アレ

Last-modified: 2020-09-15 (火) 11:47:42
  1. お粗末な行為を繰り返したりその舞台となったりした結果、名前を呼ぶ気すら無くなってしまったまたは犯罪行為により名前を出してはいけないもの扱いされるようになってしまったものへの呼称。
  2. 特定の選手に関する有名なプレーの総称。「江尻のアレ」「長野のアレ」など。

ここでは1について解説する。

「アレ」の一例

斎藤隆(アレ様)

ベイスターズ時代は先発投手として1998年の日本一に貢献するが、2001年にリリーフへ転向すると救援失敗を繰り返し、いつしか「あんなのはアレで十分だ」などと言われるようになり、そのうち定着した。
しかし調整法を掴んでからは投球内容が安定・向上しクローザーに定着。前任者である「佐々木(主浩)様」*1にあやかって「アレ様」という愛称に昇格した。

 

2003年は山下大輔監督の意向で先発へ再転向するも度重なる故障に悩まされ成績は下降。引退説も囁かれ始めるが2006年に36歳でロサンゼルスドジャースとのマイナー契約し7シーズン5球団に渡って安定した活躍を見せ、最終的にはMLB屈指のクローザーに定着していた。
NPB時代第1期の晩年とは同一人物と思えないほどの活躍から蔑称としての「アレ」は殆ど使われなくなったが、現在でも敬意を込めて「アレ様」と呼ばれている。
 
また、2013年に地元であり復帰時に入団を望んでいた東北楽天ゴールデンイーグルスで日本球界へ復帰すると同年の球団初となる日本一に貢献、2015年に引退するまでブルペンの中心として活躍した。

金本知憲

満足に守れない状態にも関わらず連続フルイニング出場記録更新のために強行出場を続け拙守を連発、2010年に様々な蔑称をつけられたが、名前を出したくないファンが増えるにつれ「アレ」も多用されるようになっていった。

優勝争い

2010年のオリックスは交流戦で優勝争いを繰り広げていたが、岡田彰布監督は優勝争い未経験の選手に配慮し「アレ」と表現していた。その目論見通りオリックスはこの年の交流戦優勝を遂げた。なおシーズン

西岡剛

メジャー移籍前は日本人トップクラスの野手と認識されていたが、2010オフに移籍すると故障や不振により置物化。不倫問題なども発覚したことで「ミネソタのアレ」という蔑称が定着した。
「ミネソタのアレ」の初出は↓このスレである。
【悲報or朗報】MLB球団が日本からスカウト引き揚げ

1 :風吹けば名無し:2012/06/18(月) 16:36:27.54 ID:yqmO8Nk5

http://www.mlbtraderumors.com/2012/06/cafardo-on-youkilis-lowrie-manny-red-sox-dodgers.html

http://articles.boston.com/2012-06-17/sports/32270984_1_bryce-harper-mike-trout-ben-cherington/3

> One GM said, “Is all the money spent and devoted to scouting really yielding any great player?

> You’ve had Kei Igawa, Daisuke Matsuzaka, the kid from Minnesota [Tsuyoshi Nishioka], and really,

> is the money spent worth it?"

訳:あるGMが言うには「スカウトに費やしてきた金に見合うほど偉大な選手は獲得できたのか?

井川とか松坂とか、あるいはミネソタのアレとか、本当に大金を投じる価値があったのか?」とのこと

2012年オフに帰国して阪神入りするが、ほぼ毎年のように故障して長期離脱グラティ、果ては史上初の守備妨害で日本シリーズを決着させる大ポカなどコンスタントにネタを提供。しかし蔑称が増えすぎたため「アレ」の使用頻度は激減した。

長野久義

2015年から攻守ともに精彩を欠くプレイが目立ち始め、2017年には金本ばりの拙守を見せたことで「アレ」と呼ばれ始めるが、2018年は復活の予兆が見えていたことやにヘイトが向いていたので使用頻度は少なめだった。
しかし、広島へ移籍して迎えた2019年シーズンは開幕から夏場まで一向に調子が上がらないため再び使われ出すようになっている。

「底知れぬアレ」by糸井嘉男

2016年9月13日、当時オリックスバファローズ所属だった糸井は3回表に大谷の自己最速164km/hの速球を打ち返し2点タイムリー二塁打を放つ。そして試合にも勝利するが、この時に糸井は以下のようなコメントを残した。

大谷の164キロ打ったオリ・糸井 乗り物に例えると「のぞみ」の日本ハム戦(札幌ドーム)で、大谷翔平投手(22)が投じた日本最速164キロのストレートを右前へ2点適時打した。元祖“規格外の男”が独自の超人語録でその場面を振り返った。

 ――164キロを打って、どうだった

 糸井:(手が)しびれた。

 ――164キロを計測したのは知っていた

 糸井:知らんね。その後で聞いた。

 ――改めて大谷のストレートの印象は

 糸井:常に速い。底知れぬアレがある。

 ――バットは

 糸井:折れてない。

 ――あのストレートを乗り物に例えるなら

 糸井:のぞみ(新幹線)。

 自らが打席で目撃し、打ち砕いた164キロは最高時速300キロに達する新幹線にも匹敵する体感速度だったようだ。

大谷翔平

メジャーでも二刀流挑戦を表明していたがオープン戦で全く結果を残せず「エンゼルスのアレ」呼ばわりされだす。しかし開幕後は投打で活躍し新人王を獲得。二刀流を真似する選手が増え始め、登録ポジションに「二刀流」が追加されるなどの結果を残したことで現在では「アレ」呼ばわりされることはほぼない。

余談

上記以外にもアレ扱いされる人物は選手首脳陣問わず存在するが割愛する*2

 

ちなみに斎藤と金本は東北福祉大学で同期生、プロ入りも同じ1991年である*3
また、1996年のオールスター第3戦(富山市民球場アルペンスタジアム)では斎藤が勝ち投手、金本がMVPであった。

関連項目


*1 漫画家・俳優のみずしな(水科)孝之による野球四コマ漫画「ササキ様に願いを」が元ネタで佐々木の別称になった。なお斎藤にとって佐々木は兄の同級生に当たり、高校、大学、プロで同じチームに所属するという縁がある。
*2 当該球団のファンの気分次第で変わる。またTwitter上ではやたら選手をアレ扱いするケースも多いため、なんJでは逆に批判されることがある。
*3 金本は一般入学で斎藤の1歳上。なお当時の金本は時期の誤認から法政大学のセレクションを受けられず一浪、さらに翌年は中央大学でも浪人推薦を取れないのに受けさせられる寸前と、結果的に当時の広陵高校監督から二度も騙されている。また、同時期にはヤクルトスワローズの入団テストを受けたが不合格だったという。