AL Z-24

Last-modified: 2026-02-02 (月) 04:25:33

Z23級駆逐艦 Z-24

AL Z-24.jpg

性能諸元

性能諸元の数値は、アップグレード・基本特性・艦長スキル・ブースター・迷彩などの補正がかかっていない素の状態の数値を入力してください。
部位ごとの装甲厚や散布界など、ゲーム内には載っていない情報は将来ゲーム内で見れるようになる可能性があるので暫定で0や0-1などとする
・基本性能

Tier7種別プレミアム艦艇
艦種駆逐艦派生元-
国家ドイツ派生先-
生存性継戦能力19,500
装甲全体 6-30mm
・艦首・船尾 19-20mm
・上部構造 13mm
・主砲 6-30mm
・重要区画 16-20mm
対水雷防御ダメージ低減0%
耐火性能火災発生低減率37%
機動性機関出力70,000馬力[hp]
最大速力37.0ノット[kt]
旋回半径680m
転舵所要時間4.5秒


隠蔽性 通常主砲発砲時火災発生時煙幕内からの主砲発砲時
海面発見距離6.5km10.6km8.5km2.5km
航空発見距離3.4km6.4km6.4km-


射撃管制装置艦体モジュール主砲射程最大散布界(垂直/水平)主砲安定性
A-Bmod.110.6km56.9m/94.8m2


主砲艦体口径基数×門数最大ダメージ(火災)装填180度旋回
-150mm L/48 Tbts LC/36
150mm L/48 LDrh LC/38
1基×2門
3基×1門
HE弾 1,900(12%)
AP弾 3,700
6.2秒22.5秒


魚雷船体口径基数×門数(片舷)最大ダメージ装填射程雷速発見
-533 mm Vierling2基×4門(8門)14,400(240%)81秒11.0km66kt1.2km


対空砲艦体口径基数×門数秒間平均ダメージ射程
-20mm Flakzwilling 38
20mm Flakzvierling 38
37mm Flak LM/42
2基×2門
4基×4門
4基×2門
30
60
101
2.0km
2.0km
3.5km



・アップグレード

スロット0スロット1スロット2スロット3スロット4
搭載可能アップグレード
1Main Battery Modification 2-min.png主砲改良2+20%:主砲旋回速度
+20%:魚雷発射管旋回速度
Aiming Systems Modification 1-min.png照準システム改良1-7%:主砲弾の最大散布界
+5%:副砲最大射程
-5%:副砲弾の最大散布界
AirDefense 2_0.jpg対空砲改良2+20%:対空砲座の最大射程
2Damage Control System Modification 2-min.pngダメージコントロールシステム改良2+20%:応急工作班動作時間
-15%:消火時間
-15%:浸水復旧時間
Steering Gears Modification 2-min.png操舵装置改良2-25%:転舵所要時間
Propulsion Modification 2-min.png推力改良2-50%:加速時における最大出力までへの到達時間
3Concealment System Modification 1-min.png隠蔽システム改良1-10%:被発見距離:敵弾の散布界+5%
Steering Gears Modification 3-min.png操舵装置改良3-40%:転舵所要時間
-80%:操舵装置修理時間
Target Acquisition System Modification 1-min.png目標捕捉装置改良1+20%:最大視認距離
+20%:魚雷発見距離
+50%:敵艦強制発見距離
Chromium Plated Barrels 1.jpgクロムメッキ砲身:-5%主砲の散布界
4Main Battery Modification 3-min.png主砲改良3-12%:主砲装填時間
-13%:主砲旋回速度
Torpedo Tubes Modification 3-min.png魚雷発射管改良3-15%:魚雷発射管装填時間
+50%:魚雷発射管の損傷(機能停止)の発生率
Gun Fire Control System Modification 2-min.png射撃管制装置改良2+5%:主砲最大射程
-3%:主砲の散布界
AirDefense 3.jpg対空砲改良3-10%:全消耗品準備時間
+25%:平均対空ダメージ

・消耗品

搭載可能 消耗品

搭載可能 消耗品

十字キー左
応急工作班I.png応急工作班無制限消耗品の動作時間:5 秒
消耗品の準備時間:40 秒
十字キー上
発煙装置I.png発煙装置2 回消耗品の動作時間:20 秒
煙幕の持続時間:69 秒
消耗品の準備時間:240 秒
十字キー右
エンジンブーストI.pngエンジンブースト2 回最大速度:+8 %
消耗品動作時間:120 秒
準備時間:180 秒
十字キー下
水中聴音I.png水中聴音2 回魚雷の発見:3.5 km
艦艇の発見:5.0 km
消耗品動作時間:100 秒
準備時間:180 秒

詳細は消耗品を参照

ゲーム内説明

アズールレーンのZ24をモチーフとした艦艇。彼女は鉄血の強力な駆逐艦です。
設計年:1940

解説

  • 概要
    ドイツティア7プレミアム駆逐艦。
    Z-23との違いは次の通り
    変更内容

    強化版の「ソナー」:
    動作時間を 96 秒から 100 秒に延長
    魚雷捕捉範囲を 3.1 km から 3.5 km に延長
    艦艇捕捉範囲を 4.4 km から 5.0 km に延長
    魚雷の射程を 9.51 km から 11.0 km に延長
    魚雷発見距離を 1.4 km から 1.2 km に短縮
    HE 弾ダメージを 2,200 から 1,900 に低下
    主砲の装填時間を 6.0 秒から 6.2 秒に延長

  • 主砲
  • 魚雷
  • 対空
  • 抗堪性
  • 機動性
  • 隠蔽性
  • 消耗品
  • 総評

史実

ドイツ海軍が建造した1936A型駆逐艦の1隻。ドイツの駆逐艦には人名が付けられているが、ネタ切れを起こしたのかZ23?からは付けられていない。
1939年1月2日に起工し、1940年3月7日に進水、同年10月23日に竣工した。

共同でパナマ貨物船バトーやソ連貨物船ツィオルフスキーを撃沈した他、雷撃でエディンバラを自沈へ追いやった戦果を持つ。
リュッツォウ(元ドイッチュラント)やアドミラル・ヒッパー?等、船団の護衛にも従事した。
中でも敵の猛攻からイタリアの封鎖突破船ピエトロ・オルセオロを守り切った武功は特筆に値する。

1944年8月25日、ロアイアン沖で爆撃を受け撃沈される。力尽きるまで猛然と反撃し、17機を道連れにするという艤装の格好良さに相応しい最期を遂げている。

艦歴

ドイツ海軍が建造した1936年A型駆逐艦の1隻。Z23級とも。重武装だった前級の1936年型より更に強力な兵装を持ち、船体も僅かに巨大化。乗組員は11名の士官と321名の水兵で構成される。全長127m、全幅12m、排水量2603トン、出力7万馬力、最大速力36ノット、19ノットで2500海里の航続距離を誇るなど巡洋艦に匹敵するスペックを持つ。武装として15cm口径の防盾付きTbtsK C/36砲4門、対空用に3.7cmC/30砲4門と2cmC/30砲5門、8本の53.3cm魚雷、60個の爆雷と4基の投射機を装備。対潜用のパッシブハイドロフォンやFuMO21レーダーをも搭載している。

1938年4月23日、デシマーク社に発注。1939年1月2日にW958の仮称を与えられ、ブレーメン造船所で起工。開戦後の1940年3月7日に進水し、10月23日に竣工した。慣熟訓練を行った後の1941年3月、バルト海とノルウェーの間で船団護衛に従事した。3月21日、Z23とともにベルゲンへ回航。現地で重巡洋艦アドミラル・ヒッパーと合流し、スカゲラクまで護衛する。3月30日から4月1日にかけて重巡アドミラル・シェーアを護衛し、ドイツ本国に送り届けた。
6月11日、重巡洋艦リュッツォウを護衛して駆逐艦4隻とともにキールを出港。前方哨戒はU-79とU-559が担当した。リュッツォウは大西洋で通商破壊を行うソムレアーズ作戦に参加予定であり、まず前進拠点のノルウェーに向かった。しかしノルウェー沖で敵の沿岸航空隊に発見され、リュッツォウ隊の動きが読まれてしまう。6月12日深夜、20機のブリストル・ボーフォート雷撃機が襲撃。艦中部に魚雷を受けたリュッツォウは左推進軸を破壊され、大破航行不能に陥ってしまう。敵機の脅威が去った後は応急修理に追われ、翌13日午前11時にどうにか第二発電機が復旧。駆逐艦に曳航されながらスタヴァンゲルを目指す。だが敵の攻撃は執拗で、ボーフォートによる空襲を2回受ける。16時頃にリュッツォウの右舷ディーゼルが復旧したが、それと同時に敵の雷撃機が出現。トドメを刺そうとリュッツォウに迫るも、リュッツォウや護衛の駆逐艦から熾烈な対空砲火を浴びて失敗。更にドイツ空軍機が援護に駆けつけ、生き残った敵雷撃機も撃ち落とされた。士気は上がったものの作戦の続行は不可能と判断され、キールへ反転。帰路についた。12時間後、敵軍は再びリュッツォウを捕捉したが、既に雷撃機が届かないスコー岬に入っていたため攻撃を断念した。6月14日午後、満身創痍のリュッツォウとともにキールへ入港した。Z24はフランスの軍港ブレストへ向かう事になり、Z23ともども6月16日に出発。何事もなく6月18日に入港し、活躍の場をビスケー湾方面に移す。7月24日夕刻、イギリス軍の爆撃を受けラ・パリスからブレストへ避難する巡洋戦艦シャルンホルストと合流し、ブレストまでエスコートした。8月21日、Z23とともに仮装巡洋艦オリオンと合流。8月28日まで、イギリス軍が待ち構えるビスケー湾の突破を手助けした。
10月23日、Z24とZ23はノルウェー北部への回航を命じられてフランスを出発。道中でドイツ本国に立ち寄り、Z23と別れてZ26が新たに加わる。11月9日、ドイツ国内を出発。11月24日にトロムソに到着し、第8駆逐隊に編入される。北極海やコラ海でソ連を支援する敵船団を攻撃する任務が与えられた。12月16日、姉妹艦のZ23、Z25、Z27とともにバレンツ海へ出撃。コラ半島沖で連合軍の艦船を探した。翌日、イギリスの掃海艇ハザードとスピーディを捕捉し4回砲撃したが、濃い霧と低温による着氷が原因で正確な砲撃が行えず、逃げられてしまっている。12月26日、第8駆逐隊はオフォトフィヨルドを出発。翌27日にロフォーテン諸島沖へと到着し、警戒行動を取った。

1942年1月13日、Z25の護衛を受けながらZ23とともに白海の西側航路へ機雷を敷設。ところが1月20日、濃霧の影響でZ23がZ24に衝突してしまい、揃って座礁。修理のためヴェーザーミュンデに戻らなければならなくなった。3月18日、ノルウェーに向かうアドミラル・ヒッパーを護衛。トロンヘイムに入港した後、ヴァランガーフィヨルドへ回航された。

3月28日、味方の航空機がソ連に向かうPQ13船団を発見して通報。これを受けてZ25やZ26とともにヴァランガーフィヨルドを出撃した。翌29日午前1時43分、3隻はパナマ貨物船バトー(4687トン)を発見・撃沈し、生存者7名を救助した。またドイツ空軍機の攻撃で撃沈された英貨物船エンパイア・レンジャーの漂流者61名も救助している。しかし吹雪に紛れて英海軍が迫っていた。午前8時49分、PQ13船団を護衛する敵艦隊(巡洋艦1隻、駆逐艦5隻)はレーダーでドイツ駆逐隊を捕捉。吹雪の中から敵巡洋艦トリニダードが出現し、僚艦Z26が襲われてしまう。Z26の異変に気付き、Z24とZ25は19本の魚雷を放ってトリニダードを攻撃したが、トリニダートが背を向けたことで全て回避される。主砲でも攻撃を行い、2発命中させたがごくわずかな損害しか与えることが出来なかった。トリニダードと駆逐艦フューリーはZ26を追撃するも、放った魚雷が一周回ってトリニダード自身に当たるという幸運に恵まれる。フューリーはトリニダートを支援する為、後続の駆逐艦に追撃を任せることとなった。今度はE級駆逐艦エクリプスが出現し、Z26に襲い掛かる。Z24とZ25は煙幕を展開してZ26を守ろうとしたが、6発の命中弾を受けてZ26は無念の放棄となった。Z26の仇を討つため、視界が開けた隙を突いて2隻は突撃。エクリプスに2発の命中弾を与え、大破。午前10時35分に吹雪の中へと逃げていった。死にゆくZ26から88名の生存者を救い、ヴァランガーフィヨルドへ帰投しようとした時、高々と水柱が築き上げられた。英駆逐艦オリビとソ連駆逐艦ソクルシテルニー、グレムジャシーが殴り込んできたのである。短い戦闘を経て、2隻は虎口から脱出した。帰投後、2隻に減ってしまった第8駆逐隊であったが、新たにZ7が補充され三隻体制は維持された。

4月11日、PQ14船団とQP10船団の捜索に出撃したが、発見できず。4月30日、QP11船団の巡洋艦エディンバラはU-456の雷撃で損傷し航行不能に。好機と見たドイツ空軍が続々と殺到したが、トドメを刺せずにいた。同日深夜、第8駆逐隊に「手負いのエディンバラを討ち取れ」との命令が下った。5月1日午後、Z24、Z25、Z7はQP11船団の護衛部隊と図らずも遭遇。相変わらず吹雪で視界が悪く、4時間の間に5回接近を試みたが、そのたびに4隻の英駆逐艦に阻まれ、思うように攻撃する事が出来ない。それでも雷撃で貨物船ツィオルコフスキー(2847トン)を沈め、英駆逐艦アマゾンを砲撃で大破させる戦果を挙げたが、本命は見つけられずにいた。5月2日早朝、英駆逐艦2隻、英掃海艇4隻、露小型ダグボート1隻に護衛された目標エディンバラを発見。午前6時27分にZ7が敵掃海艇ハリアーと交戦し始めた事で、戦端が開かれた。エディンバラは曳航索を取り、わざと弧を描いて不調である事をアピール。Z7が引っかかってしまい、肉薄したところをエディンバラの一斉射撃を食らい、大破航行不能にされてしまう。Z24はZ25とともに英駆逐艦フォレスター、フォアサイトと交戦。2隻を砲撃で損傷させて行動不能に陥らせ、未だ健在のエディンバラに向けて突撃。午前7時2分にエディンバラの左舷に魚雷(実は流れ弾)を命中させ、船体を切断する寸前にまで追い込む。ちょうどU-456は右舷側に魚雷を当てていて、両舷を破壊されたエディンバラは竜骨と僅かな装甲のみで繋がっている状態に成り果てた。エディンバラは放棄され、最後はフォアサイトの雷撃で撃沈された。見事、Z24はZ7の仇を討ったのだった。その後、Z24とZ25は敵の砲撃下にあったにも関わらず献身的な救助を行い、Z7の乗員210名を救助。Z7の船体は爆雷を使って沈められた。

6月27日、スパイからの情報でアイスランドからPQ17船団が出港した事が判明。これを攻撃するため、ドイツ海軍はレッセルシュプルンク作戦を発動。7月3日、重巡洋艦リュッツォウを護衛してナルヴィクを出撃。ところが午前2時45分、濃霧と潮流が早いストルボーエン灯台沖でリュッツォウが座礁事故を起こし、中破。作戦に参加できなくなり、そのまま引き返している。7月12日、ノルウェーを出発。道中で軽巡洋艦ケルン率いる小艦隊と合流し、北海に機雷を敷設。7月15日、損傷した味方駆逐艦フリードリッヒ・インを伴って小艦隊と別れ、キールに入港。1943年1月までヴェーザーミュンデで長期の修理を受けた。

    

1943年3月5日、第8駆逐隊(Z23、Z24、Z32、Z37)はフランス西岸に向かうため出港。イギリス海峡の突破を試みた。ここは敵国イギリスの眼前であり、沿岸砲の砲撃や高速魚雷艇の襲撃が相次いだ。だが幸運に恵まれ、全くの無傷で難所ドーバー海峡を突破(Z37だけル・アーブルで座礁した)。3月28日、極東方面に向かうイタリアの封鎖突破船ヒマラヤを遠方から護衛する間接支援を実施。しかしヒマラヤはイギリス軍の偵察機に発見され、ボルドーに引き返している。ビスケー湾では連合軍が跳梁跋扈しており、封鎖突破船の被害が激増していた。12隻中10隻が道中で討ち取られ、わずか2隻のみが生き延びて大西洋に入った。ちょうど同盟国日本の神戸港からボルドーに向かっているイタリアの封鎖突破船ピエトロ・オルセオロがフランスの沿岸に近づいていたため、ドイツ海軍は援護として第8駆逐隊を出撃させた。3月30日、ピエトロ・オルセオロは見慣れぬ艦艇を発見した。ビスケー湾にドイツ軍の艦艇が現れた例は無く、ピエトロ・オルセオロはイギリス艦艇と断定。全速で逃走を図った。すると艦艇から繰り返し信号が送られ、いぶかしんだピエトロ・オルセオロが近づいて見るとドイツ海軍のZ23、Z24、Z32、Z37の4隻だった。ピエトロ・オルセオロは4隻の駆逐艦に守られ、更に運良く発生した濃霧に隠れながらボルドーを目指した。独伊の潜水艦が守る海域まで到達し、ホッと一息つけるかに見えたが…。目的地を目前にして敵軍の哨戒機に発見され、沿岸航空隊のブリストル・ボーフォート雷撃機やブリストル・ボーファイター戦闘機が殺到。猛攻を受けたが、第8駆逐隊とピエトロ・オルセオロは勇猛に反撃。5機を撃墜し、放たれた魚雷を全て回避して敵に勝利した。だが航空隊の通報を受けた米潜シャードが密かに追跡を開始。第8駆逐隊は高速で航行していたため距離こそ縮まらなかったが、追跡を受け続けた。
4月1日早朝、ボルドーの手前であるジロンド河口付近でシャードの襲撃を受ける。1550mの距離から6本の魚雷が伸びてきた。ピエトロ・オルセオロは2本の魚雷を回避したが、3本目が2番船倉に直撃。破孔から積み荷の天然ゴム梱包1万1000個が流出してしまった。ここでZ24ら駆逐艦は危険な賭けに出る。シャードに攻撃される危険を承知で天然ゴムを回収。その間にピエトロ・オルセオロは応急修理を行った。この賭けは見事成功、聴音から2隻撃沈と勘違いしたシャードはチャンスを自ら放り捨てて退避していった。午前11時45分、ジロンド河口のル・ヴェルドン港に到着。第8駆逐隊は敵の爪牙からピエトロ・オルセオロを守りきったのだった。
4月9日、再出発する封鎖突破船ヒマラヤの護衛に参加。しかし敵が敷いた厳重な哨戒網に引っかかり、ビスケー湾を抜ける前にサンダーランド飛行艇に捕捉されてしまう。今やビスケー湾は敵の水上艦艇、潜水艦、哨戒機で埋め尽くされており、仕方なくヒマラヤはボルドーに反転する事に。間もなくヴィッカース・ウェリントン爆撃機とハンドレページ・ハンプデン爆撃機の群れに襲撃される。第8駆逐隊は対空砲火で敢闘し、5機を撃墜してヒマラヤを守った。6月14日、Z24とZ32はビスケー湾を出撃。U-185が収容したU-564の生存者を回収し、陸地まで連れ帰った。その後、第8駆逐隊はビスケー湾を通過するUボートの支援に従事し続けた。
12月24日、第8駆逐隊と6隻の魚雷艇からなる第4水雷戦隊は、日本の勢力圏からフランスに向かっている封鎖突破船オゾルノのビスケー湾突破を支援するため出撃。しかし連合軍はウルスラ暗号解読でオゾルノの存在を把握し、これを撃沈すべくストーンウォール作戦を発動。大量の巡洋艦と航空機を差し向けてきた。翌25日朝、オゾルノがサンダーランド飛行艇に発見される不運に見舞われたが、正午頃に合流成功。12月26日にジロンド河口へと送り届け、護衛任務は達成された。ところがオゾルノは沈没船の残骸に触れて12mの破孔が生じてしまい、日本から託された大切な資源を守るためやむなく座礁。積荷を回収したのち、ボルドーに回航された。

12月27日、二番目の封鎖突破船アルステルウーファーがフランスに近づいていた。これを支援するため同日中に第8駆逐隊と魚雷艇6隻が出撃。しかしアルステルウーファーは合流する前に撃沈されてしまい、ドイツ艦隊の出撃を察した敵軍が巡洋艦グラスゴーとエンタープライズ(英国エメラルド級巡洋艦の方)を派遣した。翌日の12月28日13時、味方のFw200コンドルが敵艦隊を発見して攻撃。対空砲火で追い払われたものの、北東方向に退避しながら位置情報を伝達した。海上は荒れ、30ノット以上の風が吹き荒れて駆逐艦と魚雷艇の航行を困難なものにしていた。13時32分、ビスケー湾にて三列で航行していたドイツ艦隊は敵艦グラスゴーに捕捉され、ビスケー湾海戦(Battle of the Bay of Biscay)勃発となる。地の利は敵軍側にあり、荒波によって魚雷が発射できないなど、駆逐艦の優位性を悉く潰されていた。敵艦から先制攻撃を受けたが、荒天によって砲弾が飛散。100~150m離れた所に着弾したため、命中弾はゼロだった。ドイツ側も反撃に転じ、Z23が距離1万7000mから6本の魚雷を発射。しかし全て外れてしまった。Z24はZ32、Z37とともに砲撃を行い、敵巡洋艦の200m先に着弾させる。13時56分、グラスゴーに命中弾を与え、ボイラー室を爆発させた。第4水雷戦隊の魚雷艇6隻もまた雷撃を試みたが、荒天に阻まれて不成功に終わる。そんな中、Z32とZ37が勇敢にも敵艦隊に肉薄。距離1万2800mからそれぞれ魚雷6本と4本を射出。命中はしなかったものの、回避運動を強いた事で敵に隙が出来た。14時19分、ドイツ艦隊は煙幕を展開。北北西に針路を変えて退却を始めた。16分後、敵巡洋艦2隻が追跡を開始。恐怖の逃避行が幕を開けた。追いつかれたZ27と魚雷艇T25は腹筋ボコボコにパンチを喰らって撃沈され、遅れてT27もやられてしまった。Z24はエンジンに不調を抱えていたため離脱に参加できなかったが、不幸中の幸いか敵艦から離れた位置にいたのでZ24はラ・パリスへ逃げ込む事が出来た。この戦いでZ27、魚雷艇T25、T27が撃沈される。1944年1月14日、ラ・パリスで修理。5月上旬に出渠した。

1944年6月6日、連合軍がノルマンディーに上陸した事で、フランス方面の戦況は一変。Z24、Z32、ZH1(元オランダ海軍ティエルク・ヒッデス級駆逐艦)、魚雷艇T24は敵艦隊迎撃のためブレストへ向かうよう命じられる。道中でZ32がブリストル ボーファイター戦闘機に襲われて損傷するも、何とかブレストに入港。現地でZ24とZ32は対空兵装の強化を行った。6月8日深夜、Z24は僚艦3隻と水雷艇T24とともにブレストを出港。シェルブールに向かっていたが、連合軍はウルスラ暗号解読でドイツ駆逐隊の動きを把握。ウェサン島沖で連合軍の駆逐艦8隻に捕捉されてしまう。これがブルターニュ沖海戦(英名:Battle of Ushant)である。ドイツ軍側が先に発見され、砲撃を受ける。Z24は味方駆逐艦と共に4発の魚雷で応戦するも全て回避されてしまい、一斉射撃を受けて大損害を被る。15cm主砲の装填室に直撃弾を受け、砲塔との通信が全て断たれる。無線室からは出火し、前部構造物にいた13名の乗員が死亡した。劣勢に立たされてもなおZ24は果敢に反撃したが、至近距離から機銃弾を撃たれたため機械室や対空砲を次々に破壊され、窮地に陥る。英軍の攻撃は5回に及んだが、Z24は煙幕を張って敵の目から逃れた。T24に護衛され、何とか戦場から離脱しようとするZ24だったが、カナダの駆逐艦2隻から追跡を受ける。絶体絶命の窮地の中、どうにか通信機能が回復。旗艦Z32にブレストへの帰投許可を取り、生を求めて走り続けた。地雷原を突破してブレストの味方勢力圏に入った事で、辛くも追跡から逃れられた。夕刻、ブレストに入港。このブルターニュ沖海戦で、Z32ととZH1が失われている。

命からがら生き延びたZ24は、7月13日から8月5日にかけてボルドーで修理。しかし敵軍はボルドーにまで迫っており、在泊中の艦艇やUボートは次々に脱出。8月12日にドイツ軍の大部分が撤退し、ジロンド河口に閉塞船としてヒマラヤとフジヤマが自沈する。Z24もまたボルドーからの脱出を試みたが、8月14日に外洋への出口であるロアイアン沖で第236飛行隊と第404飛行隊の襲撃を受け、5発のロケット弾と90発の20mm機銃弾を喰らって大破。修理のためボルドーへと引き返した。8月22日には最後のUボート2隻が脱出し、港内はZ24やオゾルノ等数隻しか残っていなかった。修理は完了していなかったが敵軍の足音が聞こえてきたため、8月24日に無理を押して出港(ボルドーは翌日失陥した)。護衛にはT24がついた。しかしルドンシュルメール沖でロケット弾装備のブリストル・ボーファイター戦闘機に三度襲撃され、重傷を負う。T24は撃沈されてしまった。Z24もタダでやられた訳ではなく、強化された対空兵装で17機の敵機を叩き落としていた。だがこれが最期の輝きだった。瀕死に陥ったZ24に助かる道はなく、最期の力を振り絞って翌25日に岸壁へ接岸したが、間もなく転覆した。1944年8月25日死没。

生き残った乗組員は上陸し、ジロンド要塞の守備隊に参加。ドイツが降伏するその時まで戦い続けた。

小ネタ

小ネタ

コメント欄