマーを持ち上げ――

 「……フッ!」

 息を吐き出すとともに、燃えたぎる銑鉄へと振り下ろした。

 ――――ゴギャッ!

 『――――――ッ!』
 「っぐぁ……っ! なんだよ今の音……耳が、キンキンしやがる……」

 打ち所か悪かったのだろうか。ハンマーを叩きつけられた銑鉄が、悲鳴のような金切り音を響かせた。
 やや遅れて、まだ固まっていない中心部からは銑鉄が涙を流すようにどろりと零れ出し、切株を伝い放射状に広がっていく。
 すると、地面に流れた銑鉄は空気に触れた途端、熱を失い黒い塊になっていった。
 鉄を作り出すのは、時間との戦いなのだ。

 「慣れるしかねえ。冷えて固まったらそこでお終いだからな」

 イーリオスは懸命に銑鉄へとハンマーを叩きつける。
 その度にイーリオスの顔には苦悶の色が浮かんでは消えていった。

 「魔人の悪足掻きってか? どれだけ人様に迷惑をかけりゃ気が済むんだよ!」
 『――――くれ――』
 「あ……?」
 『――で、――――くれ――』

 すぐに慣れると思っていた金切り音。
 それが頭の中で反芻し続けたせいか、いつしかイーリオスを蝕む幻聴に変わっていたのだ。
 締め付けるような痛みに、冷静さを欠いていく。
 これ以上は、自分の身体がもたない。

 「オ、レの、頭ん中で……喚くんじゃねぇ!いい加減、大人しくなりやがれッ!!」

 怒りに任せて振り上げたハンマーが、平たく潰れた銑鉄に叩きつけられ――

 ――グシャッ!

 渾身の一発が、銑鉄をひときわ強く飛び散らせた。

 「ハァ……ハァ……」

 あれほど苛んだ音と声は、いつの間にか綺麗さっぱり消え失せていた。
 冷静さを取り戻したイーリオスは、そこでようやく全身に強い疲労感が満ちている事に気付く。
 形を整える作業は果たせたはず。疲れを取るために、今日はもう寝よう。
 そんな考えが浮かんでは消えていく中、銑鉄からおもむろにハンマーをどかす。

 「……え?」

 そこにあったのは、割れた頭蓋から大輪の花を咲かせるように脳漿をまき散らす頭部だった。

 「なん……で……」

 口元以外、原型を留めてはいない。
 辛うじて分かるのは、燃えるような美しい髪と、生前は少年のような少女のような、判別のつきにくい端正な顔つきだったという事。
 口元を押さえてへたりこんだイーリオス。
 本当に自分がした事なのか注意深く観察しようと、切株の台座を見たその時。
 イーリオスは何故か、頭部の残骸と目が合ったような気がした。

 「ひっ――」

 だが、目を擦ってもう一度台座を見た時には、ただ整形された鉄塊が何事も無かったかのように鎮座しているだけだった。


EPISODE7 どこにでもある黄昏 「ああそうか。ずっと探していたんだな、お前は。 お前が愛した、大切な人を……」


 幻覚だったとはいえ、自身が子供の頭を叩き潰した悲惨な光景。
 それから逃げるように寝床へと入ったイーリオスは、珍しく夢を見た。
 妙に鮮明な夢だった。
 凹凸のない石造りの壁へ等間隔に設置された灯り。
 絨毯の重厚な質感。自身の背丈を優に超える窓を柔らかく覆うビロードのカーテン。
 おそらくは、何処かの国の宮殿なのだろう。
 目に映るものすべてが、イーリオスが暮らすアギディスとは余りにも違いすぎた。

 「もしかして、ここがルスラって国なのか?」

 幼い頃に父親から聞いた昔話を、この夢は再現しているのかもしれない。
 ただ呆気に取られていたイーリオスだったが、不意に視界が揺らぎ、身体が勝手に前方へと進み出した。

 「うおっ、どうなってんだ……!」

 己の意思とは裏腹に、歩く速度は増し、視界が次々と変わる。
 何かを祀る煌びやかな祭壇が映ったかと思えば、瞬きした途端に薄暗い用水路を歩いていた。
 そうして何度も移り変わるうちに、突然絨毯が敷かれた床を見つめたまま動けなくなってしまう。
 どうやら、誰かに向かって跪いているらしい。
 足元に高級そうな黒い革靴が映る。一目見ただけで、それが丁寧に仕上げられていると分かった。

 そこでイーリオスは、ようやく自分が自分ではない誰かの視点を通して、夢を見ていた事に気がつく。
 心の中で「動け!」と念じてみたものの、やはり靴の持ち主が動く気配はない。

 「やけに意識がハッキリしてる。おかしな夢だ……早く動いてくれよ、靴の持ち主さん!」

 諦めて動向を見守る事にしたイーリオスだったが、ふと何かの物音がしたかと思えば、次の瞬間には靴の持ち主が勢いよく立ち上がっていた。
 続けて視界に飛びこんできたのは、どこかこの世の者とは思えない、作り物めいた美貌を持つ少女の姿。

 淡い灯りに照らされて艶やかな光沢を放つ金色の髪。
 心の内を見透かされてしまいそうな慈愛に満ちた瞳。
 自身とは真逆の、傷や染みのないきめ細やかな肌。
 一目見ただけで、イーリオスは少女の美しさに心を奪われてしまった。

 『初めまして、私はネ■■シェ。あなたが新しく着任したアヴェニアスですね? もしかして、緊張しているのですか?』
 『い、いえ、そのような事は……っ』

 視界がもの凄い勢いで左右にブレた。

 『そうですか。でしたら……』

 少女は小さく微笑むと、吐息を感じられそうな距離にまで詰め寄る。そして、アヴェニアスの両頬を細く小さな掌でそっと包みこんだ。

 『う、ひぁっ!? ネ、ネ■■シェ様!?』
 『これで緊張は解けましたか? ……まだ眉間に皺が寄っていますね。では次は』
 『も、もう大丈夫です! それに、僕は護衛官。ネ■■シェ様の身辺をお護りするのが使命であり――』
 「ハハ、こいつ、もしかして惚れちまったのか?初心(うぶ)だねえ」

 まあ気持ちは分からなくもない。そんな考えが頭を過ると同時に、イーリオスは何故自分がこんな夢を見ているのかと疑問を抱く。

 「……ハッ、まさかオレにもこんな願望があったのか?」

 普段見る夢とはかけ離れた世界に、思わず自嘲する。

 「しっかし、そろそろ飽きてきたな。なあ、寝てるオレよ! さっさと目ぇ覚ましてくれー!」

 その思いが届いたのか、再び場面が切り替わった。
 貝殻のような白い家屋が立ち並ぶ、懐かしさを憶える街並み。人間が立ち入るのを拒絶する険しい山道。仄暗い洞窟。横たわる少女の上に、ぼとりと落ちた――彼女の生首。

 「――っ!?」

 不意を突くように出現した残酷な光景を皮切りに、アヴェニアスと呼ばれた人物の世界は激変した。
 目まぐるしく切り替わっていく光景は、もう認識すら困難だ。記憶は濁流のように押し寄せ、時の流れに逆光する動きまで見せ始める。
 終いには、切り抜かれた記憶のひとつひとつが複雑に溶け合い、色褪せ、無彩色の黒で塗り潰されていく。
 そのどれもが、少女との間に築かれた記憶だった。

 「こいつ……そこまであの女を……」

 アヴェニアスの心が、バラバラに砕け散った。
 そして、他人事でしかなかったはずのアヴェニアスの想いが、痛みが、怒りが。
 いつの間にかイーリオスの身体を支配していた。
 刹那、視界が赤一色で塗りつぶされ――。

 ――ゴギャッ!
 何かを叩きつける金属音が響いた。

 『奪わないでくれ!』
 ――僕は誓ったんだ。

 ――ゴギャッ!

 『僕から、ネ■■■ェ様を……』
 ――貴女を悲しませるすべてから護ると。

 ――ゴギャッ!

 『ネ■■■■様との、想い出を……』
 ――僕だけが救えるんだ! 彼女を、彼女の……。

 ――グシャッ!

 『■■■■■……■■■■■……!』
 ――僕が……護って……。

 ぁ、れ……僕は、誰を護りたかったんだ?
 一体、誰のために、この手を血で染め上げた?
 一体、何のために、燃やし尽くしてきたんだ?
 ……嫌だ。イヤだッ! 奪わないでくれ……ッ!

 僕はただ、ただ――

 「いや……僕は、誰なんだ」

 口を突いて出た言葉が、空へと昇り消えてゆく。
 上空に広がる空には、夕暮れと夜とが混ざり合った雲が浮かんでいた。
 ふと、視界が何かに塞がれる。
 見れば、そこにはハンマーを大きく振り上げたイーリオスが立っていて――

 「――うわあああああああっ!!!!」

 イーリオスは寝床から跳び起きた。
 今見てる世界は現実なんだと言い聞かせるように、何度も何度も周囲を確認する。

 「ハッ……ハッ……ハァッ……」

 壁に立てかけられたブロードソード、脱ぎ散らかした衣服。全身を伝う汗の冷たさ。
 何度も何度も確かめて、ようやくイーリオスはここが現実なんだと納得できた。

 「クソ、手の震えが止まらねえ……あんなの、ただの夢じゃねえか。オレらしくもない……」

 イライラした時は、熱気浴に限る。
 苛立つ感情を静めるために丘へと向かう。

 「ん……? やけに騒々しいな……」

 周囲には不安そうな様子で丘を見上げる住民たちがいた。様子を伺うだけで誰も動かない事から、襲撃に遭ったわけではないようだ。

 「あの方角はまさか……」

 彼らの視線は、炎の魔人を隔離した竪穴の方へと注がれているのだった。


EPISODE8 そして、託宣は下された 「お前はアギディスの礎に相応しい。これより世界は 変わるのだ! アギディスの名のもとに!」


 竪穴へと向かったイーリオスは、急ごしらえで建造された精霊炉に、人々が空気を送りこもうと奮闘する光景を目の当たりにした。
 竪穴の中に生まれた燃え滾る太陽は、いまや風前の灯火と化していたのだ。
 どれだけ空気を送り燃焼材を投入しても、魔人の炎が再び竪穴を照らす事はなかった。
 燃えカスとなった魔人の胴体は何も語らない。
 精霊の力の消失。
 それは、数多もの同胞の死を乗り越え、それでも歩みを止めずに突き進んできた者たちを立ち止まらせるには十分だった。

 「再生を続けていたはずなのに、何故急に……。我らの希望の灯が……」

 イーリオスは、精霊炉の前で呆然とする男が父だとすぐに気づけなかった。全氏族を率いる長として、皆の前で堂々と振る舞う事を常としてきた父。

 「親父……」

 落胆の色を浮かべる父の肩に、気遣うように優しく手を添える。
 振り返った父の目は、驚愕に見開かれていた。

 「な、なあ、きっと、まだやれる事はあるって。精霊の力もいつかまた手に入る。それに、魔人の残骸で作った武器はあるんだ。オレももっと頑張るから……、だから……」
 「……した」
 「え?」

 ぼそりと呟いた父に問い返そうとしたその時。
 イダールの腕が、イーリオスのまっさらな“左腕”を強く握り締めた。

 「っ痛ぇ……何すんだよ、親父!」

 訝しむようにイーリオスの身体を眺めるイダールの瞳が見開かれ、ぎょろりと揺らぐ。
 その口元は、狂気じみた笑みを浮かべていた。

 「イーリオス。その顔はどうしたんだ」
 「あ……しまった! 包帯巻くの忘れちまった!」
 「そんな事はどうでもいい!」

 イダールの両手が、イーリオスの胸ぐらを掴む。
 そして、有無を言わさず――破り裂いた。

 「っな、おい、何するんだよ!?」

 縦に破かれた衣服の下に隠されたイーリオスの身体。日に焼けた身体を走る刀傷と半身を覆うはずの火傷は綺麗さっぱりと消え失せ、引き締まった肉体とその上に
乗った豊かな“乳房”を露わにしていた。
 イダールは淡々と“愛娘”であるイーリオスを問い詰める。

 「身体の傷はどうした」
 「はぁっ? な、なんだ、これ……火傷が!」
 「どうしたと聞いているッ!」
 「だ、だから! オ、オレにも、何がなんだか――」

 戸惑いの色を浮かべるイーリオスに、夢の中で見た光景が怒濤となって押し寄せる。
 アヴェニアスと呼ばれた人物が、思いがけず少女から授かってしまった火の精霊の力。
 炎の魔人となり、身体を蝕まれながらも想い人を探し続けたアヴェニアスが川べりで見た、己の醜い姿。

 イーリオスは気づいてしまった。
 それらすべての記憶を、自分が継承している事に。
 そして――

 困惑するイーリオスの背後で悲鳴が上がった。
 彼ら彼女らが指し示していたのは、いつの間にか炎に取り巻かれていた自分自身。

 「イ、イーリオス!?」

 イダールたちは見た。
 イーリオスを取り巻く、異形の姿を。
 それは、蛇のようにうねり、4本の腕を持つ炎の怪物だった。
 陽炎のように揺らめくソレを、イーリオスはまるで自分のものであるかのように動かし、やがて掌の上に収まっていくうちに、炎の塊へと変わった。
 だが変化は、それだけではなかった。
 イーリオスの栗色の髪が、炎のように鮮やかな赤い髪になっていたのだ。

 「ど、どうしよう、親父……オ、オレ……オレ!」

 喜びとも悲しみともつかぬ歪な笑み。
 父もつられてぎこちない笑みを返す。

 「そ、そうだ。これならオレも、認められるよな?親父の跡を継ぐ、後継者に相応しいって!! 皆も認めてくれるよな! 女のオレでも関係ないだろ!?」
 「……ああ、そうだな。お前ならしっかり役目を果たせるだろう」
 「ハ、ハハ……オレ、絶対にこの力を使いこなしてみせる! オレがアギディスを導くんだ!」

 歓喜にわくイーリオス。
 しかし、彼女は嬉しさのあまり気づけなかった。
 イダールの言葉の、その真意に。

 こうしてイダールの娘イーリオスは、精霊の力を継承する火の巫女<シビュラ>となった。
 彼女がアギディスにもたらす繁栄という名の厄災。
 それは、幾度となく繰り返される戦争と死を世界にまき散らし――やがて、欲望にまみれた真の怪物たちをアギディスに産み落とす。

 世界の在り方を歪められた世界は、果てしなく突き進むしかないのだ。
 箱庭の世界に終焉が訪れるその日まで。




■ 楽曲
┗ 全曲一覧(1 / 2) / ジャンル別 / 追加日順 / 定数順 / Lv順
WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧


コメント

  • アニマリア以外でこんなにケモい感じ珍しくない?
    耳鼻と肌の色以外は人間っぽいけど -- 2023-10-05 (木) 01:37:07
    • 揚げ足取りにはなるけどパトリオットとかいるにはいる -- 2023-10-05 (木) 11:20:37
  • 精霊本人一行ぐらいしか出てない気がするんだけど俺の読み間違い? -- 2023-10-05 (木) 12:33:23
  • ケモというかモン娘
    奇抜すぎて読み取れなかったけど腰が右にくねったラミアだったのね -- 2023-10-06 (金) 07:40:32
  • 闇堕ちしたナナチかと思ったわ -- 2023-10-09 (月) 01:15:01
  • TS…? -- 2023-10-23 (月) 07:09:01
    • 最初から女の子だぞ -- 2023-10-31 (火) 00:10:56

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