ep4_spn

Last-modified: 2026-05-09 (土) 05:09:47

ep4

BGM



うらぶれたスラム街、赤茶けたレンガの壁には意味をなさないスプレーの落書きがびっしりと並んでいる。ディーン・ウィンチェスターは、道端に転がっていた赤いアルミ缶を、苛立ちをぶつけるように何度も蹴り飛ばしていた。

足の指先に伝わるのは、中身の空っぽな、乾いて虚しい金属音ばかり。気分は最低だ。
ゴミ置き場の横を通り過ぎる際、ディーンの足が空を切った。蹴り損ねた衝撃で、元々追っていた缶と、ゴミの山に埋もれていた別の缶が入れ替わる。

「……あ?」

気づかずにその新しい缶を蹴ろうとした瞬間、横たわっていたはずの赤いアルミが、まるで意志を持ったかのように、カチリと路面に直立した。

不意を突かれた二回目のキックは、さらに無様に空を舞う。勢い余ってバランスを崩したディーンは、ゴミ置き場に突っ込むことこそ免れたものの、湿ったアスファルトの上へ無様に滑り込んだ。

「なんなんだよ、一体!」

仰向けにひっくり返ったディーンの横を、直立した缶が「タンタン」と小気味よい音を立てて走り回っている。重力に逆らうように斜めに傾きながら動くその姿は、まるで奇妙なダンスのようだ。ディーンは跳ね起きると、逃げ回る缶へ飛びかかるように両手を伸ばした。

「捕まえたぜ、この野郎」

ゴミが散らかり、悪臭の漂う壁の隅。ディーンは腰を下ろし、捕らえた缶を矯めつ眇めつ眺めた。タバコを片手に、缶を逆さまにしてみる。すると中から、タンタン、タンと軽やかな爪音が聞こえてきた。

プルトップの穴からちらりと覗いたのは、薄汚れた毛の塊と、黒く光る小さな目。そして、ピンク色の長い尻尾だった。

「……ネズミか?」

呆然として缶を置く。激しく振って追い出そうとするが、中の住人は一向に出てこない。

「出られないのか……?」
返事はない。ただ、爪がアルミの縁を掠る乾いた音だけが響く。たまに足先が穴から飛び出しても、すぐにまた中へと引き込まれていく。

「おい、ネズミ。どうやって入ったんだよ。お前の世界は……随分と狭いな」

ディーンはタバコの煙を深く吐き出し、皮肉げな笑みを浮かべて缶を持ち上げた。

「人生、どんな気分だ? その狭苦しいアルミの箱の中で過ごすのはよ」

その時だ。激しく暴れていたネズミの動きがピタリと止まった。

『――友よ。お前もだよ』

そんな声が、脳内に直接響いたような気がして、ディーンはハッとした。

「何……?」

言いようのない不安に駆られ、空を仰ぐ。
はるか上空。暗い雲の隙間に、巨大な「プルトップ」の形にえぐられた穴があるように見えた。そこから、巨大な「誰か」が自分を見下ろしているような錯覚。
『お前の世界は狭いな。人生、どんな気分だ?』
自分自身の言葉が、天からの嘲笑となって降り注ぐ。

ディーンは激しく頭を振り、その幻想を振り払った。耳の奥には遠くを走る電車の音が、この街の鈍い胎動として聞こえてくるだけだ。

「人生……どんな気分かってな」

静まり返った缶を、彼は緩慢に揺らした。そして呟く。

「……動くなよ」

一拍後、グシャリという派手な粉砕音が響いた。
ディーンが力任せにアルミの腹を裂くと、中から狂ったようにネズミが飛び出し、闇の向こうへ逃げ去っていった。
手元に残ったのは、引き裂かれ、無残にひしゃげた赤いアルミの残骸。ディーンはそれをポイと放り投げ、右足のつま先に意識を集中した。

彼は再び、その残骸を力一杯蹴り飛ばした。

「いってぇ! おい、兄貴! 子供じゃないんだから缶なんか蹴るなよ!」

待ち合わせていたサミーの後頭部を、ひしゃげたアルミが見事に直撃した。
サムの抗議の声を聞きながら、ディーンは小さく息を吐いた。気分は、まあまあ良くなっていた。

「わりい。ちょっと、気分転換をしてただけだ」

彼は弟の肩を叩くと、狭いスラムの路地を、いつもの足取りで歩き出した。

ep5