チック

Last-modified: 2021-09-11 (土) 20:44:44

内川聖一(横浜→ソフトバンク→ヤクルト)の蔑称(別称)。

経緯と概要

暗黒期真っ盛りの横浜から福岡ソフトバンクホークスにFA移籍した内川は、以降古巣に対して多数の批判のコメントを残している事で知られている。
そのあまりに歯に衣着せぬ物言いから、「ぐう聖の対義語がぐう畜」であるのと同じ要領で名前(聖一)を捩った「畜一」という蔑称が誕生。そこからカッス並びにサンキューカッス流れを踏襲したためチックと呼ばれるようになった事が由来である*1

なおTBSが親企業から離れて以降、当時の横浜の環境がいかに論外だったのかが明るみになってからは事実を指摘しただけで侮辱になってしまう横浜さんサイドにも問題がある」と逆に横浜に矛先が向かう事もある*2

これらの発言により当時の横浜ファンからは「あまりにも言い方がひどい」「横浜での実働が少ないのに偉そう」などの反発を食らった他、本人もネットでの畜生扱いを認識しており流石に堪えたようだが、「自分ではどうすることもできなかった」という*3
また、「横浜に残って良かった」と発言した三浦大輔との対比がされる場合もあるが、こちらに関しては「優勝・日本一を経験している三浦と、加入以降真の暗黒しか知らない内川では思いは違って当然」と擁護される向きもある*4

なんJでは横浜時代の内川は存在しないとするネタも生まれ、「内川はソフトバンクの生え抜き」と言われたりする。


親会社がDeNAに代わり日本シリーズ出場も経験するようになった近年はベイスターズへの好意的なコメントが増えてきており、そのような場合は「これは聖一」と言われる。

また、定着しすぎた蔑称にありがちな事として、現在では侮蔑の意味を込めずに単に内川の別称として使われる事も多い。


畜生発言一覧


SB退団後

2018年頃から不振に陥った内川は、2020年には二軍で一時打率4割を超える(最終的には.327)など結果を残すが、栗原陵矢ら若手の台頭で余剰戦力となり、一軍に昇格することすらかなわず出場機会を求め退団することとなった。
退団報道後、二軍のシーズン最終戦で行ったスピーチの中で「まだまだ自分でやれるとか、勝負したいという思いよりも、今年1打席も一軍でチャンスを貰えなかったということが、自分の中で野球を辞める決心がつかなかったというのが正直なところです」と首脳陣批判とも取れる発言を残しており、また、球団から正式発表がなされる前に退団を勝手に明かしたとされることなどから、球団との確執があったことが囁かれている。

同年12月7日にヤクルト入団が決定した*6内川だが、ソフトバンクでの最終試合から1ヶ月後に公開された記事では、「割り切ることはできているのかな」とチームとの間にわだかまりが無いことを強調していたが、「4番を任されて、球場が狭くなった。当然、周りからも長打を期待される。そこで、自分の打撃を変えてしまったことが大きな狂いにつながってしまった」と、不振の原因を工藤監督の起用法だとするような発言を残すなど、2度目の畜生化の兆候が見られた。
ただし今回は、ソフトバンク移籍後の内川が地元九州出身の中心選手として長く貢献した事実と、退団までの経緯*7から内川に同情する向きも強く、ソフトバンクファンからも特段ヘイトを集めるには至っていない。


関連項目


*1 内川をローマ字で表記すると「UCHIKAWA」とたまたま「チック」が含まれているが、これが直接の由来ではない。
*2 日刊スポーツのコラムや多数の選手の証言から、そう言わせるほど酷い環境だったのは事実である。
*3 かの有名な「出る喜び」発言も本人曰く本当は「自分で決めた道を歩いていけることの喜び」を表現した言葉であり、不本意な伝わり方をして泥沼にハマってしまったのだという。
*4 事実内川は移籍先のソフトバンクで優勝・日本一を達成しているが、この間横浜はどちらも成し遂げられていない事から、チームでの結果を求めた内川を一概に責める事はできない。
*5 移籍後、ダルビッシュ有(当時日本ハム)との初対戦を終えての一言。見方を変えれば横浜のみならずセ・リーグ全土に対する挑発とも取れる。
*6 この直前に内川の横浜最終年に監督をしていた尾花高夫が二軍投手チーフコーチとして古巣・ヤクルトへの復帰が発表されていたため、内川と尾花は11年ぶりに同じチームで顔を合わせることとなった。
*7 打率2割台にすら届いていなかったバレンティンが一軍に先に昇格する等。