艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第4話 召集 summons

Last-modified: 2015-01-14 (水) 15:19:17

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艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第4話 召集 summons

1700時、T提督は宿舎の1階にある小会議室で、『おおすみ』の上級士官達に作戦の内容を簡単に説明した。三日月が紅茶を配って回った。
「LCAC(エアクッション揚陸艇)の積載可能トン数はおよそ70トン。人員にして180名、ギリギリまで乗り込めば270名くらいはいけます」
LCACの指揮を務めるOICが言った。
「それは武装した人員が乗った場合だろう。手ぶらで乗せれば、300名くらいは軽く乗せられると思うぞ」
艦長の指摘に、OICはなるほどと頷いた。
「であるならば、収容時に武器の放棄をお願いしなければなりませんね」
「撤退速度を早める為だと説得すれば納得してくれると思うよ」
副長が言った。
「しかし濃霧の中をレーダー無しで航行するのは初めてですね」
航海長は、三日月がホワイトボードに磁石で貼り付けたモーレイ海の海図とキス島周辺の海図を交互に見た。
「どういうわけか奴らは我々のレーダーを探知するからな。厄介なものだ…」
副長はため息をついた。
「無事に任務を遂行する為にも、あなた方には頑張って頂かないと」
「承知しております、航海長」
T提督は重々しく頷いた。「できれば今からでも艦娘と『おおすみ』の合同訓練を実施したいところですが、生憎その時間は無さそうですので、明日早朝でお願いたいのですが、宜しいでしょうか?」
小会議室の一同全員が窓の外を見た。まだ空は明るいが、太陽は水平線に向かって空のてっぺんから下り始めたところであった。
「分かりました。明日早朝ですね。メンバーを教えて下さい」
「はい。まず、ここにいる三日月、それに暁、響、若葉、初霜、弥生が『おおすみ』を護衛します」
「軽巡は組み込まないのですか?」
「確かに矢矧がいますが、彼女は建造されてまだ1ヶ月も経っていません。知っての通り、キス島周辺は濃霧で視界が悪く危険です。矢矧には負担をかけてしまう恐れがあるので、
本隊に組み込まなかったわけです。残念ながら今現在、この泊地に軽巡は矢矧以外いないのです」
「そうですか…それではやむを得ませんね」
艦長は紅茶を一口含んだ。「しかしどんな状況であれ、我々は6000人の命を見殺しにするつもりは毛頭ありません」
「宜しくお願いします」
T提督は頭を下げた。

その後T提督は艦長達と夕食をとり、三日月と執務室で明日の合同訓練や、撤退作戦についての詳細な情報共有を行った。作戦名は「キ号作戦」と名付けられることになった。
T提督と三日月が執務室に詰めていた頃、食堂では鳳翔主催のお茶会が開かれていた。暁と響は施設の最上階にある見張り員室で夜間当直に立っていたので三日月と同様参加することはできなかった。
お茶を作るのは大鳳で、鳳翔はお茶の作り方をおおまかに説明し、細かいところは大鳳に任せていた。大鳳はぎこちない動きで緑茶をこしらえ、湯呑みに注いでいった。
お茶菓子は幌筵泊地に備蓄してあった羊羹だった。この羊羹は横須賀鎮守府に詰める給糧艦娘の間宮が作ったもので、絶妙な硬さと甘さで全艦娘の心を掴んだ大人気の和菓子だった。
既に「間宮羊羹」というブランド名がついており、艦隊の名物の1つになっていた。しかし間宮羊羹は数が少なく、本土でも貴重で、なかなか振る舞われることは無い。本土外だと尚更だった。
しかし鳳翔は、予めT提督から間宮羊羹1本の使用の許可をもらっていた。鳳翔が間宮羊羹を均等に切り分けて艦娘達に配った。1本しか無いので1切れだけである。それだけでは寂しいので、
一応他の和菓子や洋菓子も用意してあった。
大鳳は少しおどおどしながら、全員の湯呑みに緑茶を注ぎ入れた。色は濃い目で、香りもやはり濃く、上品な見た目とは言えなかった。大鳳自身も出来栄えにあまり納得していない様子である。
「うーん、これ、どうなんだろう」
なんとも言えないといった表情の加古の左太腿を古鷹が横目で睨みながらつねった。鋭い痛みに加古は小さく呻いた。
「す、すみません」
「初めてだから仕方ありませんよ」
落ち込む大鳳を鳳翔は慰めた。
「とりあえず頂いてみましょう」
古鷹がそう言い、湯呑みを持ち上げた。他の艦娘達もそれに倣って湯呑みを取り、それぞれ緑茶を飲んだ。
「味が…とても濃い…です」
弥生がぽつりと言った。
「これは、初めて、飲む緑茶だと、思います」
初霜が言葉を選びながら感想を述べた。その隣の若葉はじっと大鳳の緑茶を見つめている。
イマイチな雰囲気になり、大鳳は余計に沈み込んで俯いた。だが大鳳以上に沈み込んでいたのは古鷹だった。
「私が余計な事を言ったばかりに…本当にごめんなさい」
「いえ古鷹さん、気にしないでください。私が悪いのですから」
大鳳は両手を胸の前で振りながら慌てて言った。
「大鳳さんは真面目過ぎるんだピョン。三日月と一緒だピョン」
卯月なりの雰囲気挽回の方法である。
「本当だね~。三日月と大鳳さんの性格ってなんだか似ているよね~。ねえ弥生」
いきなり文月に話しかけられた弥生はワンテンポ遅れて答えた。
「え…あ、うん。私も、そう、思う」
「ちょっとー、うちの古鷹も忘れてもらっちゃ困るぜー」
加古が古鷹の肩に腕を回した。
「ちょっと加古。やめてよもう」
古鷹は迷惑そうに振りほどこうとしたが、加古の腕の力が余計に強まった。
「ほらほら、真面目でしょー」
「真面目で何が悪いのよ!」
「悪いとは言ってないよー」
「大鳳さん、古鷹さん、矢矧さん、三日月さん、響さんが似たもの同士ですね」
鳳翔が言った。
「えー、私も入れてくださいよ―」
「どう考えても千代田は違うと思うわ」
「えー、じゃあお姉はどうなのさー」
「フフフ、私も真面目と言えた者じゃないわ。でも千代田よりは真面目かもね~」
「何よ、私の方がお姉より真面目だわ」
「あら、それはどうかしら」
軽くいなす千歳と本気で言い返す千代田のやり取りを見て、矢矧は鳳翔に顔を向けた。鳳翔は間宮羊羹を食べやすい大きさに切っているところだった。
「鳳翔さん」
「何ですか?」
「私は阿賀野型軽巡の3番艦、つまり三女です。姉の阿賀野、能代には、まだ誰とも会ったことは無いのですが…どこでどうしているか、ご存じですか?
妹の酒匂はまだ建造されてはいない事は知っています…前からお聞きしようと思っていましたが、お互い、忙しかったので」
「そうですね。横須賀でも色々やるべきことはありましたね」
鳳翔はそう言って間宮羊羹を口に運んだ。「阿賀野と能代は元気にしていますよ。今は西方海域で対潜掃討活動中と提督から聞いています」
「そうですか。早く2人に会いたいものです」
矢矧は再び千歳と千代田、そして古鷹と加古に目を向けた。
「姉妹って、いいものですね」
大鳳が羨ましそうにそう言った。
「私達には姉妹艦がいませんからね」
鳳翔も頷いた。「でも姉妹は姉妹で、また苦労があるみたいですよ」
「そうなのですか?」
矢矧にはまだピンと来ないようである。
「まあ、これは横鎮の提督から聞いたことなんですけどね。どうやら兄弟持ちみたいです。でもやはりこうして見ていると、姉妹って良いものですね」
「姉達と会うためにも、生き残らなければなりませんね。今後建造されるであろう妹に会うためにも」
矢矧はそこで話題を変えるべく間宮羊羹を食べた。「それにしてもこの羊羹、初めて食べましたけどとても美味しいですね」
大鳳も間宮羊羹を口に入れた。
「本当だわ、上品な甘さ…」
それで大鳳は再び自分の作った緑茶に意識を戻された。「この緑茶では合いませんね」
「そう自分を責めることはありませんよ。あまり自分を責めると体に毒です。回数を重ねていきましょう」
鳳翔はそう言いながら湯呑みに手を伸ばした。

「雷と電は、今頃どうしているかな」
夜間当直に立つ際に鳳翔から差し入れられていた間宮羊羹にを爪楊枝で突付きながら暁が言った。
「元気にやっていると思うよ」
響はこの上もなく冷静な口調で言った。だが、響もまた、同型艦娘の妹達の事を気にかけている。暁型駆逐艦娘の3番艦である雷と4番艦の電は、阿武隈と共に南西諸島海域の沖ノ島近海で海上護衛任務についているという。
「雷はまあ大丈夫だろうけど、問題は電の方よ」
「ああ、電か。そうだね、確かに心配だね。おっちょこちょいだからね」
「響は心配じゃないの?」
「きっと雷や阿武隈さん、そして他の艦娘達がしっかりサポートしてくれていると思うよ。手紙でも大丈夫だって書いてあったし、問題無いよ」
「そうね。雷なら電をしっかり助けているよね、きっと」
「暁、心配してもここからじゃ電をどうこうできないよ」
響はそう諭したが、それでも暁は落ち着かなげも体をもぞもぞとさせている。
「もし電がまたドジ踏んで怪我でもしたら?その電を助けようとして雷や阿武隈さん、それに他の艦娘が巻き添えになったら?」
「暁、とりあえず落ち着こう」
「落ち着いていられないわよ、ぷんすか!」
暁は胸の前で両手の拳を握りしめた。
「君は暁型の1番艦、お姉さんだろ。姉が妹を心配する気持ちはもっともだけど、同時に信頼もするべきだと思うよ」
「あ…うん…と、当然よ!私は暁型の1番艦、お姉さんなんだから、妹達のことは信頼しているわ」
「私達はこの撤退作戦を無事にやり遂げ、生き残り、また雷と電と会って4人になる。お互い、良い土産話を携えてね」
「響ってなんというか、腹が座っているわね。いつも思うことだけど」
「そう見えるかな?」
「私も響の冷静さを見習いたいわ。レディーは取り乱したりしないもの」
「さっき少し取り乱しちゃってたね」
「私もまだまだだわ」
「私は妹思いの良いお姉さんだと思うな」
「響だってそうじゃない」
「そう思ってくれていたのを知ることができて、私は嬉しい」
響は回転椅子から立ち上がると、窓の前まで歩いて行き、港で静かに佇む輸送艦『おおすみ』を見た。暁が響のすぐ後ろに立った。
「暁」
「何?」
響は振り返らずに言った。
「雷と電に負けないように、頑張らないとね」
暁は力強く頷いた。
「うん」

消灯時間である2300時を過ぎてもT提督は『おおすみ』士官達と会議を続け、0100時にまで及んだ。三日月は消灯時間にT提督から就寝を勧められたが、秘書艦としての自分が許さないと言って断り、
会議の内容を最後までメモを取り続けた。会議が終わると、『おおすみ』士官達は『おおすみ』に戻って行った。
「これでよし、と」
最後の日常業務となった夜間当直の交代報告書類に判子を押すと、三日月は座ったまま大きく伸びをした。本来であれば弥生と卯月が、暁と響と代わって夜間当直に立つ予定だったが、
若葉と初霜の進言で、この2人が夜間当直に立つことになったのである。弥生と卯月はさぞ喜んだことだろう。実際、ただでさえ人数が少ない幌筵泊地から更に艦娘が引き抜かれたのだから、
このローテーションはきついと三日月は感じていた。
T提督は三日月から報告書類を受け取ると、退室許可を出した。
「遅くまで付き合ってくれてすまんな」
「秘書艦ですから当然のことです」
「何か御礼をしたいところだが、この時間では遅すぎるな」
「御礼等要りません。そのお言葉だけで感謝です。では、失礼致します」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
敬礼を交わすと、三日月は提督執務室を出て、宿舎へと続く廊下を歩き始めた。しかし途中で、若葉と初霜に直接礼を述べようと考え、廊下の途中にある階段を上がった。
その頃見張り員室では、若葉と初霜が2時間交代で夜間当直を行っていた。今は初霜が起きており、若葉は仮眠を取っていた。三日月が扉をノックすると、若葉がパッと目を開き、初霜が返事をした。
「はい?」
「夜間当直中すみません。三日月です。入室して宜しいでしょうか?」
「え?あ、は、はい、今開けますね」
妙に動揺した声を初霜が出したので、三日月は首を傾げた。すぐに扉は開き、初霜の顔がそこから覗いた。
「こんな時間にどうされたのですか?」
「あ、はい。弥生と卯月に代わって、夜間当直に立って頂いた事の御礼を申し上げに来た次第です」
「いえいえ、御礼なんて必要ありません。私達も神経を鈍らせないようにしようと思ってお願いしただけなんですよ。気になさらないで下さい…わざわざ起きてこられたのですか?それならこちらこそ御礼を…」
頭を下げようとする初霜を、三日月は慌てて制止した。
「いや、さっきまで会議だったんですよ」
「ああそうなんですか」
初霜は苦笑した。「遅くまで大変でしたね」
「いえ、これも秘書艦としての務めです。あ、機械とかの配置とか扱いはお分かりですか?宜しければ念の為に…」
「ああいえ、横鎮とほとんど変わらないので大丈夫ですよ」
明らかに初霜は見張り員室に自分を入れたがっていないようだ。自分と初霜や若葉の間でこれといったいざこざは特に起こしていないので、何か別の理由があるのだろうと三日月は踏んだ。
しかしどうやって入ったものか。
更に何か言おうとした時、何かが落ちる音がして、同時に「あ痛っ」と言う小声が聞こえた。若葉のものではない。そこで三日月はピンと来た。初霜も少々バツが悪そうである。
「大鳳…さん?」
大鳳が夜間当直するのであれば、初めから報告書に彼女の名前が記載されているはずである。
「もしかして、大鳳さんの為に、夜間当直を?」
「初霜、もう良い。訳を話そう」
後ろから若葉が言い、初霜は三日月を見張員室に入れた。そこでは勉強道具を抱えた大鳳がいた。それで三日月は納得した。
「座学ですね」
三日月は、大鳳の足元に落ちていた筆箱を取り、大鳳に差し出した。
「あ、有難うございます」
大鳳は筆箱を受け取ると、勉強道具を取り敢えず机の上に置いた。
「鳳翔さんはどうされたのですか?」
「すっかりお疲れでぐっすりお休みです」
「それで鳳翔さんの休息を邪魔するのは良くないと考えて、私達が見張り員室を確保することを思いついたのです」
「正確に言えば私の案だがな、初霜」
若葉がそう訂正した。「私の責任だ。初霜や大鳳は悪くない。懲罰を与えるなら、私だけにしてくれ」
「そんな大層なことはしませんよ。でも、早く眠った方が宜しいかと。何せあなたは重要な正規空母なんですよ」
「でも、やっぱり色々頭の中で理解しておかないといけないこともあるかと思ったので、それでこうやって徹夜で勉強をしようと思いまして」
「うーん、お気持ちは分かるのですが、でもやはり、眠れる時に眠っておいた方が良いですよ」
三日月は両手を差し出した。「それ、こちらでお預かりします。明日お返しします」
「はあ…」
大鳳は兎にも角にも勉強道具を三日月に渡した。まだ納得していないようだと思った三日月は、大鳳に椅子を勧めた。
「まあ座って下さい」
三日月と大鳳は向い合って座った。初霜と若葉は離れて立った。「あなたには最高のコンディションを保って頂かないといけないのです。いつでも実戦に出られるコンディションを、です」
「え、それであれば、私は大丈夫です」
「眠るべき時に徹夜をすることが、ですか?私も確かに今日は遅くまで起きていましたが、それは必要だと感じたからです。会議の内容を最後まで知っておくことで、明日全員に説明できるようにする為です。
でも、これについては、失礼ながら賢明とは思えません」
そう言いながら、三日月は大鳳の勉強道具に一瞬だけ視線を落とした。
「でも艦隊の皆さんに迷惑をかけるのは…」
「あなたがフラフラの状態で艦隊作戦に参加することの方が、艦隊に迷惑をかけることだと思いますが、どうでしょうか?」
大鳳は虚を突かれた表情になった。
「確かに、三日月さんの仰る通りです」
すると三日月は苦笑交じりにこう言った。
「私自身も、それを前に一度やってしまった経験があるもので、それでよく分かるんです。あの時は、提督から叱られました。何よりも健康を保たなければ意味が無い、と」
「少し考えたら分かるものを…すみません」
「では、秘書艦からお願いします。今すぐに眠って下さい」
「了解です」
大鳳は敬礼すると、椅子から立ち上がった。
「私が止めていたらこうはならなかった。すまない、三日月」
若葉が謝るのを、三日月は止めた。
「いえ、好意でされたことだと思いますので、気になさらないで下さい。では、夜間当直、引き続きお願いします」
三日月と大鳳は見張り員室を出た。
「なかなかしっかりしていたな」
若葉が感想を漏らした。
「秘書艦が務まるわけです」
初霜がそう応じた。

ちなみに鳳翔は、大鳳が部屋を出たことを知っていたらしく、起床時にその事を話した。大鳳はうろたえたが、鳳翔は咎めたりはしなかった。
「勉強熱心なのは結構な事ですけれど、健康を保つことも大事な任務ですよ」
「三日月さんも似たような事を、昨日仰ってました」
「実際、そうですしね」
「すみません」
「それよりも、体は大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
「隠しても分かりますよ。動きが昨日よりぎこち無いですよ」
忍び笑いしながら鳳翔は大鳳の脇腹を軽く叩いた。途端に筋肉痛の痛みが大鳳に襲いかかり、大鳳は呻いた。
「これが、筋肉痛、なんですね…」
「ハードな訓練は難しいかもしれませんが、今日も頑張っていきましょう」
「はい」

三日月は大鳳の徹夜の事はT提督に対して内密にしておいたらしく、朝食の時でもT提督は大鳳に対してその事について言及しなかった。
朝食後はT提督と三日月から、昨夜の海自との打ち合わせを手短に説明を行い、その後訓練に入った。
千歳と千代田は夕張から託された烈風や紫電改ニ、彗星一ニ型甲、流星、零式艦上戦闘機62型(爆装零戦)、彩雲の運用練習を始めた。
紫電改ニや彩雲は以前に何度か使ったことあったし、彗星一ニ型甲は彗星の派生型、爆装零戦も零戦の派生型なので問題無かった。烈風と流星については、それなりの練習を必要とした。
大鳳と鳳翔は引き続き艦隊行動や発着艦の復習や、攻撃訓練を行った。鳳翔は、午後から模擬の空母戦をしようと考えており、出港時に大鳳にそう話していた。
三日月、暁、響、若葉、初霜、弥生は『おおすみ』の艦長と副長に挨拶を済ませると、『おおすみ』と幌筵島の南側で共同訓練をした。
そして事件は1400時に起こった。
鳳翔は模擬空母戦の為、鳳翔と大鳳、千歳と千代田と2つのペアに分け、古鷹と卯月を鳳翔と大鳳の側へ、加古を千歳と千代田の側に振り分けていた。そして両陣営が配置につき、艦載機を典型していた時だった。
「あ、あれは!」
警備任務についていた矢矧、浜風、文月のうち、文月が空を指さした。この3人は強行偵察を行う3人が互いの信頼関係を構築する目的として鳳翔がT提督に進言し、許可を受けていたものである。
矢矧と浜風は文月の指差す方向を見上げた。泊地の方向に向かって来る、1つの飛行物体の姿があった。矢矧は素早く双眼鏡を持った。レンズ越しに見ると、それは猛獣の爪を思わせる鋭いデザインの飛行物体だった。

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「深海棲艦だわ…」
矢矧は無線機の送話スイッチを押した。「鳳翔さん、大変です!」
すぐに鳳翔は応答した。
「矢矧さん、落ち着いて下さい。どうされたのですか?」
矢矧は一度深呼吸した。
「文月が深海棲艦の艦載機1機を視認した模様です。泊地の方向へ向かっています。まもなく見えるはずです」
「鳳翔さん、あれ!」
古鷹が空を指さした。鳳翔と大鳳と卯月もほぼ同時に深海棲艦機を発見した。
「こっちからは見えないぞ―」
無線機から聞こえるのは、向こう側で待機している千歳チームの加古の声だ。
「私達が見つけました。確かに深海棲艦機…偵察機のようです」
双眼鏡で観察していた鳳翔が冷静に敵機のタイプを分析した。深海棲艦側の保有する航空機は、艦上戦闘機にも艦上爆撃機にも艦上攻撃機にもなる多目的機だが、今上空にいる機体には一切武装は施されていない。
「こっちも見つかりましたね」
古鷹が言った。大鳳は不安げにその深海棲艦機を眺めている。
「撃墜しますか?」
千歳の声が聞いてきた。
「はい。千歳さん、お願いします。こちらがやると逃げられます」
「分かりました」
千歳は素早く増速し、艦載機を発艦させるのに適した合成風力を生み出し、紫電改ニを3機発艦させた。千歳と千代田の艦載機格納庫はからくり箱に似ており、
そこから操り人形道具のような艤装に取り付けられた艦載機が取り出される。糸の先には艦載機が吊り下げられており、遠心力を利用して発艦させる仕組みとなっているのである。
発艦した3機の紫電改ニは編隊を組むと急いで雲の中に隠れ、まんまと姿を消した。
一方の深海棲艦機は鳳翔達の上空を旋回していた。鳳翔は古鷹に命じて妨害電波を発し、敵の無電送信ができないようにしていた。
妨害電波が送られる度に敵機も無電パターンを変更し、その度に古鷹も妨害パターンを変えていた。そうこうしているうちに紫電改ニが敵偵察機を発見した。
「見つけました」
千歳が報告し、鳳翔は撃墜命令を出した。その瞬間、1番機が敵機に向かって降下を始め、真っ直ぐに襲いかかった。無電送信に躍起になっていた偵察機は反応に遅れた。
慌てて離脱しようとしたが時既に遅し、先頭の紫電改ニの機銃が火を噴いた。偵察機はまともに機銃弾を浴びて穴だらけになり、続けて燃料タンクに点火して炎を噴いた。そのすぐ側を紫電改ニが通過する。
偵察機は尚も逃走を試みたが、さっきの紫電改ニが旋回して戻って来て偵察機の後ろにピタリと張り付き、ダメ押しとばかりに再び発砲した。偵察機は更に機銃弾を浴びて推力を失い、黒煙の尾を引きながら落下していった。
「あれが、深海棲艦…」
大鳳がそう呟いた。
「その航空機です」
鳳翔が付け足し、その後無線に手を触れた。「母艦がどこかにいるはずです。逃げる前に発見し、これを撃沈します」

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鳳翔、大鳳、千歳、千代田、古鷹、加古、矢矧は艦載機を飛ばして、偵察機の発艦元を捜索した。連絡を受けたT提督も、基地航空隊から航空機を飛ばした。
その結果、軽巡ホ級1隻と駆逐イ級2隻からなる艦隊が発見された。鳳翔の天山艦攻の触接を受けた敵艦隊は、ホ級の偵察機は絶望的であると判断して当海域からの離脱をするべく転舵反転した。
「逃がさないわよ。千代田!」
「いつでもOKよ、お姉!」
千歳と千代田は、実弾に切り替えた彗星一ニ型甲と流星を発艦させた。
「大鳳、あなたも攻撃隊を発艦させましょう」
「はい」
大鳳も実弾に切り替えた彗星と天山を発艦させた。
「こちら鳳翔。大鳳さんの分も残しておいて下さいな」
「こちら千歳、了解」
「こちら千代田、了解」
逃げようとする深海棲艦の上空で、千歳、千代田機と大鳳機が合流した。鳳翔の天山は、敵艦の対空砲火を鼻であしらうように軽く回避しながら触接を続けている。
「大鳳、あなたはホ級を狙って。私達はイ級を1隻ずつ片付けるわ」
千歳が指示を出した。
「分かりました」
「攻撃開始!」
最初に千歳部隊、次に千代田部隊、最後に大鳳部隊が動いた。
「攻撃隊は軽巡ホ級を狙って下さい」
大鳳は自分の攻撃隊にそう命令し、隊長機から了解する旨の無電が送信されてきた。
深海棲艦側は回避運動を始め、対空砲火で応戦してきた。
「フン!ちょろい弾幕ね!」
航空機の視点を通して敵艦を見る千代田が鼻で笑う。千代田の彗星一ニ型甲は二手に分かれると、駆逐イ級の前方左右から急降下し、機銃を放ちながら次々と爆弾を投弾した。
爆弾を投下した機から素早く上昇していく。イ級の左右に次々と航空爆弾が至近弾となって落下し、凄まじい水柱を立ち上げる。至近弾の際に飛び散った無数の爆弾の破片が、イ級の艦体に突き刺さっていた。
と、イ級は右舷の向こう側で6機の流星が緩やかに上昇していくのを目撃した。それがどういうことであるかを悟り、海面を見回すと、こちらの未来位置を的確に捕捉した航空魚雷が殺到してくるのを見つけた。
慌てて回避しようとするが、2本の魚雷がこのイ級に突き刺さった。その瞬間、轟音と共に大爆発が発生し、イ級の破片が空高く飛び散った。イ級はたちまち航行不能に陥り、右舷から傾き始めた。
千歳攻撃隊も、もう一隻のイ級を翻弄していた。こちらの艦爆隊は2機ずつに分かれ、立て続けに爆弾を投下してイ級を攻撃した。イ級は回避しきれずに遂に3発の爆弾を浴び、大火災に陥った。
これに流星の魚雷6本が全弾命中してこのイ級に止めを刺した。駆逐艦を撃沈するのに必要以上の魚雷を浴びたイ級は、文字通り木っ端微塵に破壊され、轟沈した。
「オーバーキルとは、正にこのことね」
千歳はそう漏らした。
そして大鳳の攻撃隊は、ホ級をなかなか仕留められなかった。ホ級の対空砲火に怯んだ彗星はコースを誤り、投下された爆弾はあらぬ所に着弾して虚しく水柱を上げた。
雷撃も又悲惨だった。魚雷はただの一本としてホ級を捉えることはできなかった。ホ級は、この攻撃隊の練度が未熟であると即座に見抜き、回避行動が非常に余裕のあるものになっていた。
「ダメだわ…」
爆弾がまたはずれ、大鳳はまた落胆した。鳳翔は静かに見守っている。攻撃できる機体は残り僅か、彗星が3機のみである。
「大鳳、落ち着いて狙って」
千歳の声が大鳳の耳に入った。「最初のうちは悪くなかったわ。でも失敗を続けるうちに狙いが段々悪くなってきているわ。もう一度落ち着いて、それから攻撃よ」
「あ、そう言えば…」
大鳳は、自分の息遣いが荒くなってきていたことに今気付いた。深く呼吸して自分を落ち着ける。焦っては駄目。焦ると余計に悪くなる。そして大鳳は、攻撃しようと待機している3機の彗星の視点を通して、ホ級を観察した。
ホ級は回避運動を続けながら対空砲火を撃ち続けている。そしてホ級の回避パターンを、それまでの動きと照合して、なんとなくではあるが把握した。
彗星部隊は急降下を始めた。ホ級は急降下してくる彗星に向かって対空砲火を浴びせてきた。彗星は怯みかけて持ち直した。弾幕を回避しながらホ級にグングン迫っていく。
ホ級の方も、先程までとは打って変わった大鳳攻撃隊の動きを見て状況の変化を感じ取った。1機が被弾して墜落していったが、残る2機は怯まず、逆に開き直ったかのように突っ込んできた。
いよいよ投弾しようという時には、大鳳は既にこのホ級の回避運動のパターンを把握していた。そして彗星部隊は、そのパターンに合わせて爆弾を投下した。ホ級は爆弾を2発浴びて中破した。
だが、撃沈には至っていない。ホ級は炎上しながらも逃げようと試みる。
「爆弾と魚雷、使いきりました」
「分かりました」
鳳翔は頷くと、「矢矧さん、現在位置は?」

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「間もなく待ちぶせ地点に到着します」
浜風と文月を率いる矢矧は、敵偵察艦隊の退路を断つ為に、鳳翔の指示で先回りをしていた。航行中、遠くからでも立ち上る黒煙が目視できた。それから十数秒後、矢矧達は予め指定された待ち伏せ地点に辿り着いた。
「こちら矢矧、待ち伏せ地点に到着しました。砲雷撃戦準備に入ります」
「分かりました。敵艦を発見次第、攻撃して下さい」
「了解」
長くはかからなかった。すぐに矢矧達の前に命からがら逃げ出そうとするホ級が姿を現した。ホ級は前方に立ち塞がる矢矧達を見つけると、無事な6インチ砲を使って砲撃し、退路をこじ開けようとした。
「砲雷撃戦始め!」
矢矧は号令を下すと突撃を開始した。後ろに浜風、文月と単縦陣を組んでいる。ホ級の6インチ砲弾が矢矧達の近くの海面に当たって水柱を何本も立ち上げるが、1発として命中しない。
矢矧達はホ級の前を横切るコースを辿っていた。
「T字有利よ、もう諦めなさい」
矢矧の言葉に抗ってホ級は砲撃を続ける。「矢矧、魚雷発射用意良し!」
「浜風、魚雷発射用意良し!」
「文月、いつでも魚雷撃てるよ!」
「発射!」
3人は一斉に魚雷を2本ずつ放った。6本の魚雷は扇型に広がっていく。ホ級に逃げ道は無かった。浜風と文月の魚雷が1本ずつ命中し、ホ級は大破して完全に停止した。
「止めよ」
矢矧は魚雷を更に2本放った。全弾ホ級の土手っ腹に突き刺さり、大爆発と共に真っ二つに折れて急速に海中に引きずり込まれていった。
「やったー!」
文月がガッツポーズを取る。
「やりました」
矢矧の隣に立った浜風が静かにそう言った。
「でも、これで敵がこちらに関心を持っていることが分かったわ」
「そうですね…」
矢矧と浜風は共に硬い表情のままだった。
その頃、連絡を受けたT提督は、執務室の窓の前で後ろ手に組んで立ち、海原を見ていた。
「やはり敵は、待ってはくれんか」

T提督は急遽艦娘達と『おおすみ』艦長と副長をを召集した。場所は中会議室である。
「深海棲艦の偵察部隊が出現しました」
壇上に上がるなり、T提督は早速本題に入った。これについては幌筵島南側で『おおすみ』と共同訓練していた三日月達も知っていた。「目的は我々の動向を探る事で間違いないでしょう」
「奴らは、ここに攻めてくると仰るのですか?」
『おおすみ』副長が挙手して発言した。
「というよりは、幌筵泊地の機能を奪いに来る、と言った方が良いかもしれないでしょう」
自分よりも年長者である『おおすみ』の艦長と副長がいる場なので、T提督も敬語を使っていた。
「と、言いますと?」
艦長が尋ねた。
「彼らにとって今大事なのは、キス島の攻略であり、ここの攻略ではありません。ですが、この泊地は彼らにとって目障りです。となると、彼らは時間を稼ぐために泊地を攻撃し、機能を奪う手段に出ようとしているのではないか。
そう考えたわけです」
「なるほど、一理ありますな。ただ気になるのは、泊地を一時的にせよ無力化するだけの戦力を奴らが持っているかどうか、です。つまり、持続してここを叩くだけの兵站を奴らが保有しているか、ということです。
キス島がまだ攻略されていない中で、それは無茶な行為だと思います」
「しかし今回の偵察がそれを裏付けているのでは?」
副長が言った。
「あるいは迎撃態勢を構築する為かもしれんぞ」
「艦長の御指摘は御尤もです。ですが、傍受した暗号電文を鳳翔さんが解析したところ…」
T提督は、壇机の上に予め置かれていたA4用紙に目を落とした。「我、有力ナル敵艦隊ヲ発見ス。脅威ヲ排除スル要有リト認ム。海面に墜落寸前に敵機が最後に送信したものです。
不意を突いた送信だった為、妨害は間に合いませんでした」
「つまり…」
「そうです」
T提督は副長の言葉を引き継いだ。「私が呼び寄せた機動部隊の撃滅に来る可能性がある、ということです。機動部隊を叩くだけでも十分に泊地の機能を奪うことになるでしょう。
そして機動部隊が損害を受ければ、この泊地を守れるのは基地航空隊のみですが、積極的な攻撃は望めません。短期勝負で攻撃されると、泊地も危険です。泊地が完全に無力化されれば、
キス島攻略後は一気に制圧されます。北方海域を守るための泊地は既に存在せず、深海棲艦は安安と北方海域を手中に収めることになるでしょう」
「待ってください」
矢矧が立ち上がった。「どうして提督は、敵が幌筵の戦力が少ないと知っている事を前提とされているのですか?」
「うん。西方海域攻略に我々が忙殺されていることは、彼らも知っていると考えるのは自然だし、だからこそこうして急速に北方海域の制圧に乗り出してきたのだろう」
「確かに、そうですね」
矢矧は着席した。
「今この瞬間も、奴らは動き出しているはずです。我々がキス島守備隊を助けに来る前に、泊地を潰そうと考えているでしょう。守備を固めるつもりはなく、攻撃して自分達の安全を確保しようとするでしょう」
「とは言え、その電文がキス島の包囲艦隊に伝わっているかどうか疑問ですが」
副長の言葉に艦長は頷いた。
「そこで、明日からモーレイ海に警戒網を敷きます。『おおすみ』はまだ発見されていないようですので、今夜のうちに幌筵島の裏側に避難して頂きます」
「来ないことを願うばかりですが、恐らく提督の仰る通り、事態は悪い方向に進むでしょうね」
艦長が言った。
「あの、キ号作戦そのものは、どうなるのですか?」
大鳳が心配そうに聞いた。
「それについては問題無い。キ号作戦は実施する。ただ、予定は繰り上げになるかもしれないが」
「どういうことですか?」
「これから説明する」

続く