憎井酷俊

Last-modified: 2020-11-07 (土) 20:56:18

増井浩俊(日本ハム→オリックス)の蔑称。


概要

増井は北海道日本ハムファイターズ所属時代、武田久に次ぐ右のセットアッパー・ストッパーとしての地位を築く。プロ入り2年目の2011年から5年連続で50試合以上に登板、2012年には最多ホールドも獲得と活躍する。

ところが2016年、増井は極度の不振に陥り、投球の軸である直球・フォークの制球が定まらず、6月20日に二軍落ちするまで3勝2敗10S・防御率6.30という散々な成績から、ハム専では連日「増井死ね」や「マスコロ」などのコメントが増えていく。そんな中で「増→憎」「浩→酷」と漢字の旁(つくり)などの連想から蔑称が生まれたようである。

 

その後栗山英樹監督は二軍落ちした増井に先発での再調整を指示。当初はこれに首を捻るなんJ民が大半だったものの、復帰初戦から抑え時代は殆ど投げなかったカーブを解禁し好投。さらに8先発で6勝*1のブースト、9月には5登板で5勝無敗・防御率1.10で月間MVP獲得と、まさかの覚醒を見せる。大谷翔平の故障離脱で抜けた先発ローテーションの穴を埋めてチームの日本一に貢献するなどなんJ民の手首を破壊、「憎井と増井は別人」と言わしめた。


元祖マスコロの真骨頂

【2017年6月4日の対阪神タイガース戦】
抑えとして登板したが3連続四球を与え逆転サヨナラ負けのきっかけを作った上、試合後の「体が言うことをきかなかった」という軽率な発言で批判を一身に集めた。
自責点を記録されたリリーフが両チームでも増井のみであること、四球・自責点数が阪神先発として7イニングを投げた小野泰己と同数だったことも増井への批判に拍車を掛けた。
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憎井、畜生化

同年オフには複数年契約を重視したFA宣言、平野佳寿がMLBへ移籍したことで抑え候補を探していたオリックスへの移籍が決まった。

するとオリックス移籍後、古巣・日本ハムの打線について

  • 一緒にやってるときは『もっと点を取ってくれよ』とか思ってたので(笑)
  • 打線が強いという感じじゃなかったので、1年間ファイターズからは点を取られないように頑張りたい

と発言*2したため、日本ハムファンからさらなる反感を買い、別の意味で「憎井」呼ばわりされた他、「畜井」という蔑称を与えられた。移籍から2年以上経った現在でもハムファンからはヘイトを集めている模様*3
ちなみにオリックス移籍後は1年目こそ抑えとして活躍したものの、翌年には不安定な投球が続いてクローザーの地位をあっさり手放し、再び先発に転向した。

関連項目


*1 9月30日に引退登板として先発し1/3イニングのみを投げた武田勝の後を受け登板、この登板で自身初の10勝目を挙げており実質「9先発7勝」だった。
*2 リンク記事
*3 オリックス戦の増井登板時、四球を出した際に、ファイターズの応援団から出塁テーマに合わせて「増井!増井!アホ!アホ!増井!」とコールされるなど。