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【スクウェア・エニックス】

Last-modified: 2019-11-08 (金) 19:00:13

概要 Edit

株式会社スクウェア・エニックス。
我らが【ドラゴンクエストシリーズ】を販売する【株式会社エニックス】と、ファイナルファンタジーシリーズなどで知られる「株式会社スクウェア」が、2003年4月1日に合併して誕生した企業。
 
法律上どちらかの法人に統合せねばならないという制約から、対等合併でありながらエニックスがスクウェアを吸収合併する形となっている。
その後2008年に持株会社制となり、既存法人(元のエニックス)は「スクウェア・エニックス・ホールディングス」となり、事業会社のスクウェア・エニックスが分社され現在に至る。
 
現在DQシリーズのゲーム作品は全て事業会社の方のスクウェア・エニックスを販売元としている。
略称は「スクエニ」。

合併に至るまでの経緯 Edit

当時エニックスの社長であった【本多圭司】とスクウェアの社長であった【和田洋一】
この両名、実は2001年頃からかなりの頻度で話し合っていたというが、当時はまだ企業合併ありきではなかった。
しかし、関連性は不明ながらも2001年5月にはこの両社とナムコを加えた3社の間でお互いの株式を所有しあうという形で提携が行われ、エニックスの着メロサイト「エニックスeメロディ」でFFの曲を配信するなど、モバイルサイトを中心に3社共同企画が行われたりしていた。
 
そして本多と和田が話し合いを繰り返すうちに「一緒にやることで実現できることがあるかもしれない」という話が出たのが2002年8月。
そこから合併の話へと発展し、2002年11月26日にエニックスとスクウェアの合併が発表された。
なお、合併直前の2003年3月13日にスクウェアが発売したFF10-2では、発売カウントダウンイベントにエニックスの本多も参加するという光景が見られた。
 
(参考: 『ファミ通』2002年12月27日号)

なぜ合併したのか Edit

合併発表の記者会見においては和田社長が「ユーザーが求めているのはイノベーション(革命)。それを巻き起こすための合併」と語っている。
また、

  • 開発ノウハウの共有
  • エニックス側が築いてきた出版事業や流通をスクウェアサイドの商品も活用できる

といった狙いもあることが述べられた。
ただし、コラボを行う可能性はあるものの『ドラゴンファンタジー』のような融合作品は考えず、また当初は「エニックスサイド作品は外注、スクウェアサイド作品は内部開発」という元の2社の開発方針についても変更しない方向となった。
なお2005~06年に予想されていた新環境をにらみ、両者が手を組んだ総力結集のプロジェクトを立ち上げるという構想もあったことが下記資料で語られている。
実際2004年末にはあのニンテンドーDSが登場しており、GBAなどに続く携帯ハードの新たな環境が拓かれていた。
(参考: 『週刊ファミ通』2002年12月20日号・12月27日号)
 
一方、一般ユーザーの間では以下のような理由が有力視されている。
ただしあくまでもこれらは噂レベルの話で、真実ではない可能性があることを付け加えておく。

  • 発売タイミングの衝突防止
    DQとFFの発売時期が重ならないようにすることで、両者が1つのパイを食い合う状態を防ぐ。
    • ただし、スクウェア側では合併前のFF9の時からDQとのバッティングを避ける動きは見られた。
  • 両社の性質の補完
    DQはアジア圏で強い。FFは欧米で強い。
  • 出版事業の危機からの立ち直り
    エニックス系雑誌で掲載していた漫画家は「エニックスお家騒動」と呼ばれるゴタゴタにより、大挙して他誌へ移籍する事態が発生していた。
    簡単に言うと当時エニックスの出版事業部リーダーだった【保坂嘉弘】が独立して新しく会社(マッグガーデン)を設立、それに伴って一部のスタッフや連載陣が造反したのだ。
  • DQ以外の軸が欲しい
    エニックスは極度にDQに依存した企業であり、数年に一度の本編シリーズ発売年以外は収益が悪化するため、安定して利益を与えられるブランドを欲していた。
     
  • 任天堂との和解
    元々はかなり良好だったスクウェアと任天堂だが、ある失言のために一気に関係が悪化。
    1990年代末から2003年頃までの数年間完全に絶縁されてしまい、当時のスクウェアは任天堂のハードで一切ゲームを出せない状態にあった。
    この時期はPlayStation全盛期で据え置きハードは問題なかったが、携帯ハードのシェアはポケモンなどの影響で相変わらず任天堂の一強状態であった。
    その携帯ハードでゲームが出せない事が如何に問題であるかは言うまでもなかろう。
    その上スクウェアはこれでもかと不運に見舞われて倒産寸前、生き残る道はもはや任天堂との関係修復しかなかった。エニックス傘下に入る=実質エニックスが仲裁役になる形で任天堂との復縁を狙ったと考えられている(ちなみにエニックスは良好関係を維持できていた)。

合併発表時の世間の反応 Edit

国内のRPG市場において圧倒的なシェアを誇るDQシリーズを擁するエニックスと、FF・聖剣伝説・サガシリーズなど新機軸のRPGでゲーム市場で確固たる地位を築いていたスクウェア。
この両社の合併は当時のゲーム市場に大きな驚きをもって迎えられ、当時の新聞では「巨人と阪神が合併するようなもの」とも例えられた。
 
『週刊ファミ通』によるアンケート調査によると、この合併に対して、販売店側では「歓迎する50%、歓迎しない25%」で、ユーザー側は「歓迎する50%、歓迎しない42%」と二つに大きく分かれる結果となり、「ライバルとしてずっと競争してほしかった」という意見も多かったようだ。

合併してどうなったのか Edit

前述のとおり、当初は旧エニックスサイドのDQシリーズは外注開発という方針を変えなかったため、旧エニックスの【ドラクエ課】がスクエニの【第9開発事業部】になっただけという感が否めなかった。
しかもDQ9は発売延期を繰り返した結果FF13と同じ年の発売になってしまい、外注開発のDQと自社開発のFFが食い合わないようにすることはなかなか上手くいかなかった様子。
 
だがそのDQ9からは開発体制にも変化が現れ出し、同作ではスクエニ本体も開発に参加。そしてDQ10はDQシリーズ初の自社開発となった。
スタッフの系譜としては2000年代後半に展開された『ファイナルファンタジー クリスタルクロニクル』シリーズを主力としているが、それ以外からの異動組も多い。
DQ10では同じオンラインゲームであるFF11・FF14とのコラボ企画も行われている。
【吉田直樹】【青山公士】【中津英一朗】【紙山満】【青木和彦】などのように、DQ側とFF側の双方に関わったスタッフも現れている。
また、モーションに進化が見られているのも合併効果であるといえよう。
 
ちなみに両シリーズの共演は2004年に発売されたいたストSPが最初で、それ以外にもDQサイドではスラもり【シドもじゃ】、同作で【サボテンボール】をトロッコで轢くと「サボテンダー」型になる、FFサイドではFF12の「トロの剣」というように、お互いのパロディを登場させている。
DQ・FFシリーズ以外で同社が出した作品ではDSソフトの『ナナシ ノ ゲエム』(2008年発売)にもパロディ要素がある。
この作品は作中のRPG(ゲームinゲーム)のバグ現象がそのまま現実に反映される設定のホラー系ゲーム。そのRPGにてメッセージフォントと地形がDQ風、キャラのドット絵がFF風(どちらもファミコン時代のもの)になっているのだ。