川崎祭

Last-modified: 2025-10-12 (日) 13:27:15

2003年のオールスターゲーム・ファン投票で、川崎憲次郎(当時中日)を晒し上げる目的で行われた組織的投票のこと。

騒動に至るまでの経緯

ヤクルトのエースだった川崎は2000年オフ、FA権を行使して「年俸2億円の3年契約、4年目は出来高制」で中日ドラゴンズへ移籍。しかし2001年オープン戦で右肩を故障し二軍で1試合(2イニング)を投げたのみ、2002年も3試合で0勝2敗で死刑囚と化していた。

「祭り」勃発

2003年4月25日、野球板*1にて「川崎憲次郎をオールスターファン投票1位にしよう」というスレが立つ。
スレの目的は真面目に投票しているファンや川崎を貶める事であり、投手部門1位にするための投票が開始された。既に田代祭*2*3でノウハウを得ていたこともあり、川崎への投票は順調に進んだ。
この件が5月14日付の東京スポーツに取り上げられると*4、ネット外にも知られるようになり、6月17日にはファン投票1位だった井川慶(阪神)を抜き1位に躍り出る。最終的に川崎は約91万票を獲得、2位の井川に約4万票の差をつけた。

川崎本人は、当初は同情票だと思って投票に感謝するコメントを残したが、晒し上げだと分かった後「オールスターは成績を残している選手が出る場所」として最終発表を前にして出場辞退、当時辞退により課されていた出場停止*5は事情を鑑みたコミッショナー事務局により処分されなかった。代わりに2位の井川慶(阪神)が選出された。

また、当時のインターネット投票が「1日1人あたり5票、登録なし」というシステムも拍車を掛け、翌年からはインターネット投票の登録制、一軍出場実績による選出基準を設けるなどの対応策がとられた。

その後

翌年、落合博満新監督が川崎を開幕投手に指名し、4年ぶりの一軍登板が実現。鈴木孝政投手コーチなどは試合前日までその決定を知らず「開幕投手は野口茂樹」だと思い込んでいた。2回に打ち込まれて降板も、チームは逆転勝ち。落合も2011年に行った監督勇退会見で「3年間登板のなかった川崎を登板させた試合が一番印象に残っている」と答えた。
4月30日の横浜戦にも登板するが敗戦。これが中日での最初で最後の勝敗であり、チームの優勝が決まった翌日の10月2日に落合から戦力外通告を受けて同年限りで引退した*6。「引退するなら、明日投げろ」との落合の計らいで、翌10月3日の対ヤクルト戦が引退試合として行われた。先発投手として登板し、古巣ヤクルトの主力(古田敦也・宮本慎也・岩村明憲)から三者三振を奪い、花道を飾った。試合後、中日・ヤクルト両ナインから胴上げされた。

他の組織投票

川崎の他にも

といった組織票運動が見られた。
このうちムーアはセ一塁手3位、パ三塁手の小笠原は1位となった*12
また、松坂は本職の投手部門で1位選出されているが、故障を理由に辞退している。

その他

2009年オールスターでは、前年から味方走者の盗塁に捕手が送球するタイミングで捕手に対し故意にバットを投げつける危険行為を繰り返していた早川大輔(ロッテ)に対する晒し上げとして、本来の守備位置ではない捕手*13への投票を呼びかける動きがあった。

また、川崎祭という実例が生まれてしまったことからか、これ以降野球関係以外の他の投票企画においても2ちゃんねるユーザーの組織投票で投票結果を荒らす*14という運動がたびたび起こる事態にも繋がってしまっている*15

なお、漫画「ONE OUTS」でも完結後の特別書き下ろしとして最終第二十巻収録「疑惑のオールスター編」でほぼ同様の経緯で仁科という選手を相手に「仁科祭」という同様の騒動が起きた。
ただ主人公「渡久地東亜」がピッチャーなので川崎のポジションの仁科はキャッチャーとなっており、また「厳しいコースを迫られた挙句死球を受け骨折し、その事で解雇されたことを逆恨みした元対戦相手からの脅迫」により辞退できなくなっている*16
が、主人公がなんやかんや大活躍したため有耶無耶にしてもらい事なきを得て、自分の限界を悟りコーチに転身している。


外部リンク(閲覧注意?)

関連項目

Tag: 中日 オールスター プロ野球板


*1 当時の2ちゃんねる野球の中心は「野球板」であった。
*2 2001年、男風呂の出歯亀と覚せい剤取締法違反で逮捕されたタレント・田代まさし(元ラッツ&スター)をアメリカ・タイム誌の「パーソンオブザイヤー」1位にするために行われた組織投票を発端とする騒動。目的を達成し、同年に起きた9.11同時多発テロの首謀者のウサマ・ビン=ラディンを超える投票数を獲得したが、田代の他にもイエス・キリストなどの明らかな悪戯票が見られたことから、タイム誌の判断により無かったことにされ、9.11の最前線で鎮静化に貢献したニューヨーク市長、ルドルフ・ジュリアーニを表彰した。
*3 この際に制作されたHTMLスクリプト「田代砲」はページリロードを自動的に行うものであり、現在でも改良され続け使われることがある。直近では、2022年の『ゆっくり茶番劇商標登録問題』を起こしたYouTuberのホームページを攻撃する目的で使用された。
*4 FA移籍後一度も登板なし 川崎が球宴投票で上位の怪」という見出し。
*5 野球協約・第86条「後半戦開始から10試合登録不可、疾病等でコミッショナーが認めれば短縮・免除可」。なお2006年に福留孝介(中日)が「疾病等で~」を適用したが後半戦開幕からの福留の活躍も影響し、同年限りで廃止、2019年以降は辞退の際、登録抹消があった場合はその試合分短縮。
*6 引退試合も含めて同年は3試合1敗・防御率34.71。
*7 前者は2002年の開幕からヒットを打つなど打撃も出来た事と、大学時代に一塁手だった為。後者は高校通算14本塁打を記録し、プロでも川崎祭以前に2打点を稼ぐなど打撃も出来た為。
*8 なおその後正式に野手転向した2014年に、監督推薦で選出され出場を果たした。
*9 この年のオールスター第2戦の開催地はロッテ本拠地の千葉マリンスタジアムであり、長年チームに尽くしてきた福澤に最後に本拠地で栄誉を、と考えたファンの呼びかけによる。
*10 自身は殆ど就いた経験がない守備位置。
*11 とんでもない制球難で有名だった選手。パワプロ2002春ではコントロールが255段階中10100段階換算で3.92)と、ARAKAKI(パワプロ2014のアップデートで付けられた100段階中5が最低)以下の値を付けられるほどだった。
*12 監督推薦でも中村は選出されず、小笠原が出場した。同年以降、小笠原は巨人への移籍を挟んで2007年まで毎年出場を果たしている。
*13 早川の本職は外野手。
*14 詳細は省くが「コイル」「五条勝」の2つが特に有名。
*15 ただし、投票システム側でも前述のような登録制のほか、IPアドレスやCookieなどを使用した重複投票対策もとられつつある。
*16 ただ「キャンプ中腰を痛めた」のが原因のはずの仁科に「一年前に完治したとはいえ三年前腰を痛めた通院歴がある」のを黙っていたという瑕疵があるため完全に同情することはできない。というか現実で同じことをやっていたら間違いなくネットで叩かれていると思われる。
*17 5月5日以降に連日のようにスレが立てられている。この他、野球とは無関係のスレに入り込み、投票を呼びかけるなどの行為もあった。例1 例2