Navarra

Last-modified: 2025-10-04 (土) 01:32:59

ナバラ級軽巡洋艦 ナバラ

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装甲厚の詳細

Navarra000.jpg

性能諸元

性能諸元の数値は、アップグレード・基本特性・艦長スキル・ブースター・迷彩などの補正がかかっていない素の状態の数値を入力してください。
部位ごとの装甲厚や散布界など、ゲーム内には載っていない情報は将来ゲーム内で見れるようになる可能性があるので暫定で0や0-1などとする
・基本性能

Tier2種別ツリー艦艇
艦種巡洋艦派生元Jupiter
国家スペイン派生先Almirante Cervera
生存性継戦能力(A) 21,000
(B) 23,500
装甲全体 6-151mm
・艦首・船尾 6-69mm
・上部構造 6mm
・砲郭 .6-76mm
・主砲 63-152mm
・重要区画 6-76mm
対水雷防御ダメージ低減(A-B) 0%
耐火性能火災発生低減率(A) 0%
(B) 3%
機動性機関出力25,500馬力[hp]
最大速力25.0ノット[kt]
旋回半径510m
転舵所要時間6.3秒


隠蔽性 通常主砲発砲時火災発生時煙幕内からの主砲発砲時
海面発見距離8.8km11.3km10.8km3.8km
航空発見距離5.3km8.3km8.3km-


射撃管制装置艦体モジュール主砲射程最大散布界(垂直/水平)主砲安定性
A-Bmod.110.3km62.4m/104m2.15
mod.211.3km66.7m/111.1m


主砲艦体口径基数×門数最大ダメージ(火災)装填180度旋回
A-B(前期)152 mm/50 Vickers-Carraca6基×1門HE弾 2,200(8%)
AP弾 2,900
9.0秒15.0秒
(後期)152 mm/50 Vickers-Carraca8.0秒


副砲艦体口径基数×門数最大ダメージ(火災)装填射程
A-B88 mm/45 Flak MPL C/134基×1門HE弾 1,000(4%)4.0秒3.5km


対空砲艦体口径基数×門数秒間平均ダメージ射程
A20 mm/70 Scotti-Isotta Fraschini Mod.19394基×1門512.2km
88 mm/45 Flak MPL C/134基×1門164.4km
B20 mm/65 C/38 Flak 35 Vierling L/384基×4門892.2km
88 mm/45 Flak MPL C/134基×1門164.4km



・アップグレード

スロット0スロット1スロット2スロット3スロット4

・開発ツリー

開発ツリー
軍艦名
(必要経験値/購入クレジット)
モジュールスロット
(必要経験値)
当艦モジュールスロット1
(1,260)
モジュールスロット2
(2,520)
モジュールスロット3
(3,150)
Almirante Cervera
(6,300/85,000)


船体
Hull-min.pngNavarra 船体 B2,600
主砲
Main Battery-min.png152 mm/50 Vickers-Carraca Mk.2320
射撃管制装置(照準装置)
Gun Fire Control System-min.pngMk III Mod. 2320

・消耗品

搭載可能 消耗品

搭載可能 消耗品

十字キー左
応急工作班I.png応急工作班無制限消耗品の動作時間:5 秒
消耗品の準備時間:60 秒

詳細は消耗品を参照

ゲーム内説明

本艦は当時のスペイン国王の妻であったビクトリア・エウヘニア・デ・バッテンベルグにちなんで命名され、 1915年3月に起工されました。本計画は、イギリス巡洋艦 Birmingham (バーミングハム) の設計に影響を受けていました。 本艦は1923年から1926年にかけて第3次リーフ戦争に参加し、1928年から1929年にかけて大規模な改修が施され、 1930年にカディスの海軍学校に移されました。 スペイン第二共和政が宣言されると、本艦は República (レプブリカ) と改称されました。スペイン内戦が始まると本艦は反乱軍 (ナショナリスト派) によって接収され、1937 年にNavarra (ナバラ) という艦名に変更されました。
就役: 1923
同型艦数:1

解説

  • 概要
    スペインのTier2巡洋艦。
  • 主砲
    152mm砲を単装で6基6門搭載。砲配置は艦首・艦尾に背負い式でそれぞれ2基2門づつ、そして艦中央の前部・後部に1基づつ、全てを一直線配置で搭載している。この砲は先に実装された「ビセンテ・ゲレロ」搭載砲と同じく、第3・第5・第6砲塔は左右を振り替える際にぐるりと後ろを巡らせねばならないという欠点を持つものの、基本性能は「ビセンテ・ゲレロ」搭載砲よりも上である。まずAP弾の単発火力が強力で、更に「ビセンテ・ゲレロ」搭載砲では選択できなかったHE弾も選択可能。そして砲塔旋回速度も勝っている上に射程も上回っている。
  • 抗堪性
    素のHPは23,500台とやや体力に劣っている。速度や防御に期待できない本艦は敵の一群の前に突出するとあっという間に沈んでしまうだろう。
  • 対空火力
    あるにはあるが気休め程度でしかない。
  • 機動性
    素の最高速度は25ノット台とかなり遅め。同格内には30ノット近く出る艦も居るので見劣りする。加速力については「ビセンテ・ゲレロ」に劣っており、かなり劣悪。舵の効きは「ビセンテ・ゲレロ」よりはマシだが…その速度と加速の鈍さ故にこのティア帯で頻発する機動力を活かした戦い方は不得手。
  • 隠蔽性
    酢に被発見距離は8km前半とそこそこに優秀。しかし前述した速度の問題でこの隠蔽をもってしても後手に周りやすい。
  • 総評
    軽巡洋艦の船体に目一杯の主砲を搭載しひたすら砲撃能力に特化した艦といった方向性となっている。このため砲数や砲性能といったカタログ値のみに着目するなら、本艦の攻撃能力は非常に優秀と言えるだろう。しかし本艦は鈍重な船体において強力だがやや癖の強い主砲での戦いを強いられる。よって汎用性に欠け、このティア帯で発生し易い機動力を活かした戦いには後れを取ってしまいがちである。本艦の強みである射程と砲数を活かせ、機動性で翻弄されにくい位置取りを心がけつつ戦おう。

史実

艦歴

「ナバラ」はスペイン海軍の1914年度計画において1隻のみ建造が承認された艦である。当初の艦名はスペイン王妃の名前である「レイナ・ヴィクトリア・ユージニア」とされた。タイプシップは英国海軍のタウン級(初代)軽巡洋艦の1種である「バーミンガム級(サブクラス的には4代目)」であり、その設計を元に装甲と缶室を削減した構成となっている。起工は1915年3月に行われたものの、部品の調達を英国に頼った事から第1次世界大戦(1914年7月~)のあおりを受けて部品が届かず工事はサッパリ進まない。大戦後の混乱が落ち着いてようやく部品調達のめどが付き、1920年4月に進水を果たす…竣工・就役は1923年1月であり、起工してから既に8年近くが経過していた。1931年に国王が退位して共和政に移行すると艦名は「レププリカ(República)*1」に変更された。その後に旧式化のために近代化改修を行うべくドック入りしている間にスペイン内戦が勃発。フランコ将軍率いる反乱軍に拿捕され、この時に「ナバラ」と改名される。1938年に近代化改修工事を完了しフランコ将軍側として再就役、その後はスペイン内戦および第2次世界大戦を生き延び1955年に除籍された。

小ネタ

艦名の由来

 本艦の艦名の由来はスペインの自治州である「ナバラ」州から。
 1県1州の自治州であるため、ナバラ県単独で州を形成する。地図上においてはスペインをカタカナの「ロ」に例えると上辺の中央部に位置する。州都は「パンプローナ」。歴史上においてはバスク地方の一部ではあるが、フランコ体制後の民政移行期においてバスク州への合流を望まなかった事からナバラ県単独でナバラ州が成立した。なお、このように歴史的背景を踏まえて課税自主権が認められているのはスペインの全17自治州のうちバスク州とナバラ州のみである。

最初の艦名の由来

 本艦の最初の艦名の由来となった人物、それはスペイン王「アルフォンソ13世」の妃でもある「ビクトリア・エウヘニア・フリア・エナ・デ・バッテンベルグ」。英語読みだと「ヴィクトリア・ユージェニー・オブ・バッテンバーグ」である。
 彼女はヴィクトリア女王の孫娘としてスコットランドで生まれた。彼女の名前は祖母であるヴィクトリア女王、及び洗礼母となったフランス皇后ユージェニー(ナポレオン3世の未亡人)に因んで名付けられた。そしてスコットランド生まれの王室の縁者はスコットランドの名前を付けるというしきたりから、母であるベアトリス王女はゲール語で「イヴ(Eve)」にあたる「ユーア(Eua)」を洗礼名の最期に付けた。ところが洗礼式を行った聖職者がこれを「エナ(Ena)」と読み間違えた事から公衆には「プリンセス・エナ」として知られる事となった。
 「エナ」はヴィクトリア女王の手元で育てられたが、これは母であるベアトリス王女が結婚の条件としてヴィクトリア女王の傍を離れないことを約束していたためといわれている。1901年にヴィクトリア女王が崩御、1905年にスペイン王アルフォンソ13世がヴィクトリア女王の孫娘「パトリシア」に求婚すべくイギリスを訪問。ところがアルフォンソ13世は従妹の「エナ」にほれ込んでしまう。しかしこの恋には大きな障害があった…まず1つ目は「エナ」の家柄の低さであり、バッテンベルク家はドイツのヘッセン=ダルムシュタット家の分家に過ぎず、貴族の家柄ではあっても王族とは到底認められなかった。2つ目は宗派の違いであり、スペイン王家はカトリック信仰の大元である。そこに英国国教会から嫁ぐとなると宗教的には大変な難事であった。3つ目はヴィクトリア女王の血縁者につきまとう遺伝病の問題で、血友病の王子が生まれる可能性であった。これらの障害を乗り越え「エナ」と「アルフォンソ13世」の婚姻は承認され、1906年5月にマドリードの教会で2人の結婚式が行われた。
 しかし王宮への帰り道で2人の乗る馬車に向かってテロリストが爆弾を投げつけた。奇跡的に2人は無傷であったものの、エナのウェディングドレスには護衛に付いていた騎兵の鮮血が染みついていたという。「エナ」はこの不幸な事件にも関わらずスペイン王妃として活動したが、スペイン国民の反応は冷ややかであった。しかし王国の後継者となる長男が生まれればスペイン国民の反応も違って来るに違いない…彼女はそう考えていた。長男のアストゥリアス公アルフォンソが生まれると、生まれたばかりの王子に施した割礼の出血が止まらない事が判明、これが王子の血友病の最初の兆候であった。「アルフォンソ13世」は「エナ」が血友病の世継ぎを産んだ事に対して何も言う事は無かったとされている。しかし、子供達(5男2女、うち娘2人は血友病ではなかった。)が生まれた後「エナ」と「アルフォンソ13世」の結婚生活は険悪になるばかりであった。それでも「エナ」は王妃として国民の医療・教育・救貧の活動を続け、スペイン赤十字社の再建に尽くした。
 第一次世界大戦後の混乱に対して、国王「アルフォンソ13世」はイタリアに倣ってプリモ・デ・リベーラ将軍を登用(1923年)。独裁政権による国内の混乱の収拾を図ろうとするも失敗(プリモ・デ・リベーラ失脚が1931年)、共和派が「スペイン第2共和国」の成立を宣言するとスペイン王家は亡命を余儀なくされた。「アルフォンソ13世」は自発的な亡命が内戦となる危機を防ぐと期待したものの、1936年7月にスペイン領モロッコに左遷されていたフランコ将軍が右派によるクーデターを実施、スペイン内戦が始まる。こうなるとスペイン王家もフランスやイタリア等を転々とせざるを得ず、「エナ」は「アルフォンソ13世」と別居してスイスのローザンヌに移り住んだ。1968年にひ孫であるフェリペ王子(後のフェリペ6世)の洗礼母を務めるために一時的にスペイン入りしたものの、翌1969年にローザンヌで没した。

コメント欄


*1 意味はRepublic(共和国)。フランスにいるアイツと同じである。