いこきさたたむあ

Last-modified: 2021-03-01 (月) 23:46:45

2005年の横浜ベイスターズのレギュラー野手の打順。
カタカナで「イコキサタタムア」と表記する場合もある他、「コピペ打線」とも呼ばれている。

選手一覧

暗黒真っ只中のTBS時代(2002-2011)で唯一のAクラスに入ったこのシーズンのベストオーダー*1であり、8人全員が規定打席に到達した。一方、メンバーの中で横浜/DeNA生え抜きとして引退した選手はおらず、2020年現在、コーチとして小池が在籍するのみである一方*2、何故か巨人*3と中日*4 に縁が深い選手が多い。

かつての黄金期であるマシンガン打線のメンバーに00年代の暗黒期を支えた功労者たちが程よく混在し、また同年を最後に11年連続Bクラスの歴史が始まってしまったこともあって、この8人に愛着を持つファンは今なお多い。

打順名前(背番号)守備位置横浜退団年と退団経緯NPBからの引退年備考
1・石井琢朗(5)2008・自由契約で広島に移籍2012・広島引退試合は横浜スタジアムで実施。
2・小池正晃(44)2008・石井裕也交換トレードで中日に移籍2013・DeNA2011年オフに出戻りFA。
8人中唯一、横浜で引退した選手。
3・金城龍彦(1)2014・海外FAで巨人に移籍2015・巨人2015年は相川・村田と巨人でチームメイトとなる。
4佐伯貴弘(10) 2010・自由契約で中日に移籍2011・中日2012年、野球浪人の末引退。
5多村仁志(6)2006・寺原隼人と交換トレードでソフトバンクに移籍2016・中日(育成)2012年オフに吉村裕基と再度交換トレードで出戻りしたが、2015年に戦力外
6・種田 仁(3)2007・自由契約で西武に移籍2008・西武8人の中で唯一の外様選手*5
7村田修一(25)2011・国内FAで巨人に移籍2017・巨人2018年はBC栃木に在籍し引退。
8相川亮二(8)2008・海外FAでヤクルトに移籍2017・巨人優勝に立ち会えず引退*6

※9番は投手。

なお、後に2000安打を達成することとなるはこの年控え選手であった*7


関連項目


*1 この通りの先発オーダーだった試合は52試合に上る。
*2 ただし佐伯、多村は野球解説者という形で現在でも多くのベイスターズ戦に関わっているほか、控えには鈴木尚典や万永貴司のように横浜一筋で引退した選手もいる。
*3 がFA移籍、いずれもコーチとして引退後も残った後、も2020年にコーチとして招聘され4人が揃うことになった。
*4 が元選手。後ろのは中日から横浜、それ以外は横浜退団後の移籍だが、いずれもFAではなくトレードや自由契約による移籍である。
*5 2001年に波留敏夫と交換トレードで中日から入団。
*6 相川の一軍初出場は優勝翌年の1999年。
*7 レギュラーを6番のに奪われていた。翌2006年に初めて100試合出場すると、牛島退任後の2008年に再びレギュラーに返り咲いている。
*8 当時の監督。