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Tag: 【SS】
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〈2024年2月 ラクロス解放戦線地下施設〉
「どうしてこんな…」
「なぜ俺たちがこんな目に遭わないといけないんだ…!」
「あんな虐殺…鬼畜の所業…」
「ママぁ…どこにいるの…?」
街が蹂躙される様子を思い出し涙を流す者。
無言のまま身を寄せ合って震える姉妹。
親から引き離され咽び泣く子供。
我が子を目の前で無惨に殺された母親。
誰もが唐突かつ理不尽な暴力に怒り、悲しみ、絶望している。
そんな彼らが『拘束』されている部屋に、一人の兵士が入ってくる。
彼はラクロス解放戦線の構成員であり、ヒイラギシティ襲撃の際に市民を人質として拉致・輸送する役割を担っていた。
「…死亡者、脱走者共にゼロ。全員揃ってるな。」
彼の声で存在に気づいた人質数名が、怒りと悲しみから罵声を飛ばし始める。
「お、お前…何をしにきた?拷問か!?
俺たちはごく普通の文民だ、何も知らねぇぞ!」
「拷問か…それも悪くねぇが、生憎お前達から聞き出したい情報ってものが無いんでな。」
「うちの子を返して!あの子はあなたが殺したようなものよ!」
「このテロリスト!鬼!悪魔!」
「ヒイラギシティに帰せ!幸せな日常を返せ!」
「お前なんか人じゃない!」「地獄に堕ちろ!」
………………
一通り市民達が感情を吐き出し終わると、部屋は誰が促さずとも静かになった。
「…言いたいことはそれだけか?」
返事はない。
彼らのほとんどが感情のまま叫び散らしていたことにより、軽く息切れを起こしているのだ。
「では、本題と行こう。」
その沈黙をいいように利用し、ラクロス兵が話を始める。
「国連軍にも同じ内容を通達したが、お前達にも伝えておくべきだという総統の意向があったものでな。『今のまま国連軍がラクロス島への攻撃を続行した場合、報復として人質を一人ずつ処刑する』という宣言をしに来た。」
えぇっ!?と驚きと絶望の声をあげる人質達。
「国連軍の連中が大人しく言うことを聞いて撤退するってなら、お前達の命はちゃんと助けてやる方針だそうだ。『命は』、だけどな。
それで、ヤツらが言うことを聞かなかった時は…『これ』だ」
ラクロス兵は蔑むような笑みを見せ、腰から拳銃を取り出す。
同時に、人質達の中から「ひっ」と小さく悲鳴が聞こえた。
「さぁて…少々気が早いが、記念すべき最初の犠牲者は誰になるんだろうなぁ?」
「嫌だ…やめてくれ…」
「人命を盾にするとか…!」
「お願い…誰か助けて…」
「最初の犠牲者…か…」
「お父さんお母さん私結婚できないまま死んでしまうようですごめんなさい許して」
「死にたくない…死にたくない…!」
「殺さないでください…!」
怒り、悲しみ、嘆き、命乞い、絶望。
そういった声が上がる中、一人の人物が全く違う声をあげた。
「最初に殺すなら僕にしろ」
その場にいた誰もが耳を疑うような発言に、えっ?という声と視線がその人物へと向けられる。
先ほど彼らに遠回しな死刑宣告を行なったラクロス兵も例外ではない。
「…刑死者第一号に立候補するって言ったんだ。異議は認めないよ。」
その少年…アーチャウチャウ男性の名はアルト・カンターテ。
異世界からヒイラギシティにやってきた現役裁判官である。
堂々と犠牲者に立候補するくらいなのだ、普通の人柄であるはずもなく…
「この人たちのうち誰か一人でも殺されるくらいなら、僕がいくらでも死んでやる。殺されてやる。」
「アルトさん!?」
この状況下での耳を疑うような発言に、アルトの知人である少女が声をあげる。
彼女の紹介までしていたら話が脱線しそうなので、今回は割愛させてもらう。
「どうしてそんな…死んでしまった人は二度と生き返らないんですよぉ!」
「だからだよ。街があれだけの規模で強襲された時点で、僕もヒイラギシティごと焼き払われるはずだった。
偶然人質に選ばれて、偶然こうして生かされているだけ…死に損ないも同然の状態で今更『死にたくない』だなんて、嘘でも言う気になれないよ。」
「そんな…」
手足を縛られた状態ながらも器用に移動し、ラクロス兵の持つ拳銃の銃口に己の額をあてるアルト。
「…もう一度言う。
処刑するなら僕からにしろ。異議は認めない。」
「ほう、ガキにしては面白い…」
と、ラクロス兵が左耳につけたイヤホンを気にする素振りを見せる。
そして「僕21…」と小声でこぼすアルト(の額)から拳銃を離し、人質達に向き直って口を開く。
「国連軍がラクロス島内へ侵攻してきたとのことだ。よって、お前達の処刑も実行される。
…お前達を見捨てることができなかったんだろうが、お仲間は処刑装置を起動してるってことにも気づかない程の馬鹿のかねぇ?w」
「…!」
「嘘だ…」
「そんなバカな!」
国連軍の裏切りに等しい行為を受け、動揺を隠せない一同。
「まあ待て。総統から『10分おきに一人ずつ殺せ』とのお達しがあったものでな。即皆殺しってわけでもねぇってよ。」
「へぇ以外。てっきりこの部屋でみんなまとめてガス殺刑に処されるものだとばかり。」
怖い事言うなよ!と叫ぶ声も聞こえてくるが、それはさておき。
実際この部屋の気密性は高く、天井には消火用スプリンクラーにも似た装置が取り付けられている。
アルトが言うように、ここはガス殺刑に使われる部屋であった。
「俺もそうするものだと思ってたんだがなぁ、総統の命令は絶対だ。せめてもの情けだと思っておけ。」
余計なお世話だ、とアルトを含めたその場の全員が同じ感想を抱く。
と、ラクロス兵がアルトに再び拳銃を向ける。
「逆に、10分経ってもお仲間が助けに来なければ。
お前をお望み通りに最優先で処刑してやろう。それはそれは惨たらしい方法でな。」
その恐怖を煽るような声色に、その場にいた全員が思わず震え上がってしまう。
「…上等だ。」
一方のアルトは、執行猶予わずか10分の死刑宣告を受けたにも関わらず不敵な笑みを浮かべている。
まさに『計画通り…』とでも言うかのようなその表情に、一瞬だけラクロス兵が懐疑の目を向けるが…
「…まあいい。目が覚めた時にそこにいるのが、お仲間か処刑人か。今のうちに神にでも祈っておけよ?」
そう言い残すとラクロス兵は部屋の外に出て扉を閉め、何やら機械を操作し始める。
すると、天井のスプリンクラーから白い煙が出てきた。
(…たとえ僕がタイムリミットで殺されたとしても、次の人が殺されるまでには10分の時間が空く。一人でも多くの人を助けられる時間稼ぎになるなら、僕の死だって無駄にはならない。)
煙を吸い込んだ人々は意識を失うように眠りへと落ちていく。
…液体睡眠薬を霧状にして放出しているのだ。
(でも、“彼”は良くも悪くも真っ直ぐすぎるからね…。ここにいる人達を助けることができても、僕が死んでいたら…きっと…)
バタバタと人が倒れていき、囚われた人々は次々と眠りにつく。
アルトも例外ではなく、すでにガスの影響で意識が朦朧としている。
(もしそうなったら…ごめんね…)
次の瞬間には、アルトの意識も暗闇へと落ちていった。