ギュスターヴ編キャラ

Last-modified: 2021-06-01 (火) 03:37:47


ギュスターヴ13世

 フィニー王国、ギュスターヴ12世の嫡男。はじめから王位を約束されたまさに皇帝の跡継ぎとしてこの世に生を受けた。術社会の1220年当時、アニマの力はそれだけで権力を左右するほどの意味を持つ。代々続くバース侯としての強いアニマを持つ父ギュスターヴ12世、そしてノール候息女の母ソフィーの双方ともが強力なアニマを有しているとされ、両方の血を受け継いだギュスターヴ13世も当然ながら強いアニマを期待されていた。

 ところが13世が7歳の日に起きたファイアブランドの悲劇。フィニー国王の継承権を示すための儀式にて、アニマの力で発光するはずだったこのクヴェルはギュスターヴ13世にはまったく反応を示さなかった。それはアニマが弱いではなく「アニマを持たない」という特異すぎる体質からであり、術全盛時代の当時は単純に術不能者として排斥される運命だった。かくして父ギュスターヴ12世により母ソフィーともども国を追放され、ギュスターヴ13世はグリューゲルへと亡命することになる。
 何不自由のない生活から一転して蔑みの目にさらされることになった13世。ナ国という術社会とは多少縁遠い地とはいえ、そうした周囲の冷遇は強まるばかりだった。しかし母ソフィーの死を乗り越え、友人たちの得難い協力を用いながら13世は20歳の頃に城塞都市ワイドを陥落させるに至った。

 ワイド候となったギュスターヴ13世は精力的に製鉄技術を導入。術全盛時代では排除されていた鉄製品を取り入れて武装とし、そうした装備を扱うための術不能者たちを兵士として積極的に雇用した。鉄はアニマを通さないとされ多くの人は忌み嫌っていたが、13世をはじめとしたアニマの弱い者がのし上がるにとっては強力な武器でもあったのである。もちろん術不能者たちのほとんどがギュスターヴ13世を支持したのは言うまでもない。
 迎えた四年後、13世はテルムより急報を受け取る。父ギュスターヴ12世が急逝したという話を取り、ケルヴィンやシルマールといった名だたる友人、恩師からの助言と後ろ盾を得て東大陸へと出兵したのだ。バケットヒルという丘で新フィニー王となったギュスターヴ14世、腹違いの弟と激突するギュスターヴ13世。鋼で身を固めた鉄兵の前に術を使った戦いを仕掛けたギュスターヴ14世は敗れ去り処刑されるのだ。
 かくしてギュスターヴ13世は20年ぶりにロードレスランドの地を踏み、フィニー王国そしてバース侯元首となり着実に領土を拡大していった。メルシュマン地方の制定を短時間で成し遂げると南大陸への足がかりとしてハン・ノヴァを建国。その最中、南方遠征を目前として何者かの陰謀の前にモンスターを利用され横死。炎上する砦と共に消え去っていった。

 享年49歳。激動の時代に生き戦い続けた男の最期である。

故郷からの追放
 王族として生まれついて国王そして支配者になることを約束されていたはずのギュスターヴ13世。しかし父による追放とその後の亡命により絶望の底に叩き落とされ、幼年期はそれによりやけっぱちになるシーンも描かれている。
 ところが、こうした追放やアニマを持たないということはなにも悪い結果を生むばかりではなかった。アニマを持たないからこそそれに代わる力の鉄製品を見つけ普及に成功したことは、ひいては多くの術不能者たちの希望にもつながり支持を得ることに繋がった。少年の頃にギュスターヴ13世はみずからの手で鍛冶技術を学び鉄製の短剣を作るのだが、後年になってふたたび手ずから完全に鉄製の剣を完成させている。それが「ギュスターヴの剣」という名前として彼と共に君臨しており、ギュスターヴ13世を絶望に追いやった根源でもあるファイアブランドに引けを取らない象徴として語り継がれることになるのだ。

 また、技術や鉄製品だけでなく、ギュスターヴ13世の人生を左右する多くの友人や恩人たちのバックアップも彼の活躍には欠かせない存在だ。彼の右腕として盟友として時には純粋な友達同士として𠮟咤激励を続けたヤーデ伯ケルヴィン。母ソフィーの時代から恩師であり続け、豊富な知識と膨大なアニマと術力を持つシルマール、ワイド候の将軍であり冷静さと勇猛を兼ね添えたネーベルスタン。さらに、少年時代からお供のように付き従うフリン。
 この時代では稀有な才能を持っていた人物がこうしてギュスターヴ13世の元に集まり、さらにギュスターヴ13世本人も彼らの声をよく聞き、叱責は受け入れ反省は飲み込みながらも前に進み続けた。

ギュスターヴ13世の魅力
 「アニマを持たない」。それはこの世界では他に類を見ない性質である。術不能者とされる多くの人々はアニマを持たない訳ではなく、術を使うに至らないほどにアニマが弱いというだけだ。さらに言えば人間だけでなく、動物や昆虫、そのあたりの樹や石、風や水といった無機物に至るまですべての物質が持っているはずの力がアニマである。それがギュスターヴ13世はまったくのゼロ、ほとんど奇跡に近い確率だった。もしかすると当時のサンダイルには動植物ひっくるめてもギュスターヴ13世だけの特異体質だったのかもしれない。

 名高い術士であるシルマールはギュスターヴ13世が幼少の頃、彼にはアニマがあると感じていた。しかしファイアブランドの儀式失敗によりそれは否定されてしまう。シルマールは苦悩したに違いないが、いかに術士としての大人物であろうとも「アニマを持たない」という異質の生命までをも見抜けなかっただけに過ぎない。これはシルマールの眼力が外れたのではなく、ギュスターヴ13世がそれを上回る特異体質であっただけである。
 のちにギュスターヴ13世に従事することになった暗殺者ヨハンは過去の記憶からアニマを持つ者が近くに居るとトラウマを呼び覚ますとして嫌っていたが、唯一アニマを感じさせないギュスターヴ13世には安心感を覚えている。
 ギュスターヴ13世の功績はもちろん凄まじいが、一部の人々にとっては「アニマを持たない」という特異な立場がより一層に興味を掻き立てたに違いない。

レスリーとの恋
 幼少期に出会い、以降もギュスターヴ13世の協力者としてさまざまに暗躍し活躍してくれるレスリー。グリューゲルの大商家の娘としての礼儀、見る者を振り向かせる容姿端麗さ、そしてなによりも乱暴者相手でも凛と構える強気な姿勢を持つ魅力的な女性である。激動の青春時代を共に過ごしたギュスターヴ13世とレスリーとの間には当然ながら恋愛感情が芽生えている。それは相思相愛と言っても良かったが、時代がそれを許さなかった。

 術不能者として排除されてきたギュスターヴ13世にとってすれば、自分の子供もまたアニマを持たず生まれてくる可能性が極めて高いと感じていた。もしそうであれば術全盛時代のいま、どういう運命をたどるかは想像に難くない。自分と同じような悲劇もしくは絶望に苛まれてしまうのであればとギュスターヴ13世は一切の結婚や縁談を断ち切っていた。レスリーもそれは同様であったが、彼女はむしろギュスターヴ13世のそうした気持ちを汲んでの行動である。
 ギュスターヴ13世とレスリー。生まれる時代や立場がもっと違っていれば縁を結んで幸せな家庭を築いていたかもしれない。

ギュスターヴ13世亡き後の後継者
 短期間のうちにメルシュマン地方を制定してしまったギュスターヴ13世だったが、彼の没後20年を経た頃にロードレスランドのあちこちに彼の後継者を自称する人物が降って湧いたかのように大量に現れることになる。それはギュスターヴ13世の盟友ケルヴィンの逝去に呼応するようにして増加の一途をたどるのだった。
 理由としてはギュスターヴ13世の生前に見られた行動による。幼少期から外聞にとらわれない性格のギュスターヴ13世は政務のさなかに急にフリンやヴァンを連れては夜の街に繰り出してしまい豪遊三昧、朝帰りも珍しくないほど。そしてこうした行動は当時の臣下たちの要らない想像を掻き立てるにはじゅうぶんであった。

 またこれは濡れ衣とも言えるが、遠征中の兵士たちはみずからをギュスターヴ13世だと名乗って女性と関係を持とうとした者が少なくはなかった。それほどまでにギュスターヴという名前は名前だけが独り歩きするほどの権力を持っており、さらにギュスターヴ13世本人が民衆の前にあまり姿を見せなかったということも意味している。
 なによりも人々はギュスターヴ13世以後の新たな英雄とカリスマ性を持った支配者を強く望んでいたのである。


フィリップ

 ギュスターヴ12世の第二子であり、ギュスターヴ13世の実弟がフィリップである。幼少の頃に兄ギュスターヴ13世がファイアブランドの儀式失敗により母ソフィーともども追放されると、フィリップもまた母と別れることを余儀なくされてしまう。
 ソフィーが逝去したのちは跡継ぎとしてノール候元首となるフィリップ。若干17歳で国政を取り仕切れたのも彼が類まれなる能力と政治力、なによりも兄が持てなかったアニマと術の力が抜きん出ていたからに他ならない。そして六年の月日が流れて父ギュスターヴ12世が急逝。腹違いの弟ギュスターヴ14世がフィニー国王となるとフィリップは14世に忠誠を誓う。当然ながらフィリップの家臣たちからは不満の声も持ち上がるが、14世と敵対することは当時ではデメリットしか無いとしたフィリップの先見の明でもある。
 そして兄ギュスターヴ13世がロードレスランドに上陸。迎え撃った14世とバケットヒルで激突するのをフィリップとその軍隊は傍観するだけに留めていた。結果的にこれが14世の敗北の遠因となる。フィニー国王となったギュスターヴ13世とは感動の再会とはいかなかったものの、敵対することなく双方は鞘を収めた。

 二年後、空席となっていたフィニー王家を継ぐためにフィリップはファイアブランドの儀式に挑む。しかしアニマが強すぎて剣が発火してしまう惨事を起こして儀式は失敗に終わり、フィリップは息子のフィリップ2世に王位を委ねることに。ところがフィリップ2世がファイアブランドの儀式に挑んだその時、現れた謎の刺客によりフィリップ2世は暗殺されてしまう。逆上したフィリップはファイアブランドを手に取るがアニマが暴走、一瞬でモンスターと化してしまうのだ。
 モンスターと化したのちのフィリップを知る者は誰も居ないが、それと似た影を持つモンスターがハン・ノヴァの窮地に現れたという話がまことしやかに人々の間で噂されている。

フィリップを支えた女性
 類まれなる術士としてだけではなく政治的な手腕にも長けていた有能なフィリップは、実は幼少期は「泣き虫」と仇名されていた。これはノール候として敏腕を振るう彼を知る人物からすれば信じられない一面でもある。
 フィリップは術力のない者を嫌っていた。それはひとえに愛情をくれた母ソフィーを奪った兄ギュスターヴ13世への憎悪によるものである。長い間フィリップは兄への憎しみを滾らせることで過ごしてきたが、同時に兄の優しかった一面も誰よりもよく知っていた。この両極端な心情に苛まれつつフィリップは成長することになる。
 そのフィリップが娶った妻はシュッド侯ヨハン4世の三女、クリスティーナであった。シュッド候ヨハン4世は当時、ギュスターヴ14世を親戚に持ち力をつけたベルナッド伯をおそれて勢力を回復しようとフィリップに第二女のエリザベートを嫁入りさせようとしたがフィリップのほうでこれを辞退。代わりにとしたのがクリスティーナであったのだ。ヨハン4世としても断る理由もなく、フィリップとクリスティーナは結ばれてノール候とシュッド候との関係も強まることになった。
 クリスティーナはアニマが弱く、術不能者でもあった女性である。当時の社会では日の目を見ないはずのクリスティーナをなぜフィリップが見初めたのかは謎に包まれているが、成人後は鉄面皮として冷徹なまでに政務を行ったフィリップが唯一クリスティーナの前でだけは笑顔を見せたという。そしてクリスティーナもまた、フィリップに対して恐れることなく快活に明るく接していた。
 真相は定かではないが、フィリップが類を見ない愛妻家であったことだけは周囲も認める真実である。


マリー

 ギュスターヴ12世の長女であり、ギュスターヴ13世やフィリップにとっては実妹である。母ソフィーの面影と性格を色濃く残しており、博愛と慈悲に満ちている。誕生に等しくソフィーが追放され母を失ったマリーだがフィリップのようにギュスターヴ13世を憎むことはなくたおやかに成長していく。しかしフィリップの部屋に飾られていた母ソフィーの肖像画を見るたびに、そして臣下たちがソフィーの思い出話に花を咲かせるのを傍らで聞くたびに母への想いと憧れを強めた。やがて、ソフィーは自分も知らないうちに母の行動を真似るようになる。博愛に足して従順で素朴な性格はこうして形成されていくのだった。

 18歳になったマリーはオート候カンタールに嫁入りすることになる。これはわかりやすい政略結婚であり、マリーを慕う民たちの間からは決定を下したギュスターヴ12世を非難する声さえあがるほどだったが、結婚自体は問題なく行われマリーはカンタールの元へと嫁いだ。しかし間を置かずしてギュスターヴ12世が急逝すると同時にカンタールは気に入った女性と手当たり次第に関係を持ち始める。結局、マリーはカンタールに嫁いでからもカンタールの子を成すことなく離婚、その後はヤーデ伯ケルヴィンと再婚することになる。

カンタールとの複雑な関係
 マリーが嫁いだオート候カンタールという人物は大変に勢力旺盛な男であった。それはマリーとの離婚後も多数の女性と関係を持って多くの子供を成した事実も物語っている。貴族としてはタブーとされていた離婚および再婚をしたマリーが周囲からさして非難もされなかったのは、マリー以外にも三人もの女性を妻としていたカンタールのこうした好色ぶりが知れ渡っていたからでもある。
 誤解しないでほしいのは、マリーとカンタールとの関係は悪いものではなかったということ。むしろマリーはカンタールという人物の良さに気づきカンタールのために尽くすことを誓い、実行していた。バケットヒルの戦いでギュスターヴ13世が勝利するとカンタールは切り札としてマリーを利用しようと考え、マリーは利用されているのを承知の上でそれでもカンタールのために働けることを良しとして働いていた。
 ところがギュスターヴ13世側としてはマリーの境遇を知ってカンタールから引き離し離婚させることを決定。ギュスターヴ陣営からマリーの召喚がカンタールの元に届くようになるが、マリー自身はそれを拒否するもカンタールが承認。同意の上ではなかったものの、マリーは離婚を強制される形でギュスターヴ13世の手元に戻されるのだった。

マリーの功績
 当時多くの貴族出身の女性がそうであるように、マリーもまた男たちに政治的に利用されるだけの人生であったといえる。生前に彼女が与えた影響はほとんど無いに等しく、言ってしまえばフィニー王家がありさえすればマリーという一個人の女性の人生など取るに足らないほどだったに違いない。それは女性という性に生まれついてしまったがゆえの定めでもある。
 しかし女性には男性の持たない出産という役目がある。その意味ではチャールズやフィリップ3世という世継ぎを出産したマリーの功績は誰よりも大きいといえるだろう。それはこの時代だけでなく、後世まで続くサンダイルという歴史においても重要な意味を持っている。
 マリーは三番目の子供であるフィリップ3世を宿した際に体調を大きく崩してしまい、周囲からは出産を反対する声も持ち上がるが頑として拒否し養生しながらもお腹の子を大切にはぐくんだ。そしてフィリップ3世を出産すると同時にこの世を去る。享年30歳であった。


ギュスターヴ14世

 シュッド候に属するベルナッド伯の息女マリアをギュスターヴ12世が娶ったのは、妻ソフィーと嫡男のギュスターヴ13世をフィニーから追放してすぐのことだった。そして後妻となったマリアと12世との間に生まれたのがギュスターヴ14世、後の歴史には悲劇の王子と記される儚くも強く生きたフィニー王家の一員である。

 1235年に7歳となった14世はファイアブランドの儀式を何の問題もなく済ませる。しかし以前の13世の儀式失敗を目の当たりにしている父12世からは賞賛の言葉はなく、そこからは徹底した英才教育の体制を敷いて14世を完璧な国王にしようとした。その有様は父子というよりも王と臣下そのものであり、12世にとっては期待して望みをかけた息子が儀式の失敗という失態を犯したことが許せなかったという怒りの矛先をすべて14世の教育に向けていたというフシがある。
 両親のアニマの力を色濃く受け継いだ14世は教育の効果もあってめきめきとアニマと術の才能を発揮するようになり、16歳になる頃にはノール候フィリップと比較されるまでに成長することになる。これには父12世も満足というところだろうが、一切城外に足を運ばず戦場にも赴かなかったことから「卓上の英雄」などと揶揄され、あくまでも術士としての知識を追い求めるのみで政治にも関与しなかった。

 1245年には父ギュスターヴ12世が急逝しフィニー王国は揺らぎ始めることになる。それでも14世は国を立て直そうと手を回し、メルシュマンを統一しようと諸侯に対して伝令を出しフィリップとカンタールという当時14世に継ぐ権力と勢力を誇る二雄を陣営におき、協力関係を結ぶことに成功する。この両者もそれなりに力を保有はしていたが、当時すでに12世の正式な後継者となっていた14世には頭が上がらなかったというところだろうか。
 やがて1248年、長年ナ国に亡命していた12世の長男にして14世の腹違いの兄、ギュスターヴ13世が東大陸に上陸してくる。バケットヒルで相まみえた両者は激しく衝突した結果、14世の敗北という形で幕を閉じる。ハンの遺跡で13世に処刑される14世はその最期の時まで兄である13世に呪いの言葉を浴びせ続けていた。
 時が時なら偉大ではなくともそこそこ有能な王として名を残していたはずの14世だが、時代が彼の存在を許さなかったというところである。

不遇の王、14世
 フィリップとカンタールという当時すでに大勢力を持ちつつあったこの二人を抑えることができたのがこのギュスターヴ14世だけであった。それは12世の後継者として正式に儀式を受けて通過しており、諸問題についてもフィニーの支配者として精通していたからである。とりたてて名君ではないまでも無難な政治ができた人間性でもあり、城外にほとんど出ないという性格もあって抹殺のために手を出すという真似もしにくい人物だった。

 実際、14世は憲兵隊を組織して城内外の警護も厳重なまでに繰り返して自身は絶対に安全な城の奥から一歩も出てこようとはしなかったが、こうした行動には理由があった。それは14世がファイアブランドの儀式に成功したその日の夜に殺されてしまった母マリアのことが原因となっている。さらには父12世が急死という形でこの世を去ったことも何者かの暗殺の一端だという疑いを捨てきれず、後年はより一層に周囲への警戒に専念していた。
 これは14世がフィリップとカンタールに対しても抱いていた危機感で、12世の後を継いで即位してすぐに自分に継ぐ第二第三の勢力と目されるこの二人を要職に任命することで反逆を未然に防ごうとしていた。実際のところフィリップとカンタールとしても14世に楯突くほどの力はこの頃は持っておらず、双方は絶妙に均衡が保たれていたと言ってもいい。

14世の母、マリア
 シュッド候ヨハン4世の叔父であるベルナッド伯が14世の祖父にあたる人物だ。ベルナッド伯は当時すでにヨハン4世に継ぐ軍事力と影響力を持っており、シュッド候内部においても国王よりも台頭して意見することも多いというヨハン4世からすれば目の上のたん瘤のような人物であった。
 そのベルナッド伯の娘であるマリアは生まれてすぐ高貴な身分として教育と礼儀を叩き込まれてきたが、マリア本人はディガーや冒険者に憧れて家臣たちの目を盗んでは術の修行や近郊の冒険に出かけてしまうじゃじゃ馬っぷりを発揮。見かねた両親はマリアが14歳の折にナ国グリューゲルに宮廷作法を教えるためという名目で送り出してしまう。最後まで反抗したマリアだったがベルナッド伯の強い指示もあってグリューゲルに身を移すことになるのだ。

 2年後、教育が終わり帰国したマリアはまさに礼節をわきまえつつも元来の快活さも残したレディーとして生まれ変わっていた。両親や臣下が納得するだけでなく16歳という婚期を控えた彼女に求婚する男性は後を絶たず、その噂は近隣諸国に瞬く間に広まった。それを聞きつけたのが妻と息子を追放して間もないギュスターヴ12世である。
 12世はもとよりシュッド候と敵対関係ではあったが、ベルナッド伯はそのシュッド侯国でも幅を利かせる存在になっている。今のうちに懐柔ができればフィニーことバース候としても得策であると考えた。一方でベルナッド伯としても次男として出生してしまったというだけでシュッド候で完全台頭することはできず不満がないこともなかった。両者の思惑は一致することになり、改めてマリアは12世の側室となったのだ。


フィニー王 (ギュスターヴ12世)

 世界の覇権を奪い取ったハン帝国が崩壊してから750年。多くの貴族諸侯が各地に散在していくなかでもっとも多くの貴族が移り住んだのがメルシュマン地方である。この地にはかねてよりハン帝国の傘下となった貴族たちがそれぞれの領土を持っていたが、帝国崩壊と共に流入してきた諸侯とぶつかり合うことになり世は戦乱の時期へと向かうこととなったのだ。この長い戦いはなかなか決着を見せることはなかったが、ついにメルシュマン地方の統一を成し遂げた人物がいる。それが13世の父フィニー王、ギュスターヴ12世であった。
 12世は青年期になる頃にはすでに軍人として賞賛されていた。初陣であったティベリウスの戦いでオート候軍と激突するも、バース候軍は苦戦を強いられてしまう。その時妙案を思いついた12世は絶妙なタイミングで奇策を実行してオート候軍の攪乱と奇襲に成功。負け色の濃かったバース候が一気に逆転勝利するという奇跡を成し遂げてしまうのである。その2年後にもサイ・ジャブイーユの戦いにて劣勢でしかなかった状況から勇猛果敢に苦戦を跳ねのけて敵国の侵攻を完全に阻止してしまう。12世が無敗の名将として知れ渡るようになったのはこの頃からである。

 また、12世は軍略だけでなく政治的手腕にも長けていた。ノールとはそれまでは敵対関係となっていたが12世の働きかけやソフィーというノール候息女との婚姻により同盟強化を画策、成功させている。戦いにおいても政においても他の追随を許さなかったギュスターヴ12世はまさに覇王になるために生まれて来た人物と言っても良かっただろう。もっとも、実際の覇王となるのは息子13世であったとは12世が在位中に知る由はなかった。
 1243年、メルシュマン地方は12世の手により統一が果たされる。そしてここで新たに12世は南方遠征の決意を表明するが、臣下たちからは時期尚早であるという声が持ち上がり思うように計画は進まなかった。それでも2年後の1245年には12世は半ば強引なまでに南方遠征の作戦を取りまとめて大詰めを迎えようとしていたその時、12世がこと切れた姿となって寝室で発見される。
 そのあまりにも不審すぎる死は毒殺かまたは暗殺かとあらゆる噂と尾ひれが臣下や市民たちのなかで巻き起こり、バース侯国が徐々に揺らぎだすきっかけを作ることになった。

ノール候との浅からぬ因縁
 12世の在位中のメルシュマン地方は大きく分けて四つの侯国が争い合っていたが、この頃にはバースとノール、オートとシュッドという同盟国同士の二大対決という構図になっていた。それぞれの四つは自らの利権を考えてはいたが、一時的な同盟同士となった方が有利という部分も多くこのような区分がされていた。
 それでも、こうした四等分からの二等分という図はほんの僅かなほころびが一気に均衡を崩してしまう可能性が高い。実際どの侯国からしても同盟となる国がもし離反か裏切りをすれば一度に三国を相手取らなければならなくなるため、バランスを保つことに必死だっただろう。同盟国相手でも油断ができる状況ではなかったそんな折、ノール候ナヴァルがアルヌークの戦いで戦死したという報がもたらされる。

 12世は苦悩する。政治においても有能な人物であったナヴァルが居なくなるということはバースとしても不利になりかねない。しかし、それを覆したのがノール候息女のソフィーの存在だった。ソフィーを婚約者として12世は改めてノール候との関係を強化し、実質的にノール候国をもバース候12世が従えるという形で手腕に収めてしまうのだ。最終的にはメルシュマン地方統一を画策していた12世にとっては脅威となる問題をクリアするだけでなく前進すらできたのである。

 ソフィーは三人の子宝に恵まれ、第一子は世継ぎとなる男児であったために12世は生まれて早々に13世の名を継がせてしまう。順風満帆かと思われたギュスターヴ12世の覇道だったがそれは13世が術不能者だと発覚したことで一気に崩れ落ちてしまった。1227年には12世はソフィーと息子13世を追放し、これによりノール候との関係は悪化していく。12世としても悩むところではあっただろうが、術全盛の当時でアニマを持たない人間を王家に置いていくというのは内紛の引き金にもなりかねず、また12世の性格的にも不可であった。
 12世が正式に「ギュスターヴ13世は不義の子」という表明をしたことで、ノール候との関係はさらに悪化の一途をたどるのである。

ソフィーとの関係
 戦いに明け暮れたギュスターヴ12世はまさに修羅王であった。初陣から数えて戦で勝利を数々と収めやがて名将となって即位したのちも戦いは常に12世と共にあった。政治的な駆け引きにおいても12世の軍事的強さは脅威であり、もし異を唱えれば戦を起こされて圧倒されてしまうという無言のなかの威圧により12世の政治はまかり通っていた部分も多い。
 12世は成人後も苦悩に苛まれた。それは戦いに明け暮れた修羅だからこその渇望や怒り、悲しみといった負の感情である。癒されることのない苦悩を持ったまま発散させようと戦いに赴き、また重い苦悩を抱えて帰還するということを繰り返していた12世を心身ともに救い出してくれたのがソフィーの存在なのである。
 ソフィーの優しさは12世の偏狭な心を溶かし、政略結婚がきっかけではあったものの12世は純粋にソフィーを愛し共に過ごす時間を大切にしていた。そのため、追放という結果になったことを一番悲しんだのは12世本人であったという考え方もできる。12世は後妻としたマリアに対してはソフィーに見せた優しさは鳴りを潜めており、あくまでも後継者の確保のための女性としてしか扱わなかったという。


ソフィー・ド・ノール

 ギュスターヴ12世の妻にして戦乱の世に生きた悲劇の女性、ソフィー。
 父をノール候ナヴァルとしてノール候で生まれ育つが、ナヴァルはアルヌークの戦いにて戦死しノール候は実質支配者を失い孤立化する。ノール候は代々幾つかの諸国が一纏めとなった共同国家のような構図として歴史を紡いでいたが、ナヴァルの才覚が抜きん出ていたためほぼ独自国家として機能し始めた時の戦死であったためノール侯国は混乱に陥りつつあった。そして一部の領主たちによりナヴァルの息女であるソフィーはバース候との関係を維持するためという名目で12世の側室として送られることになるのだ。

 幼い頃からソフィーは稀有なまでの慈悲と愛情を持っていた女性でありノール侯国で生活している間にも多くの支持者ができるほどであったため、この分かりやすい政略結婚はこうした支持者やソフィーの慈愛に心身を救われた者たちからすれば悲しむべき事件でもあった。それでも、12世の元に嫁いだソフィーは変わらぬ様子で幸せな日々を過ごし、また猛将などと恐れられた12世もソフィーの前では優しさを持って接していた。愛情を紡いだ両者の間には三人の子供が生まれることになる。
 しかし1227年、長男であり世継ぎを約束された13世がファイアブランドの儀式に失敗。12世は立場を理由として息子の追放を決定してしまう。実の息子をどことも知れぬ場所に追放すると息巻く12世の激情にソフィーは珍しくも真っ向から異を唱え、結局は母子ともども追放という結果に陥ってしまうのだ。貧民街で過ごしたのちはシルマールの助言もあってナ国に亡命。スイ王から領土を与えられて静かな日々を過ごすが1239年、13世の成人を待たずして患っていた病気を原因にソフィーはこの世を去ってしまう。

ナ国スイ王とソフィーの関係
 ソフィーは外見的な美しさもさることながら、どこまでも深い愛情に満ちた聖母のような女性であった。美しさや優しさが理由で人々の目を引く女性は数多いれど、ソフィーに勝る女性はいないとまで目されていた。さぞや求婚に忙しないかと思いきやそちらはどうやら少なかったようで、これはソフィーのあまりの高嶺の花っぷりに自分では釣り合いが取れぬと諦めていく男性諸氏が多かったのが主な原因である。もちろん、そうした中でもアプローチに積極的な男性はおり、そのうちの一人がナ国のスイ王であった。
 もともとソフィーは宮廷作法を学ぶために11歳から16歳までをナ国のグリューゲルで過ごしている。この当時にソフィーの内外に秘められた美しさに惹かれていたスイ王は国王としての立場も忘れてソフィーを後宮に迎え入れようとすらしていた。それを察したのが当時まだナ国の術士として滞在していたシルマールであり、彼の計らいもあってソフィーは無事ノール侯国に帰国できたのである。

 時節は進んで1227年。シルマールの手助けもあってナ国に13世ともども亡命してきたソフィーをスイ王は快く迎え入れる。それと同時にかつては成し得なかったソフィーへのアプローチも再開するのである。屋敷や領土をソフィー母子に与えて遠回しに求婚らしき素振りを見せるスイ王だがソフィーはまったくそれらには靡かず、最終的にはヤーデ伯トマス卿のはからいでヤーデ伯領ファウエンハイムへと移住してしまうのだ。

ソフィーの結婚
 16歳を迎えて故郷ノール侯国に戻ったソフィーは貧しい領民を始めとした一般市民と接するようになる。侯爵令嬢という高貴な身分にも関わらず屋敷を出奔しては街中で手を尽くして人々の役に立とうとした。特にソフィーが積極的だったのは傷ついて帰国した兵士たちの看護であり、もともとが慈悲深く献身的でもあった性格とあいまって才能を見せる。
 しかし、こうした行動は人々の心は開かせるが臣下たちの間では怪訝に思われており、特に誘拐や謀略の標的にされる可能性も示唆されるなどして一部からは批判される。それでもソフィーのこうした身分を隔てぬ行動は領民たちの活力となった。ノール侯国は四侯国のなかでは弱小に分類されていたのもあり、戦いや紛争では弱い立場になりやすかったにも関わらず国を維持できていたのもこうしたソフィーの行動で人々の支えがあってこそと言えただろう。

 こうした背景があったからこそ、バース候ギュスターヴ12世との婚約話が持ち上がった時には領民たちを中心にソフィーの慈悲に触れたすべての人々が悲しみに暮れることになる。この婚約はあからさまな政略結婚であったというのも理由として大きかった。しかしソフィーは「メルシュマンの明るい未来のために」という言葉を人々に残して12世の元へと向かうことになる。
 ソフィーの言葉通りというべきか、それからの9年間は特に大事もなくフィニー王家とノール侯国は良好な関係を築いていた。しかし、13世とそれに伴うソフィーの追放によりノール侯国との関係は傾き出し、異国にてソフィーが病死したことで崩れそうにすらなる。ただ、その後にソフィーの次男フィリップがノール侯国を継ぐことになると関係はようやく修復されることとなる。


シルマール

 南大陸、グリューゲルを出身地とする術士。南大陸は古来よりクヴェルなどが発掘されない地ではあったが人々のアニマ保有量については東大陸やその他と特に変わらず、アニマ研究家であったルナストスという人物に師事したシルマールは若くしてサンダイル一と称されるほどの術士となる。
 その術能力は人知を超えており、クヴェルやツールを使用せず術を使うことを可能としていた。これはシルマールの他にはウィル・ナイツの叔母でありナイツ家の一族としての強いアニマを持つニーナくらいしか使うことができない。偽ギュスターヴもツールなどを使用せず術に近いものを発動させられたが、これはエッグという正体不明のクヴェルの力が関与してのことである。

 シルマールは長らくナ国のスイ王のもとで術士として研究しつつ臣下のひとりとして職務していたが、1223年にギュスターヴ13世の教育係として東大陸のフィニー王国テルムに招かれることになる。ここでは13世に術の訓練だけでなく人間としての生き方や本質、倫理など多岐に渡って教え諭した。当時シルマールは幼い13世にアニマの資質があると判断していたがこれは誤りであり、「アニマを持たない」というそれまでの歴史でも発生し得なかった人間を相手にしての誤診であった。それでもあえてその不明な力をアニマだと誤解したのもシルマールが術全盛時代に生きた術士だからに他ならないだろう。
 そして1227年、13世のファイアブランドの儀式失敗。ソフィーともども追放の憂き目が決定しテルムの貧民街に身を移した母子のもとに、教育係も解雇されたシルマールは度々訪っては状況の説明や相談相手を努めていた。その後、13世母子が暗殺の標的にされる可能性を予見したシルマールは彼らをナ国へ亡命するように助言するのだった。
 その後もシルマールはギュスターヴ母子そして13世を影ながら見守る立場に居続けており、ソフィー病死の際には床に同席するなど13世とソフィーに対しては並々ならぬ恩義を尽くし続けた。壮年期になりつつある1245年にはワイド領主となった13世にネーベルスタン将軍を引き合わせる手伝いをするなどして13世のその後の活躍の立役者として動き回る。晩年はヴァンアーブルという若手ながらも実力派の術士を育成し13世の配下として任命するなど、その一生をギュスターヴ13世のために捧げた人物だ。

アニマ研究家、ルナストス師
 シルマールの出身はグリューゲルのツール職人の家である。ウィルファルドというシルマールの父は高名なツール職人であり、さまざまなツールはもちろんのこと当時のナ国では貴重だったクヴェルの取り扱いもする店を経営していた。この家に次男として生まれたシルマールは客としてやってくる様々な術士を見ていたが、その中に当時至高の術士などと称されたルナストスという人物の姿もあったのだ。
 ルナストスのほうは良質のアニマを察知して店に訪れていただけであり、それがクヴェルやツールなどの商品のアニマではなく当時11歳だったシルマールという少年のアニマだと知ると、すぐにも術士になるように取り計らうのだ。かくしてシルマールは幼いうちからその類まれなる才能を発揮していく。

ソフィーへの思慕
 ルナストスの弟子となりめきめきと術の力を発揮していくシルマール。18歳になる頃には一般術士のレベルを凌駕し、ほとんどの術士よりアニマも術力も秀でた秀才、天才などと褒めそやされた。そしてシルマールとしても若さもあいまって高慢になっていたフシもあり、自分の才能とルナストスという高名な術士の師匠という恵まれた環境に天狗になっていた。

 そんな頃にシルマールは街角で術不能者に優しく話しかける少女を発見する。
 ナ国では常から術不能者に対して冷遇や差別といった政策は取られてはいなかったが、それでも術を使える者は使えない者よりも上位を取る場合が多く、貧しい生活をしていたのは東大陸とさほど変わらなかった。しかし、シルマールを含めた多くの一般市民たちはそれが当たり前として育っているために不思議とすら感じないで過ごしていた。
 そうしたこともあり、術不能者の老人を労わって接する少女の行為はその時のシルマールの目には偽善に映ってしまう。半ばからかいも含めてシルマールが少女に話しかけると少女は温かい視線で相手をしてくれた。しかし、シルマールの本心を知った少女の瞳はそれまでの慈みの籠ったそれではなく軽蔑と呆れを色濃くさせ見下したのである。その少女こそナ国に当時宮廷作法の教育を受けにやって来ていたソフィーであったのだ。
 その日からシルマールはソフィーへの想いを捨てきれずに過ごすことになる。ソフィーが術不能者や社会的な弱者に対して献身的に接していたのも聞き知り、ますます彼女への興味を掻き立てられていく。それと同時に自分が術やアニマに対していかに高慢で鼻持ちならない考え方をしていたのかを思い知り、それまでの無礼を恥として認めるに至るのだ。シルマールはその頃から人前ではあまり術を使わないようになり、誰に対しても礼節をわきまえて接するようになっていく。
 やがてギュスターヴ12世に嫁いでいくことが決定したソフィーの消息も遠いナ国でシルマールは聞き及んでいたことだろうが、その時に彼がどのような心境だったかを知る者はいない。ただ、生涯独身として過ごし弟子の育成にのみ力を入れたシルマール。ソフィーに対してなんらかの思うところがあったとしても不思議ではないだろう。


ケルヴィン

 ヤーデ伯トマス卿の長子として生まれたケルヴィンは、温厚だが厳格な父トマスに英才教育を施されて成長する。トマス卿はヤーデでは人々に敬愛される領主でありどんな身分の相手にも分け隔てない礼儀を重んじた。こうした父の一面を日々見ていたケルヴィンもまた礼儀と忠誠心に溢れた騎士道精神を持って成長していくのだ。
 1233年、ケルヴィンが13歳になった折にちょうどギュスターヴ13世と母ソフィーがヤーデ伯領土のファウエンハイムに移住してくることになる。この時にケルヴィンは初めて13世と知り合うことになるが、ケルヴィンの目に映った13世はまさに乱暴者で弱い者いじめ、とてもそれまでのケルヴィンが思想としてきた精神とは裏腹な人物であった。性格的にも相性としてもまったく逆の位置にいるこのギュスターヴ13世とケルヴィンが親友そして盟友となり一生をかけて盃を掲げ上げる間柄になろうとは、この時の誰も予想していなかった。

 1239年にソフィーが病死し、彼女の慈愛を身近に知っていたケルヴィンも床に参席し涙を呑む。そして続く1240年に13世がワイドを攻略するという決起にソフィーのことも思いながら共感し、500の兵士を派遣することで援助を申し出る。これについてはケルヴィンの父トマスも賛同しており1242年にはトマスの名代としてケルヴィンが海軍を率いるなど、13世の覇道に様々な形で援助し続けた。
 1247年、東大陸に13世が上陸。この際にはケルヴィンはトマス卿の後を継いでヤーデ伯として名乗っており、13世への兵士協力も惜しまずに動いた。特にヤーデが保有する海軍は無双の強さを誇っており、東大陸の兵士たちを圧倒したと言ってもいい。バケットヒルで13世を助けて14世軍を撃破するとギュスターヴと共にテルム入城、その後も相談役という立場についてフィニー王国の安定を後押しする。

 カンタールに嫁いだ13世の妹マリーがムートンの知略で引き戻されるといち早く彼女を保護し、その世話を申し出たのがケルヴィンだった。その翌年には13世からの正式な許諾を得てマリーと結婚。これにはナ国への僅かな反逆も意味していたが、ケルヴィンはそれらを押し切る形で関係を結んだ。ヤーデに戻ったケルヴィンはしばしの新婚生活を穏やかに過ごすことになる。
 しかし1269年、ギュスターヴ13世が南方遠征で帰らぬ人となるとケルヴィンの立場は一気に危うくなる。当時建国されていたハン・ノヴァに息子のチャールズたちと引きこもるようにして陣取り、ギュスターヴ帝国の後継者的な位置に置かれることになる。しかしケルヴィンが属するのはあくまでもヤーデ、ナ国であり、そのままでは諸国の納得は得られるはずもなかった。その過程ではカンタールと幾度となく戦いを引き起こすことにもなるが、この時としてはカンタールのほうが正式な東大陸の統一者であった。
 ところが1288年にカンタールが病死すると再び世情は動き出す。ギュスターヴ13世の後継者ケルヴィンと新たなる覇王とならんとしたカンタールとの戦いが終息することでケルヴィンは事実上の東大陸覇王となるのだ。しかしカンタールの娘ヌヴィエムの行動もあって晩年まで戦いに明け暮れることになり、1292年ハン・ノヴァにて心労が祟り死去することになる。74歳であった。

ソフィーへの憧れとマリーへの想い
 13歳という幼い時分に出会ったソフィーはケルヴィンに大きな影響を与えた。ケルヴィンはもとより、父トマスから弱者を守るべき存在になるようにと教育されてきたのもあり他国から亡命したギュスターヴ母子はまさに立場が弱く守るべき者に見えていた。特にソフィーは女性ということと夫であったはずの12世に理不尽にも追放されたという経緯を知り、より一層に気に掛けていた。しかし、ソフィーの優しくも気高い心に触れるうちに憐憫は憧れに変化し、ケルヴィンの心境も少しずつ変わっていく。
 結局はソフィーの病死により憧れは儚くも甘酸っぱく終わることになるが、ソフィーの娘マリーと出会ったケルヴィンに衝撃が走る。生き写しに近い容姿と性格、そして年代の近さに憧れははっきりとした恋心として燃え上がる。常に冷静であるべきの信条を半ば放棄するようにしてケルヴィンはマリーに恋焦がれ、その後カンタールに嫁いだ彼女が帰国すると同時に結婚の承諾を13世に取り付けて婚姻関係を結ぶことになるのだ。

マリーとの結婚
 ギュスターヴ13世の旗下として動き、軍隊派遣だけでなくついには13世と血縁であるマリーを結婚相手にしたケルヴィンだが、彼は本来ナ国の人間なので基本的に他国と関わるすべての行動に対してナ国王であるショウ王の許可が必要である。それまで軍隊を派遣していたのもすべてショウ王に許しを得てのことだったが、これに関してはケルヴィンというよりもケルヴィンの父トマスの影響が大きかったのが理由である。トマス卿はショウ王の父スイ王から仕える忠臣でありナ国全体からの信頼も非常に厚かったのだ。
 13世の思想や息子の立場も理解していたトマス卿は自分の持てる全力でケルヴィンを支持しており、ケルヴィンの起こす行動を黙認してもらうために影ながら奮戦していた。スイ王以上にショウ王に忠義を見せ、そしてショウ王としてもそうしたトマス卿の行動に敬意を払って許可を与え続けてきた。親の心子知らずとはいうが、まさにトマス卿の存在あってのケルヴィンの自由行動でもあったのである。

 しかし、そんなショウ王でもケルヴィンのマリーとの婚約については怒りを見せることになる。ケルヴィンはギュスターヴ13世、つまりフィニー王国の家臣でもなんでもないナ国の人間であり貴族である。そんな立場の人間が他国とつながりを持つことはそれだけで眉をひそめることであるが、ギュスターヴ13世はさらに東大陸はおろかサンダイル全世界を掌握しようとして動いている人物だ。もしこれが本当であればこれは大変な裏切り行為であり、さすがのトマス卿もこの時はショウ王の怒りを鎮めるのに苦心することになる。
 そして思いついたのがケルヴィンの利用方法である。もしギュスターヴが今後ナ国に対して敵意を見せた場合はケルヴィンを暗殺者として任命するとショウ王に約束を取り付けるのだった。このことはケルヴィンも知るところとなりトマス卿同様にケルヴィンもショウ王に改めて誓いを立てることになるが、もし実際に13世が生き続けて南大陸を掌握しようとして動き出していたとしたら、あるいはケルヴィンは親友か故郷かの二択を迫られることになったのかもしれない。

友情と忠義
 ケルヴィンの立場は生涯を通じて危うく、そして曖昧なものだった。ナ国に忠義を誓った貴族であるにもかかわらず親友である13世の属するフィニー王国と関わりを持つのは、それぞれの諸国王から懐疑の目を向けられ続けることであった。
 ケルヴィンの正直な気持ちで言えば、ギュスターヴ13世に忠義を示していたのはひとえに13世の掲げていた「術不能者の地位向上」という部分に共感してのことだ。トマス卿に騎士道精神を叩き込まれ、弱者を守る意識を人一倍持っているケルヴィンからすればまさに理想的な世界が作られると夢想したに違いない。持てる力のすべてを賭して13世に協力したのもそうした謂れである。

 しかし、こうして13世に加担し続けることはケルヴィン自身の気持ちは晴れても周囲の視線は冷たくなる一方であった。それは実子であるフィリップ3世がファイアブランドの儀式に成功した時に最高潮に達してしまう。このまま自分の息子がフィニー王国に属することになればそれは大いなる裏切りであり、さらに言えば儀式をしたことは公には発表していなかった。もし公表した途端、ケルヴィンとその一族はナ国だけでなくメルシュマン諸国や他の国々からも非難の対象であるばかりか国賊として攻め滅ぼされる可能性すらある。
 もちろん、ナ国の顔を立てるであればギュスターヴ13世の築き上げたすべての領土およびハン・ノヴァをナ国の領土としてしまえばショウ王への顔向けと忠義は果たされる。しかし、ケルヴィンとしてもそれは不本意であり、なによりも親友の目指した夢を自身の故国だろうとも売り渡す気はなかったのである。

 晩年のケルヴィンは生涯を通じての宿敵となったカンタールと戦い続けることになるが、この頃のケルヴィンは日々悩まされ続けていた。カンタールの掲げた理念はいかにももっともらしく、ナ国に属する自分のほうが不穏分子であるというのも世間的に見ればもっともな話であった。自分が挙兵するたびにいらぬ争いが続いてしまい、結果として平和な世の中は遠のいていくのでは…こうした逡巡が結局は戦局を長引かせてしまったのは皮肉もいいところだが、唯一の救いとしてはカンタールの統治下で再び差別されだしてしまった術不能者を戦いによって解放していくという点においては有意義な成果を残したと言っていい。
 その後カンタールの病死により平穏が訪れ、ケルヴィンは自身が提示した盟約を諸国と取り結ぶことに成功する。さらにラウプホルツと激突したソールズベリの戦いにも勝利するも2年後に苦悩と迷いのなかで死去することになるのだ。

 ケルヴィンは自身が生きている間には自分の行動が果たして正解であったのかはついぞ知らぬままであったが、その後のサンダイルの歴史ではケルヴィンの孫デーヴィドが改めて盟約のもとに諸国を取り纏め、実に50年間に及ぶ和平を築き上げたのだ。


カンタール

 戦乱の渦中であった1229年、オート候アッバースの嫡男として生まれたカンタール。この頃はフィニー王国が波に乗っており、敵対関係であったオート候としては劣勢に立たされていた矢先のことであった。相次ぐ戦いを縫いながらもカンタールは次期当主を期待されて英才教育を受けるが13歳になった時に父アッバースがフィニー王国との戦いのひとつとしてマニクール平原遠征のさなか戦死し、翌年には14歳という若さでオート候当主の座を継承することになる。
 しかし、継承をしたといえども敗戦したばかりのオート侯国の窮地は拭われないままであった。オートの貴族たちは隷属の道を提案するが、カンタールの思惑はあくまでも講和と同盟であった。13世の妹であるマリーと婚姻関係を結びオート領の半分をフィニー王国に寄贈したのもこうした同盟信念に基づいての行動であったが、そのたびにオート侯貴族たちからの不信感を買い続けることになる。しかしカンタールはそうした一切には目もくれず、フィニー王国に協調する姿勢を取ったのちは政務に注力しフィニーの良き属領国として14世の信頼を得ることに集中した。
 こうしたフィニー王国への忠臣ぶりはしかし、続くバケットヒルの戦いで14世軍を傍観するだけに留めたという裏切り行為によりいったんは白紙と返される。カンタールの視点はもはや14世から新たに台頭した時代の嬰児、13世へと向けられていたのだ。

 やがてギュスターヴ13世がフィニー王国の統治者となりメルシュマン地方を制圧しようとする時期、13世はその政治的手腕だけを見込んでカンタールに様々な任を与えた。鉄鋼生産業のための鉱山管理官としての任命だけでなく13世が建国されたばかりのハン・ノヴァに移動する際には引見するなど、マリーとの冷たい関係を脇に置いてでも13世がカンタールに期待していたのは見て取れる。
 そしてカンタールに好機が訪れたのは13世の弟フィリップが死亡したことでテルムの統治権を任命された時である。長らく政務に掛かり切りで温め続けた野望をついにカンタールは始動させるのだ。居留守役という形ではあるがテルムの統治を任されたカンタールは20年という歳月をかけてメルシュマン地方の諸国、貴族や民衆のすべての支持を得ることに成功。ギュスターヴ13世が横死したあとにはその勢力を受け継いだケルヴィンと生涯をかけて戦い尽くし、一進一退の攻防を展開させる。しかし1288年、それまでにも何度か病床に伏せることが多く戦いの最中にも血を吐くなどしていたカンタールはついに戦場のなかで病死してしまうのだ。

 戦いでの短期的解決より内部からじっくりと煮固めて一気に畳みかけるというカンタールの政治的手腕は見事なものであり、20年という歳月をかけただけあってメルシュマン諸国からの信望と支持は確かなものだったと言える。
 惜しむらくは多数の女性と関係を持ちそれぞれの子供を等しく認知してしまった結果あまたの子孫を作り出してしまい自身の後継者という正当性を失って血族争いの引き金を作ったことと、13世の死後は彼が構築した術不能者の安心できる社会を再びもとの差別社会へと引き戻し、鉄鋼産業も解体してしまったことである。こうした政策は後世に至るまで重大な失策としてカンタールと共に語られることになってしまう。

忠誠心に隠れた野望
 カンタールはまさに、時代が生んだ策略の申し子である。
 彼が自在に動けるようになった時のオート候は敗戦したばかりでもあってフィニー王家と敵対するだけの力は持っておらず、正面から戦いを申し出てもあっさり返り討ちにされるのは明白であった。そんなフィニー王国に抱いた敵愾心をカンタールは生涯持ち続けて醸造に励むのだ。
 ギュスターヴ13世がカンタールの政治的手腕を評価していたのと同様、カンタールも13世の偉業には同調と評価を送っていた。もっとも、それは術不能者の地位安定やアニマや術の不要な世界作りという部分ではなく、もっぱら覇道を邁進する13世の勇猛ぶりに対してである。そしてまた、静寂に徹することで力を蓄え、いつかの逆転劇に備えようともしていた。

 そしてその日はさほど待たずして訪れることになる。フィリップの死去によりテルム統治者が無人と化す窮地を13世はカンタールに居留守役とすることで回避したが、これは実質的にカンタールがテルムの統治者になったと同意義だった。13世がハン・ノヴァに移動しケルヴィンと共に南部への進軍を計画している頃からカンタールはテルムで派閥を作りながらゆっくりと機会をうかがっていた。
 また、派閥作りに関してはスムーズであったのは事実であり、当時のギュスターヴ陣営はケルヴィンの存在が働いてワイド家臣やヤーデの臣下などナ国に関連する人間が多くを占めていた。こうした陣営内の構図に不満を唱えるメルシュマン諸国は多く、カンタールはこうした諸侯を中心に自身の支持を仰ぎ協力関係を築き上げていくのである。

 転機が訪れたのはギュスターヴ13世が陣没してからである。この報せを受けたカンタールは待ち構えていたかのように動きを見せ、まずは抱えていた諸侯の支持を受けながらヤーデ伯ケルヴィンの撃破を画策。ハン・ノヴァに取り残されたケルヴィン一族はやむなく撤退となり、放置された都市にはモンスターや野盗がなだれ込み炎上崩壊となる。これは結果的にケルヴィンが13世の国を見捨てたという構図となり、それまで13世及びケルヴィンを支持していた諸侯も一部はカンタール陣営に移動し、ケルヴィンはさらなる窮地に追い込まれることになる。
 ケルヴィンの撤退で事実上東大陸を制覇したカンタールは13世の推し進めた鉄鋼製品や鋼の軍隊を解体し、術不能者の差別も再開するなど以前のような術全盛の社会に作り変える政策を打ち出していく。これらはギュスターヴ13世の成そうとした社会を自身が塗り替えるということで遺産の廃棄を意識しての行動であった。しかも表面的にはまったくカンタールの手は汚れておらず、まさに策士としての真骨頂がここで花開いたと言ってもいいだろう。

マリーとの関係
 カンタールと婚姻関係を結んだ13世の妹マリーの関係は冷え切っているというのが大方の見解である。カンタールは当時16歳という若者であったが、年上となる18歳のマリーは美しく気品に溢れた淑女であった。もちろん政略結婚という構図ではあったもののマリーとしてはカンタールに尽くし夫として愛していたがカンタールはそうではなく、マリーのこうした誠意すらも自分を愚弄する態度に過ぎないとして嫌悪し忌み嫌い、そばに置こうとしなかった。
 それは自虐も絡んだ彼なりの若さゆえの反抗心でもあっただろうし、フィニーに敗北して間もない傷がまだ癒えていなかったことも理由として大きかった。

 ギュスターヴ12世が死去することでカンタールは堰を切ったようにしてあらゆる女性と関係を持ち何人もの子を持つようになる。その様子は長年フィニーに対して思っていた敵愾心をマリーへの冷遇として表していたようでもあった。マリーはこうしたカンタールの心中を知ってか知らずか献身的に過ごしていたが、ムートンの策略により13世のもとにマリーが召喚されるとカンタールは二つ返事でこれを了承。マリーを近くに置かなくなったことでフィニーへの因縁も薄れ、晴れて心身ともに自由の身となったと感じただろう。
 それでもその後のカンタールの女性関係は荒んだものですらあった。多くの女性と関係を持ち特定の一人を作らなかったカンタール。もし彼がソフィーを知り、彼女の慈愛に触れていたならばどうだったであろうと想像するのは酷であろうか。カンタール同様に戦いに明け暮れて荒んだ心を抱えていた12世がソフィーの愛に触れて自制心を取り戻したように、カンタールも聖母のようなソフィーにより心を清められていたかもしれない。それはソフィーに生き写しとされるマリーへのどこか幼く不器用な恋心のような態度からも見て取れるのだ。

カンタール死後の血族争い
 女性関係に富んだカンタール。生涯では9人もの女性と関係を持ち、マリーと婚姻関係を結んだ時にもすでに3人の女性を側に置いていた。マリーとはついに子を成さなかったが他の女性との子供は総勢で27人にものぼる。しかもカンタールは子供のすべてを認知し自領を分配し与えていく。ただし27人すべてが平等に扱われたかというとそうではなく、母子に対するカンタール自身の感情で左右されていたため不公平な分配も多かった。
 カンタールが病気を患い、それが治癒のできない難病ということが子供たちに知れ渡る頃にはカンタールの後継者となれる者は20人以上の数になっていた。それぞれは次期メルシュマン当主の座を狙って熾烈な血族争いへと突入していく。それにはメルシュマン諸国の有力貴族や母縁者、あるいは弱小の諸国を手中にして味方を増やすなど様々な手段が講じられていた。

 陣中で病没したカンタールの死後はこうした血族争いが激烈化するそんななか、カンタール9番目の子であったヌヴィエムは単独でヤーデ伯に対して謀略を仕掛け破滅させようとする。混乱のさなかということもあり見事に謀略は成功、ヤーデ伯はロードレスランドから撤退の憂き目を負い一時は鎮静化していたはずの反乱が再び再燃することになる。ヌヴィエムは謀略の成功を喜んですらいたが、腹違いの姉妹でありつつも養子としていたカンタールの23番目の娘プルミエールに自身の過ちを指摘されさらには期待を寄せていたプルミエールが貴族という家柄を捨てて飛び出していくのを見て自分の過ちを認めることになるのだ。
 その後ヌヴィエムは不毛な血族争いを続ける各地の兄弟たちを次々に討伐し、内乱を起こしたすべての領主や貴族たちを処刑して回る。それらに代わる後任としては自身が信頼に足る人物を抜擢し、ヤーデ伯デーヴィドのハン・ノヴァ征伐軍には全軍を挙げて支持と協力を申し出た。連合軍が勝利を収めたと聞くとヌヴィエムは自身も座を退き静かな暮らしに戻ることになる。

 見事な謀略とその成功を収めたヌヴィエム、術は不得手ながらそれ以外の武器を使った戦いにおいては強力無比を誇ったプルミエール。この二人こそがカンタールの持つ知略と勇猛を持つ子供たちであり、血筋ではもっともカンタールに近しい後継者であった。もしカンタールが生きていればこの二人の生きざまをどのように感じたのか、それは誰も知ることはできないだろう。


ネーベルスタン

 南大陸はワイド近隣にある自治領のひとつに生まれたネーベルスタンは、名将とナ国では有名だったストーレ将軍の嫡男として成長する。ネーベルスタンが幼い頃にストーレ将軍はワイド領主に招かれることになり、当時は自治権を巡ってナ国に反目していたワイドの軍事面を支えることとなった。
 時代が進みナ国とワイドの関係も落ち着きを取り戻し、双方の国交も再び開始された頃合いに8歳のネーベルスタンはグリューゲルで10年間の留学生活を送る。18歳、見聞と勉学を収めたネーベルスタンはいったんは帰国するがすぐに冒険の旅に出発。南大陸のあちこちでモンスター討伐を始めとした危険な稼業をこなすなかで二人旅をしていたシルマールとナルセスと出会うことになる。その時の縁がもとでシルマールから術だけでなく人の生き方や教訓を3年間でみっちりと学び取り、強さだけでなく精神的にも大きく成長する。

 26歳で冒険の旅の延長から諸国巡りを開始し、実に様々な地域で多くの見聞と知見とを得ていく。そしてこの旅では各地で多くの英雄的な功績を残しており、南大陸を中心にネーベルスタンは徐々に有名になっていく。この頃、父ストーレ将軍が引退するとネーベルスタンは父の後を継いでワイド候に仕えることになる。近衛部隊長や海軍提督を経て30歳で軍事総司令官でもある将軍として就任。ワイドを拠点にモンスターや海賊などの脅威を次々に打ち払い、常勝の名のもとに武勲を掲げてワイドの守護神となる。
 しかし、そんな無敗の将軍も1240年にギュスターヴ13世がワイドを占領した時に策略に陥って剣をへし折られてしまうことに。しばらくは自領にて沈黙を守っていたが40歳の頃にシルマールの急な訪問と仲介を受けて改めてギュスターヴ13世の旗下につくことになる。その後は13世軍の将軍としてあらゆる戦いで名将そして英雄たる姿を多くの敵軍兵士に見せつけるが、47歳の折に発生した反ギュスターヴ連合軍を退ける戦いの後は戦場から離反。主に戦略で貢献するようになるが、これは晩年に患った病のせいによるところが大きい。1264年、いよいよ死期を悟ったネーベルスタンは単身でギュスターヴ13世の元を訪れると別れを告げ、間を置かずして病死しこの世を去る。

誇り高き武骨な英雄
 ネーベルスタンは若い頃から各地を旅するなどして活躍していたため、様々な地域で彼の武勇伝を聞くことができる。ギュスターヴ13世に語って聞かせた単身での岩荒野横断突破もそうした武勇伝のひとつではあるが、彼を語る上で外せない英雄譚はラエ村の脱出が挙げられるだろう。
 ロードレスランド辺境のラエ村は地域柄もあってモンスターの脅威に日々苛まれていた。旅路のなかでこの地を訪れたネーベルスタンと機を同じくして大量のモンスターがラエ村に襲い掛かる。逃げ惑う無力な村人たちを前にネーベルスタンは槍を片手にたちまち数十匹のモンスターを征伐。さらに混乱をきたした村人たちをひとつにまとめ、戦いのできる若者を中心に即興の討伐団を組織してそのリーダーになるとモンスターを食い止め薙ぎ払いながら老人や女子供などを守りながらヴェスティアまでの退路を作り、見事に窮地に陥った村人たちを救い出したのだ。

 父の引退後ワイド候に仕えてからは彼のこうした英雄的な素養はそのまま指揮能力として発揮されることになり、瞬く間に海軍提督を任命されるとワイド近海に良く出没する海賊たちの偽装船団を殲滅するなどしてワイドの民もネーベルスタンの功績に喝采を浴びせることになる。
 しかし、そんな立派な英雄であり将軍であったネーベルスタンもギュスターヴ13世の策略でムートンが失脚するとこれに抗議するという意味で自領の家に蟄居し沈黙を守ってしまい、結果的にワイドを13世に奪取されてしまう。将軍であると共に戦略家でもあったネーベルスタンとしては痛恨のミスではあったが、逆に考えればそれだけ誇り高く堅固な意思を持つ武人でもあったという証拠にもなるだろう。

英雄の幕が下りる時
 1264年、13世が44歳の折にネーベルスタンは病に伏せっていた自宅から一人で歩いて13世の前に謁見しに来た。動くのも億劫そうにしながらも真っ直ぐに13世を見るその強い意志が灯った将軍の視線にさすがの覇王と言えども二の句を告げられず硬直してしまったという。
 ネーベルスタンは自分の死期が近いのを悟り、まだ動けるうちにと長らく仕えた主君でもある13世の謁見を希ったのである。しかし、口を開いた将軍が語ったのは重々しい別れの言葉などではなく、彼が若い頃に実行したグリューゲルからフォーゲラングまでの間に横たわる岩荒野の単独突破の話であった。時には自嘲気味な笑いを交えながら話す老いたネーベルスタンの姿にギュスターヴ13世だけでなく全員が聞き入っていたが、話を終えて帰っていく彼の姿は満足そうであったという。
 ネーベルスタンはおそらく、ギュスターヴ13世に「若い頃のような無茶はするな」といった類の訓戒を渡そうとしていたのだろう。それは先に行く者があとにいる若者に残すよくあるありきたりな言葉であったが、それを自身の無謀な冒険と重ねて赤裸々に語るあたりがネーベルスタンが13世をよく信頼しているという証拠にもなる。13世がそれを得心したのかはともかく、最後まで英雄は英雄として在ろうとしたのだ。


ムートン

 ワイド候の政治顧問であるタレランの長子として生まれたムートンは幼い頃から父の仕事ぶりを間近にしながら成長した。タレランは平民の出でありながらも才能を見せてワイド候に認められ辣腕を振るった政治家であり、その名は東大陸にも知られるほどの逸材であった。当時ワイドは自治権を得るためにナ国とは反発関係にあったが、それらの補佐や対処にタレランは活躍していた。
 ナ国との会議でもワイドの利権を守り、自治国として独立することを訴え続けたタレランの弁舌もあってワイドは半独立という地位を勝ち取ることになる。これを評価されたタレランはワイド候から子爵として認定され、貴族の道を開くことになるのだ。そして、ムートンはこうした類まれなる才能を振るう父の仕事を横で手伝いながらも政治的な手腕を間近で学び取り成長する。

 タレラン引退後はムートンはそのまま政治顧問を引き継いで政務に励んだ。父の功績により子爵という貴族の地位は残っていたが、ムートン自身の政務は民衆を中心とした考え方に寄っておりその点では一般市民からの支持は厚かったが貴族たちからはやや煙たがられる存在であったらしい。しかし、ワイド候失踪や跡継ぎとなったシャルル変死などのワイドにおける事件の数々に精力的に対応処理し、ムートンは政治や行政面では最高責任者となるまでに出世する。
 1240年、ギュスターヴ13世がワイドを奪取しようとした際に策略に陥り失脚を余儀なくされるが、13世による新しいワイド領統治が発足すると再び傘下に加わりそれまで通りの辣腕を振るうようになる。以後は13世に付き従って政治や行政の机仕事を取り仕切り13世の覇道を影で支えた立役者となるが、南方遠征に手を延ばそうとする13世の構想に真っ向から反対し更迭されることになる。その後も再び返り咲くことを望んで立ち回るが1267年にハン・ノヴァにある自宅で死去する。68歳であった。

第一なのは民の幸せ
 ムートンの政治的な考え方においての優先順位としては第一に領民たちが居た。本人も人当たりが良い温厚な人柄であったが、時に主君の不利になろうとも領民や一般市民を優先とした政務を遵守していた。そうすることでひいては主君にとってもプラスになると考えてのムートンの思想であり、時に不興を買うことになっても強く実行を推し進める肝の強さも備え持っていた。
 13世がワイドを奪取した際にはムートンも失脚させられているが、その時の遺恨を無視してでも改めて13世に仕えて政治や行政に携わることを強く望んだ。ムートンにとっての第一は領民であったので頭が誰であろうと特に関係がなかったというのが実情である。個人的な感情に囚われず、あくまでも民を思ってそのためだけに自分の才能を振るおうとしたのである。
 のちに南方遠征を反対し13世に更迭されてしまうが、それが原因でムートンという有能な人物を失ったギュスターヴ陣営はハン・ノヴァの崩壊を呼び寄せることになると思うとムートンの存在の大きさが分かるというものだろう。

ムートンの策略
 カンタールに嫁いだ13世の妹、マリー。カンタールのもとで冷遇を受け続けている彼女に憐れみを感じた13世はすぐにでもマリーを自分の元に引き戻しカンタールと離縁させようと考えていた。しかし、当時のメルシュマンにおいてギュスターヴの親族と関わりを持つというのはそれだけで有力な立場を確保できることでもあり、カンタールがそう簡単にマリーを手放すとは思えない。
 この件を13世から相談されたムートンはすぐにオート候に単身で赴いて、カンタールの眼前で弁舌を振るった。それは女性関係の奔放さとマリーの処遇に関する歯に衣着せぬ物言いであり、さしものカンタールもこの時のムートンに反論の余地もないまま言葉を失ってしまうのだ。ムートンはさらに大胆過ぎる条件やポストの提示でカンタールの立場もそのままにマリーだけを引き剥がすことを要請。最終的にはカンタールも謀りに落ちたことを理解しつつもマリーとの離婚を同意してしまった。策略家という意味ではカンタールも相応の力を持っていたが、ムートンのほうが一枚上手だったということだろう。

 この際にムートンは二重の策を弄しており、次期フィニー当主をフィリップとしてカンタールの元から戻ったマリーがノール候となると発表する。ノールとオートは長年の敵同士であり、形式上ではカンタールがこの発表を受けマリーと離縁したという構図になった。ムートンの言葉通りマリーはその後ノール候となるが、すぐに体調不良を理由としてノール候領をフィニーに返還することに。そしてマリー本人は療養という名目でハン・ノヴァに移動したのである。これらの画策を一手にしたムートンはまさに策士としての一面も持っていたと言えるだろう。


レスリー

 ナ国グリューゲルでは名門とされるベーリング家の次女として生まれる。気負うことの少ない次女という立場も手伝って快活で明るく、そして滅多なことでは動じない肝の強さを持ったたくましい性格を形成しながら少女時代を過ごす。
 祖国を追放されグリューゲルに渡って来た13世と出会ったのはレスリーが6歳の頃。手の付けられない乱暴者であちこちで自暴自棄を爆発させる13世は同年代の子供たちはもちろん大人たちからも敬遠されており、それが原因でさらに感情をくすぶらせるという日々を送っていた。ギュスターヴの姿はレスリーも見かけて知っていたが、人々から嫌われる13世の本質を離れた場所からではあっても気が付いていた。フリンが13世にいじめられているのを見かけた際には真正面から13世を制止し厳しくも優しさを伴った意見で釘を刺したこともある。

 14歳になったレスリーはベーリング家の伝統に従ってヤーデ伯のもとで礼儀作法を学ぶ。ヤーデ伯は代々老若男女問わず誰に対しても礼儀を尊重し実行する騎士道精神溢れた家風であったのも理由である。そんなヤーデにて同じく母ソフィーと共に移住していたギュスターヴ13世と偶然の再会。住まいを身近にする同士でなにかと接することも多くなり、レスリーは敬愛していたソフィーが病床につくと知るとみずから看護を申し出るなどして献身的に尽くし、それはソフィーが病死するまで続けられた。
 その後はワイドを手に入れようとする13世をフリンと共に援助したり、良き相談相手、そして友人としてギュスターヴ13世を支え続けた。表立った功績などは無いまでも、東大陸に上陸した13世の元に生涯かけて付き従いあらゆる手助けを続けて身近に居場所を構えて過ごした。それは13世が陣没するまでの長い間続くことになり、晩年は故郷グリューゲルで平穏な日々を送ることになる。

ギュスターヴとレスリー
 名家に生まれるも次女という一種気楽な立場のお陰で自由に街に出ては一般市民たちとも気軽に付き合って毎日を過ごしていたレスリー。何不自由のない生活と発言や行動の自由を与えられた恵まれた環境が手伝って活発な性格が形成されるが、そのお陰で13世という特殊な境遇の人物と知り合えたのである。

 当時、ギュスターヴ13世は乱暴者で通っていたが、そうした暴力を受けながらも離れようとしない子分のフリンと二人は常に一緒に居た。この不思議な関係にレスリーも頭をひねることになるが、それが術が使えないことに劣等感を抱いた13世と術不能同士という接点だけで13世を慕い続けるフリンの本質によるものだと聡明なレスリーは気が付くのだ。
 アニマも平均的に所持し、名家として金銭面についてもなんの不自由もなく暮らしていたレスリーにとってはこの二人の関係は当初のうちは戸惑いすら覚えたがすぐにも本質を理解。特に13世に対してはひとかたならぬ感情を抱いていたようで、長年付き従っていた関係を見ても彼の心情を理解したいというレスリーの強い意志が現れている。

 実際にソフィーが病死するまで看護をしたのちも彼女が13世のもとを離れることはなかった。幼いうちはそこまでには至らなくても、成人し感情が恋心や愛情を含めたものになったとしてもなんら不思議はないだろう。そしてそれは13世としても同様であっただろうが、結局この二人が婚姻関係を結んだという歴史はどこにも見当たらない。それはメルシュマンと東大陸の統一を掲げて邁進するギュスターヴ13世の覇道にはそうした関係は不要むしろ邪魔になりかねないとした両者の想いが一致したところもあるだろう。

レスリーの本意
 レスリーはソフィーを心底敬愛していた。それと同時にソフィーの持つ奥深い慈悲の心に幾分かの嫉妬を感じていた。ソフィーの前でだけ見せるギュスターヴの心底安心したような表情と、ソフィーだけが持つことを許された母親としての情愛の一切を見るたびにレスリーは微笑ましく思いながらも僅かな苦悩を感じていたに違いない。
 ギュスターヴの持つ苦悩、そして成し遂げようとする覇業をレスリーは心底で理解し、協力することを誓っていた。その道中に際しては13世の結婚や出産は邪魔になると考えており気持ちを言い出せず仕舞いであった。それは13世としても同様であり、身近にいる女性では一番の理解者としてレスリーを思ってはいたが関係を結ぶことは政治的に利用されるなどデメリットも付きまとうとして行動には移せなかった。

 つかず離れずといった両者であるが、レスリーはすでに愛情というよりも母性という意味でギュスターヴを見ていたのかもしれない。あるいは恋人でもあり友人でもあり、そしてなによりも13世を理解し同調する母親という位置すらも自分のなかに見い出そうとしていたのかもしれない。
 フィリップが事故により死亡するとギュスターヴは急速に自身の野望を達成しようと走り出す。ほとんど修羅同然の覇道を突き進む13世に反目する者は多く、ムートンなどはそれが理由で更迭までされてしまっている。レスリーとしてもこの頃の13世のすべてを理解するのは難しくなったそんな矢先のギュスターヴ13世陣没。衝撃はメルシュマンだけでなく東大陸全土に響き渡ったが、誰よりもレスリーやケルヴィンの受けたそれは計り知れなかっただろう。
 ギュスターヴ亡き後はハン・ノヴァから故郷グリューゲルに帰国したレスリーは静かな余生を送ることになる。生涯で結婚や出産をしないままだったのも、彼女が恋人としてまたは母親として愛を注ぐと決めた男性がこの世にたったひとりであったことの証拠かもしれない。


フリン

 ナ国グリューゲルの貧民街に生まれたフリンは幼い頃からアニマの力が弱く、術不能者というレッテルを貼られて成長した。ナ国のある南大陸はクヴェル伝来が遅かったことからアニマの強弱はさして問題視されなかった国風ではあるが、術社会全盛期の当時では南大陸といえども差別を撤廃するには至らず、術不能者の肩身は狭かったと言えるだろう。フリンは術の代わりに道具類を使って日常生活を便利にしていたが、こうした努力すら周囲の人々からは冷笑と差別の原因となってしまいイジメの対象になっていたがそんなある日、東大陸のフィニー王国から亡命してきたギュスターヴ13世と運命的な出会いをするのである。フリンが6歳の頃であった。
 13世は術不能者というよりもアニマをまったく持っていないために術という概念を持たなかっただけだが、当時の人々からすれば術を使えないということは等しく差別の対象であった。フリンもまた同胞であると思って13世に近寄るが、当時の13世も術不能者の苦悩を抱えていたこともあり乱暴者で有名だった。何度となく13世に殴られて追い払われながらもフリンはめげずに彼に付き従い、子分として共に在ろうとしていた。

 時代は過ぎてギュスターヴがヤーデ郊外のファウエンハイムに移住するとフリンもまた同行した。特に術不能者にもとから優しく接していた13世の母ソフィーの世話も大きかっただろう。そのソフィーが病没し13世がワイド奪取に奔走するようになると改めてギュスターヴの子分というよりも部下として協力を名乗り出る。諜報活動の分野においてフリンは活躍するようになるのだ。
 13世が東大陸に上陸し、フィニー王国の統治者となり南方遠征を画策していた頃合いにもフリンはギュスターヴの思想に共感しつつ諜報活動でその支持を続ける。そうした活動のなかでロードレスランド辺境にある村にて野盗退治を成功させ、その過程で孤児のダイクを保護、自身の養子として迎え入れることにする。
 そして1269年のメルツィヒ砦にて、ギュスターヴ13世と共に南方遠征に同行していたフリン。しかし突然のモンスターの襲撃に対応すべくヴァンアーブルらを守りながら砦から退避するも13世の姿が見えないと知ると追いついたダイクにヴァンアーブルを託し、炎に包まれた砦に単独で引き返しそのまま行方不明となる。ギュスターヴ13世はこの時に陣没することになるが、フリンもまたそれに殉ずる形で死去したというのがおおよその見方である。常にギュスターヴの子分として仕え、その最期の時まで身を尽くしたフリンは黄泉の国でも13世を守るようにして付き従っているのかもしれない。

境遇が似て非なる友
 術不能者として追放されたギュスターヴと出会ってすぐ、フリンは直感的に自分と理解し合える人間だと感じたに違いない。サンダイルの人々のうちでは術不能者は全体数も少なく、したがってフリンとしても同年代の術の使えない友人は皆無であった。そうしたなかでほとんど初めて出会った境遇の似た友人であり、苦しみを分かち合える仲間だとフリンは痛感したのだろう。レスリーもまた、術不能者という点では異なるが理解し合う友人であったのは事実だ。

 最初のうち、ギュスターヴはフリンだけでなくレスリーに対してもなにかと傲慢でケンカ腰に付き合うが、これについても二人を嫌っていたというわけではなくどのように接すればいいか分からなかったギュスターヴなりの不器用な接し方なのだ。子供と言ってもいい年齢で重すぎる試練を与えられた者にしてみれば当然とも言える行動だったかもしれない。
 フリンとレスリーは共にワイド奪取に協力してからというもの長年ギュスターヴに付き従うことになるが、そのなかで「ギュス」という愛称を用いていたのもこの二人だけであった。もちろん13世としてもフリンとレスリーに対してはひとかたならぬ情愛を持っており、無二の親友として心強さを得ていた。特にフリンは壮年期と言ってもいい年齢になってすらも「ギュスさま~」という子供時代の呼び名を用いており、ギュスターヴもまたそうしたフリンの態度を咎めようともしなかった。これは二人以外の誰にも侵犯できない関係だからこそ可能なのだ。
 まるで子供の頃にべそべそ泣きながらもギュスターヴについて回ったフリンの姿をギュスターヴは連想し、苦笑しながら応えていたに違いない。それは君主と臣下というまったく別の立場同士でありつつも等しい位置の親友同士であったはずだ。

ギュスターヴとの出会い
 フリンとギュスターヴが最初に出会った時のエピソードとしてこんなものがある。
 6歳の折にフリンはギュスターヴと出会うことになるが、その頃のフリンは貧民街で貧しく暮らしていたせいもあって周囲から蔑みと差別の対象にされていた。術が使えないからというよりも身なりや住まいをバカにされていたという有様で、アニマを必要としない手製の道具を頼りに日々を過ごしていた。そうした道具類のなかには魚を釣る竿と針もあり、フリンはある時この手製の釣り竿でグリューゲルを流れる川で釣りを楽しんでいた。
 流れる川は優しく爽やかで、いつしか釣りに夢中になっていたフリンを不意に後ろから突き飛ばした者がいる。浅い川だったので川底に尻餅をつくだけで済んだが、慌てて振り返ったところにいたのが13歳のギュスターヴ13世だったのである。驚くばかりのフリンの目の前にギュスターヴが手を伸ばしてくる。何も思わずに差し出された手を受け取って立ち上がろうとした矢先、またも軽快に突き飛ばされてしまう。しばらくそうやって一方的にじゃれあっていた二人だったが、ふと手を止めたギュスターヴが開口一番、「この釣り竿、貸してくれないか?」。

 フリンはこの時はじめて、自分がこの少年に他の同年代の術が使える少年たちに感じていたような恐怖心を持っていないことを知った。そして、術があればツールを駆使して大量の川魚を獲るなど朝飯前であるにもかかわらず自分の持っている拙い釣り竿を使おうとする目の前の少年もまたアニマを持たないのだとまで悟ってしまう。
 釣り竿を借りたギュスターヴはそれまでの悪ふざけを脇に置いて一心不乱に竿の仕組みや針の掛け方をフリンから聞いては練習に励んでいく。その日から二人はほとんど毎日顔を合わせてはあちこちで遊び、時にはイタズラをしながら成長するのだ。ギュスターヴを「ギュスさま」という名前で呼ぶようになり、フリンはその日から一生をかけて偉大な親分に付き従う第一の子分になったのだ。


ヨハン

 この人物についてを深く語るには歴史はあまりにも軽薄だ。それはヨハンが暗殺者という特異な性質を持つ職業であったからという理由が大方である。標的を速やかに処理し感情を無くす、それが暗殺者の当然の掟ではあるが、そうした以前にヨハンを始めとした暗殺者は確かに人間であり感情を完全なる無にすることは不可能である。彼にもやはり人生がありそこには悲喜劇が伴っているのだ。

 生年や出身地、一切の記録は残っていない。しかし僅かな伝え聞きからすれば貧民街で生まれ育った孤児であり、その日暮らしで時には軽犯罪に手を染めながらも命を維持してきたという。10歳の頃に野盗たちに連れ去られることになるがその過程で暗殺集団のことを知り、行くあてもないままでこの暗殺集団「サソリ」に入団することになった。

 その日から死と隣り合わせの修行が始まる。サソリの暗殺術は特殊な方法であり、自身のアニマを一切押し隠してアニマ的な察知をされないように振舞うという修行をまずは成功させねばならない。それ以外にももちろん刃物を始めとした武器類の訓練、あるいは術の知識も必要であった。一心不乱に修行に身を費やすヨハンだったが、ある日集団内でも仲の良かった親友が訓練の一環で死亡してしまう。その時にヨハンの心中に暗殺はあくまでも指令であり、自分にとってはなんの意味もない行為ではないか、という疑念がわき上がるのだ。
 年齢を重ねると共に疑念は最高潮に達する。そしてついにヨハンはサソリから抜けることを決意するのだ。しかし、暗殺集団からの脱退など当然許されるわけもなく、逃亡という形を取るしか手はなかった。この逃亡は長く続くことになり、サソリ側としても暗殺術の秘密を知る暗殺者が逃亡したままでは自身たちの身も危うくなる。ヴァイスラントにまで及んだ逃亡劇は最終的にハン・ノヴァの近郊で追いつかれることになり、ヨハンは絶体絶命の危機に瀕してしまう。そこに現れたのがハン・ノヴァに移動して間もない覇王ギュスターヴ13世だったのだ。
 ギュスターヴはアニマを持たないため、アニマを暗殺の拠り所としているサソリたちには当然暗殺術の類が通用しなかった。あっさりとサソリの追っ手を蹴散らした13世は傷を負いうなだれるヨハンに手を差し伸べる。事情を知った13世の任命となによりもヨハン本人の望みもあって、改めてヨハンはギュスターヴ13世を影から警備する隠密として働くことになるのだ。それは彼が身に回る毒で命を失う直前の1269年まで続き、メルツィヒ砦にて最期の時まで主君たる13世と共に在ったのだ。

紅いサソリ
 暗殺集団「紅いサソリ」。この集団の名前は裏業界では伝説に近く語られる。それというのもサソリの暗殺術はあまりにも独特で他の誰も真似のできるものではなく、ほぼ100%に近く標的の命を奪い取ることが可能だと評判だったのだ。もちろんこれには死を覚悟した訓練の果てに手に入れることのできる技能であるが、このサソリのなかでもアサシンとして有名になった一部の優秀者は仲間内からも恐れられるほどの暗殺術を心得ている。
 彼らとの連絡方法はまったくの不明であり、仲介者や伝令者の一切が存在しない。一説としては街の掲示板などに依頼を書いた紙を貼っておくとある日突然エージェントが現れて正式な依頼を請け負うという。これ自体もほとんど眉唾レベルで人々の間で言い交わされる話であるが、実際に一部の諸侯や国家ではサソリの暗殺を頼りにしているところもある。
 実際、彼らの暗殺術も神秘的とすら言える魔法のような方法である。自分のアニマを他者から完璧に隠してしまうことでアニマ的な感知をされないようにしてしまうこの方法は、現在アニマに頼って生きているすべての人からすれば恐怖でしかない。それというのもサンダイルの人々は他人がそこにいることを認識する際に「アニマが感応するか」という精神的な感知を頼りにし、そこから次に視覚や聴覚などで物理的に他人の存在を確認しているのだ。これは術不能者とされる者だとしてもほんの僅かなアニマを持っているのでサンダイルの人間であれば等しく全員が持つ無意識の感知である。サソリたちは仲間内同士だけでは別の方法で連絡方法を備え持っているらしい。

 しかし、こうしたアニマの感知を無効化するという方法はアニマが弱いではなくまったく持っていないギュスターヴ13世には通用しなかった。ギュスターヴはアニマの感知というものを生まれつき概念として持っていないため視覚や聴覚での感知がまず最初に来ており、無意識のうちにこうした器官での物理的感知を鍛えていた。ヨハンを追い掛けてきた暗殺者たちを退けられたのもこうしたギュスターヴならではの特質が功を奏した結果であっただろう。

 ちなみに、サソリたちはとある毒を全員が体内に保有しておりこれは生涯消えることはない。サソリに入団する際に飲まされるこの毒は耐性を持たない者はその場で即死、持っていたとしても定期的に解毒剤を服用しなければやはり死に繋がるという危険なものである。これがあるためにサソリの暗殺者たちは団を抜けるという選択は取れないのだ。

暗殺者から護衛者へ
 13世により命を助けられたヨハン。それと同時に自分が暗殺者であることや、人々から恐れられてもいるサソリという集団に属していることも詳らかになるとたちまち13世の臣下たちや周囲の人々はヨハンを敬遠し、あるいは軽蔑すらして追放せよという声も持ち上がる。だが、そうした一切を蹴飛ばすようにしてギュスターヴはヨハンに手を差し伸べ、彼に新たなる仕事を任命する。それは、ギュスターヴを影ながら守護する護衛者としての任だった。

 ギュスターヴ13世は当時、東大陸の覇権をかけてハン・ノヴァからさらに南に進軍しようとしていたがそうした行動に異を唱える者はもちろん少なくはなかった。諸侯のなかにはギュスターヴを暗殺しようとする者も皆無であったとは言い難く、城で閉じこもるよりも外出や外交に積極的だった13世には常に危険が付きまとっていたのだ。
 こうした不審人物をサソリの暗殺者として培った技術を用いて守護するというのは、ヨハンとしてもそれまでとは180度違った行動にはなったがギュスターヴの護衛に彼は何らの不服も唱えなかった。ある日、謁見を利用しギュスターヴに近寄った敵の刺客が次の瞬間突如として首から血を噴き出して絶命するといったまるで神がかった事件があったが、これもヨハンによるサソリの技術を使った護衛術であった。

 覇王の影となり暗殺者から護衛者となったヨハンだが、サソリに入団した際に飲まされた毒は確実に彼の身体を蝕んでいく。定期的な解毒剤は底を尽き、それでなくても長年毒に冒された彼の身体は限界に達していた。1269年にメルツィヒ砦にてギュスターヴ13世は窮地に陥るが、これを察したヨハンは単身で炎上する砦に舞い降りて13世に迫るモンスターの群れの前に立ち、命を賭して戦い尽くしてついに大地に膝をつく。最期の時までヨハンは主君を守り続けたのだ。


ダイク

 ロードレスランド辺境にある寒村で3~4歳の頃に孤児となり、居合わせたフリンに拾われて養子となったのがダイクである。実際はどこを出身地とするのか、そして名前や年齢も正しくは不明である。
 義父と異なりダイクは術については達者な腕前を見せ、武芸に関しても優秀であった。フリンの養子として恵まれた環境で育ったこともあり聡明で礼儀もわきまえた素質のある若者として成長していく。15歳の頃にギュスターヴ13世軍の術兵団に入団し、もともとの強い術力を遺憾なく発揮しながら軍隊のなかでも重要な位置を任されていく。南方遠征ではその流れで功績を立て、その3年後の1268年には術兵団の団長になるまでに出世。この頃は将軍ネーベルスタンが没した直後でもあり軍事的にはやや不安定であったギュスターヴ軍においては若年ながらも優秀なダイクはまさに術兵団の中心人物として武勲と功績を立て続けていく。

 1269年、メルツィヒ砦に駐屯していたギュスターヴ13世を追い掛けるように後方を行軍していたダイクら術兵団は突然のモンスターの大群と遭遇し予定外の交戦に陥る。激戦のなかで近隣の村もモンスターの襲撃を受けているという報がダイクの元に飛び込み、やむなく軍をいくらか割いて村へと急行。しかし、それらしい村も襲撃しているモンスターも発見できず立ち往生してしまうことになり、その混乱に乗じて一気呵成したモンスターが一気にメルツィヒ砦に激突、壊滅してしまう。このモンスターの襲撃とそれによる砦の炎上でギュスターヴ13世のほかフリンとヨハンは帰らぬ人となってしまう。
 メルツィヒ砦の戦いの後、義父フリンを失ったダイクはギュスターヴの遺志を継いだヤーデ伯ケルヴィンの旗下につくことになる。ケルヴィンのもとで術兵団としての敏腕を振るっていたが、メルシュマン地方を統一したカンタールとケルヴィンが交戦状態となり最終的にはケルヴィンともどもハン・ノヴァに追い詰められる。その矢先でのハン・ノヴァ炎上とモンスターの襲撃に撤退することになるが、渦中でダイクは養母を探してハン・ノヴァに舞い戻ってしまう。
 その後は行方不明となるが、一説には壊滅間際のハン・ノヴァから脱出することに成功し軍や国から離れ各地を転々としていた時に野盗に襲われた村を発見、村人の救助のために戦いに赴いた末に死亡したという。それが本当ならば、ダイク自身が孤児になってしまった原因でもある野盗たちが彼の命をも奪ったということになろうか。

フリンとの出会い
 ダイクがフリンに拾われたのはロードレスランドの辺境にある寒村である。当時フリンはロードレスランドを中心に幅広く諜報活動をして奔走していたが、それと同時に野盗たちを駆逐するための討伐軍も組織していた。これらはロードレスランドにハン・ノヴァを建設するにあたり地域の治安を維持しようとギュスターヴ13世の推し進めていた計画のひとつである。野盗の住処である小さな村を発見したフリンは急ぎ討伐軍を向かわせるが、その戦火のなかで怯えて小さくなっていたダイクを発見するのだ。
 ハン・ノヴァにダイクを連れて帰るフリンは、身なりから見て野盗にさらわれたらしいダイクを引き取って育てることにした。都の一区画に与えられていた住居で宮殿で仲の良かった侍女を招き、それぞれが婚姻関係や血縁関係を結んでいたわけではないが家族三人として仲良く暮らすようになる。

 やがてダイクは成長しフリンと共に宮殿に上がりギュスターヴ13世やケルヴィンら時代を動かす雄たちと間近で接見。萎縮して緊張していた幼いダイクに対して13世はフリンともどもダイクを笑顔で迎え入れ、友人の息子として可愛がって受け入れてくれた。さらに同年代であった術士ヴァンアーブルとも意気投合し共に術や武芸を語り合い、時には競い合って成長する。
 青年になり分別がつく頃合いになってダイクは自分がフリンの実子でないことを初めて知ることになり衝撃を受けるが、そうなっても失意するわけでもなくそれまで以上に親孝行を尽くした。野盗たちのアジトになっていた寒村でもしフリンに拾われなければそのまま死んでいたに違いない自分がハン・ノヴァの都で生活しさらにはギュスターヴ13世という覇王とも面識を持つことができ、その元で働くことさえできたのは義理ではあっても間違いなく両親のお陰だと心に刻み、術兵団に所属してからは功績を挙げることを念頭に活躍を続けた。

ダイク痛恨のミス
 大混乱に陥った1269年のメルツィヒ砦での顛末をダイクはすべてを見納めている立場である。

 当時ギュスターヴ13世が砦に駐屯していた際、後方から向かっていたダイクたちを含めた軍隊は砦後方で散開しモンスターや反乱などの対応と討伐に追われていた。しかし、異常なまでのモンスターの数にメルツィヒ砦に駐屯する兵士たちもほとんどが出払うまでになり一時的に砦の警備は薄れてしまうが、後にダイクたち術兵団がここに増援として駆け付ける算段であった。
 ダイクたちは後方の反乱を制圧後、本国から増援を得て合流してすぐにもメルツィヒ砦に向かって移動を開始する。モンスターの予想外の多さなどでやや遅れ気味の行軍であることをダイクは気にしていたがその矢先にまたもモンスターが大量に発生しやむなく交戦状態に陥る。この時の砦周辺はまさに異常事態と言ってもいいほどにモンスターが闊歩しており、さしものダイクも不審を感じ始める。あらかたのモンスターを駆逐するが、今度は付近の村が別のモンスターに襲われているという急報が入ってくる。無視するわけにもいかず村と思われる場所に急行するダイクだったがそこには無人の荒れ地しかなく、この報がすべてデマではないかという焦りも手伝ってダイクはとるものもとりあえずメルツィヒ砦に急行した。
 砦を見渡せる丘に到着するとそこにはヴァンアーブルを守って砦から脱出してきたばかりの父フリンの姿。状況を聞こうと駆け付けるダイクにフリンはヴァンアーブルを託すと二の句も告げさせず炎上し崩落寸前の砦に引き返していく。ダイクの制止の言葉は二度と父フリンには届かなかった。その後ダイクは残った兵士たちをとりまとめると指揮官として振舞い、周辺でまだ暴れ回るモンスターを殲滅して回る。

 夜が明ける。炎上は収まったが炭と化したメルツィヒ砦はその崩壊した姿を朝日の下にくっきりと浮かび上がらせる。その跡地にはもはや息のあるものはモンスターも人間も皆無のように思えた。残骸をまたいでダイクは父フリンとギュスターヴ13世の姿を探し求めるがどこにもその姿を発見することはできなかった。そしてここでダイクはすべて、自分が何者かの策に落ちて救援に間に合わなかったという罪を思い知ることになる。同行していた親友でもあったヴァンアーブルの慰めの言葉も聞き入れず、この日からダイクはひたすら罪の意識に苛まれ苦しむことになるのだ。


ヴァンアーブル

 フィニー王国のテルム出身。父をフィニー宰相シュタインとして三男に生まれる。通称はヴァン。
 当時すでに神格化されるほど高名な術士として通っていたシルマールにして100年にひとりの逸材と言わしめたほどのアニマと術の才能に恵まれた人物で、生まれながらにして術士の道が約束されていた。それと同時に政務的な手腕にも才覚を発揮し、ギュスターヴ13世からはむしろこちらの能力を評価され相談役として身近に置いていた。
 13世は政治沙汰にはやや疎い傾向があったこともあり、それまでのハン・ノヴァを支えていた行政官ムートンの居なくなった当時のギュスターヴ陣営では貴重な政務役として考えていたのかもしれない。また、シルマールという13世としても一目以上に置いている術士であり指導者の強い推薦、さらにヴァンアーブル自身の戦いを好まぬ性格など様々を考慮しての位置に彼を置いていたのだ。

 1269年、メルツィヒ砦にてギュスターヴ13世を失った陣営は混乱に陥る。親友でもあったダイクも自身の過ちを責めて苦悩するなど、ヴァンアーブルの周囲も劇的に変化していく。ヴァンアーブル自身も悩みと進退を見失いかけていたこともあり、ヤーデのファウエンハイムにて養生生活を送っていたシルマールの元に訪れてその師事を仰ごうとする。老いたシルマールはそれでも第一の弟子に時には書物を紐解きあるいは口頭で経験談を語るなどして知識と知徳のすべてをヴァンアーブルに教え込んだ。それはシルマールがついに逝去する間際まで続けられたのだ。
 1272年、知識を得て一回り以上も成長したヴァンアーブルは改めてギュスターヴ陣営を再興しようとするケルヴィンらと合流。ヤーデ伯の客将という身分を与えられてフィリップ3世やグスタフといったケルヴィンの子孫たちを影ながら支え続ける術士であり政務と相談役というポジションに落ち着くことになる。それでも彼が望んでいたのはあくまでも術とその知識を得ることであり、1306年にハン・ノヴァ条約が調印され既決されるとすみやかにヤーデ軍を辞任。余生は術とアニマの研究に日々を費やしていく。

 晩年にヴァンアーブルが書き残した書物類はどれもが貴重な文献として数えられているが、なかでも「理論術学」と「鋼志伝」はとくに有名な書物となっている。

シルマールとの出会い
 ヴァンアーブルの父シュタインは厳格かつ学問を貴ぶ人物であった。自分の息子たちには等しく教育と学問を取り付けており、そのなかでもヴァンアーブルは類まれな才能を幼い頃から発揮している。そのあらゆる学問分野においての高度な理解力と応用力、大人でも難関とされる各種資格を楽々と取得できる才能にシュタインは歓喜し、11歳という若年でテルムの神童として人々から讃えられるヴァンアーブルを跡取りにすると心に決めていた。それは三男という位置を知って尚の決定である。
 ところがヴァンアーブルはその直後、術士になりますという書置きだけを残して自宅から失踪、家出してしまう。シュタインの期待は裏切られる形となってしまうが、これはヴァンアーブルとしても苦渋の決断であり、三男であるにもかかわらず才能があったために上二人の兄に対する負い目に苛まれてしまっての結論だった。そしてここには当然ながら父シュタインにかけられた過度な期待へのプレッシャーもあったのである。

 シルマールに弟子入りしたヴァンアーブルはめきめきと術の才能を発揮し、またシルマールならではの様々な知徳の教育も受けて人格的にも立派な人物に成長した。しかし一年後、ヴァンアーブル12歳の頃にシルマールはたびたび病床に伏せることが多くなり、師事関係は継続するのが難しくなる。それでも、そのたったの一年間でも見事なまでに教えを吸収し身にしていくヴァンアーブルの才能は他に類を見ないとしたシルマールの強い推薦もあってギュスターヴ13世のもとにつくことになるのだ。

ヴァンアーブルの後継者
 ギュスターヴ13世没後、残されていたひと振りの剣であるギュスターヴの剣。これを持つ者は正しくギュスターヴ13世の後継者でなければならなかったが、13世は子を持たなかったので公的な意味での後継者は皆無であった。そのため、しばらくは誰の手にも渡らないまま剣はヴァンアーブルが保管していたが、ギュスターヴ陣営を再興するためにハン・ノヴァで動き出したケルヴィンにその剣を引き渡そうとする。
 しかしケルヴィンはこれを丁重に拒否。そしてフィニー王家を継承するのはフィリップ3世こそが相応しいとしてヴァンアーブルを諭すのだ。しかし、当時まだ成人に満たないフィリップ3世に突然剣を手渡すのは時期尚早だとして、ケルヴィンは改めてヴァンアーブルにフィリップ3世の後見人そして見定め人になってほしいと頼むことになる。ヴァンアーブルはこれを快く承諾、以来フィリップ3世は成人後もそれ以降もヴァンアーブルを良き相談相手として近くに置いて接するようになるのだ。

 ケルヴィン軍の客将として任命されたヴァンアーブルは一方でワイドに足しげく通うようになる。それはエッグという不可解な存在と戦ったタイクーン・ウィルとの会見をしようとしてのことであった。
 シルマールからエッグのことは聞き及んでいたヴァンアーブルはエッグという物体がクヴェルなのかそれとも別の何かであるのかを知的好奇心も後押しして調査していたが、ウィルとの話により偽ギュスターヴがエッグを由来とした人物であるのではという疑念、さらにフィリップ3世にはついぞ渡せず仕舞いであったギュスターヴの剣を手渡すに相応しいグスタフと出会うまでを達成するのである。
 サガフロンティア2でもギュスターヴ13世とウィリアム・ナイツは同じ時代に共に大きな運命を背負っていた同士であったが、両者が直接出会うことはなかった。しかし二人を知るヴァンアーブルがもしかしたら双方の証明者としてすべてを見届けるという、歴史的にも重要な役割を担っていたのかもしれない。


偽ギュスターヴ

 偽ギュスターヴの本名や生年についての一切は不明である。南大陸の小国で生まれ育った彼は武人として成長しその武勇を見込まれると北大陸調査の一員に任命される。北大陸を調査中にメガリスと遭遇、そこで拾ったエッグに感化された偽ギュスターヴはそこで人間としての生を終え、以降はエッグの示すままに行動するようになるのだ。

 1300年、この頃のサンダイルはギュスターヴ13世が没して30年あまりが経過し各地で反乱が発生していた。特に鋼の13世の後継者が皆無であったこともあり、各地では自分こそがギュスターヴ13世の正式な後継者だと名乗る者が後を絶たず発生している有様だった。
 すでにエッグに理性や行動の一切を乗っ取られていた偽ギュスターヴはエッグに与えるアニマだけを目当てに戦乱を巻き起こすことを画策する。そのためには自分もギュスターヴ13世の後継者を名乗って戦いを起こすのが最短であると考えた。人々の話をもとに不思議な術で髪を金色に染め、部下となるべき人間たちをメガリスの力を使って増やすことにする。彼らは後にエーデルリッターとして従順な偽ギュスターヴとエッグの配下になった。
 準備を整えた偽ギュスターヴは我こそが正式なギュスターヴの後継者だと名乗りを挙げてロードレスランドに進軍、ヤーデ伯チャールズらと交戦状態に持ち込んでいく。その戦い方は鋼の兵士を用いたまさに13世さながらの戦略と戦い方であり、こうした作戦も偽ギュスターヴが各地で人々から聞いた13世にまつわる話をそのままにエッグやメガリスの力を用いて再現したものであった。

 その無双ぶりはすさまじいものがあり、もともとメガリスなど人知を超えた力を利用しての戦いでもあるので普通の人間ではまったく歯が立たないレベルですらあった。ハン・ノヴァを手に入れた偽ギュスターヴは続けてロードレスランドに進撃、ヤーデ伯の政治に反目する貴族や諸侯、果てには野盗たちまでも取り込んで勢力を拡大していく。チャールズを屠り、その子デーヴィドとラウプホルツ近郊にあるサウスマウンドトップで戦うが敗北、北大陸まで逃亡することになる。
 敗北は計算外ではあったが、その時点で偽ギュスターヴはエッグのために必要なだけのアニマを得ることは成功していたために歴史の表舞台からはそっと姿を消して以降は星のメガリスで力を蓄えることになる。エーデルリッターたちを将魔という特殊な生命体に変えて彼らと融合まで果たしてエッグ復活を願ったが、そこに現れたのがナイツ家のひとり、ヴァージニアだった。

ハン・ノヴァでの偽ギュスターヴ
 エッグというクヴェルはある特殊な効果があり、これは持つ者のもっとも向いている性質をより高めるというものである。ミスティがエッグを所持していた時には彼女を妖艶なまでの美女に成長させその魅力の虜となった男たちを中心にアニマを奪うなどしていた。偽ギュスターヴの場合はどうだったかというと、カリスマ性を高めるということに向いたのである。
 ギュスターヴの子孫を名乗って各地で偽ギュスターヴが活動し始めると彼と出会ったすべての人々が無意識にも彼を賞賛し、その言動を信じてしまった。ハン・ノヴァの元老院すらもこのカリスマ性にあてられて偽ギュスターヴを認めてチャールズとの戦いを任命してしまう。もちろんハン・ノヴァでは救世主扱いされ、誰もがギュスターヴ13世の正式な後継者だと信じ込まされてしまっていた。夜の街などでは崇められるほどで、彼が通りかかるだけで大賑わいになるほどだったという。

偽ギュスターヴの持つ剣
 偽ギュスターヴは鋼の剣のような武器を持っていたが、これは彼が各地で聞いたギュスターヴ13世の噂をもとに作り出したクヴェルであり、名をガラティーンという。見た目も効能も完全に鋼を素材とした剣だが、その実態は未解明クヴェルであり攻撃力などの性能も抜群。偽ギュスターヴと共にその武器も人々の噂にのぼるほどだった。
 クヴェルではあるが術的な要素を完全に排除してあるのはギュスターヴ13世の持つ鋼の剣と性質を同じにするように作られているからであり、ギュスターヴの剣同様に「斬る」に特化した武器である。これはもちろん人々の目に留まることになり、まさにギュスターヴの子孫というイメージにぴったりの重々しい鋼のひと振りに見えたのだ。

エッグにより狂わされた男
 エッグを手にする前の偽ギュスターヴは野心溢れる青年将校であった。武芸もさることながらディガーのようなアニマ探知などの能力も買われ、南大陸にある出身国に命じられ北大陸のメガリスの調査を任されることになる。この調査については国力増強のためのクヴェルを持ち帰ることも期待されており、発見された巨虫のメガリスにて偽ギュスターヴは功名心がはやって力を入れて調査していた。その末に見つかったのが不思議な物体であり彼を人間ではないものに変えてしまったエッグであった。
 偽ギュスターヴはもしこの地で有益な発見があれば北大陸で国を興すという野望があったが、それとは別に東大陸で現在台頭しているヤーデ伯に代わって自らが陣頭指揮をとり、あるいは世界の大舞台で名を挙げて国や歴史をまるごと動かすほどの人物になりたいという気持ちを常に持っていた。
 エッグはこうした彼の功名心と野心を利用し、偽ギュスターヴをギュスターヴの後継者と名乗らせ戦乱を起こすきっかけの人物に変えてしまったのだ。

 もしもエッグを手に入れていなかったとしたら、偽ギュスターヴは北大陸で国家を興してそこに君臨しようとしたかもしれない。あるいは母国に戻ってさらなる功績を立てようとモンスターや野盗退治に励み、他国に名を響かせるひとかどの人物になっていただろう。エッグが無かったとしてもチャールズを討ったその実力は確かに偽ギュスターヴ本来の能力によるものであったはずだ。


サルゴン

 ロードレスランドの辺境にあるユニ村に生まれたサルゴンは、同年代の子供たちのガキ大将的な存在であった。子供たちのなかでもひときわ責任感が強く、やがて度胸と腕前と冷静さを兼ね添えた人々に頼られる男に成長していく。ユニ村付近はモンスターの被害が顕著であり、サルゴンを始めとした村の10代の若者たちはモンスター退治により武芸を鍛えるのが通例だった。その矢先で出会った旅の術士エレノアと知り合い、サルゴンの実力を認めた彼女の助言によりヴィジランツとして立身することを決める。
 剣技に重きを置いた武芸の腕は達者の一言であり、エレノアと暫しの冒険の旅をしていた間にはアニマや術についても彼女から学んで一通りを使えるようになっていた。なかでも炎の術には才能を見せており、これがのちに彼の運命を左右することにもなる。

 ヴィジランツとしてあちこちで冒険の旅を過ごし、その途中でワッツやグレタという仲間たちと共に石切り場に赴いた際に偽ギュスターヴと邂逅。石切り場奥にある未解明メガリスに連れ去られてしまう。そのメガリスで一瞬でアニマを食べられてしまったワッツたちとは異なり、メガリスに作用されても自意識を保ち続けたサルゴンを偽ギュスターヴはエーデルリッターになる資格ある者として認め、元来特異であった炎の術が由来する形で炎の将魔として生まれ変わらせてしまうのだ。
 しかし、エーデルリッターとなったサルゴンは他のエーデルリッターたちとは異なる反発的な感情を常に持っていた。心の底から偽ギュスターヴに心酔はせず、エッグは滅びるべきものだと結論に至るのはすぐのことである。エッグの実態を知り、それが人間たちを滅ぼしかねない神がかかった脅威ですらあるとまで悟り、エッグを追い求めるジニーたちにエッグの徹底的な破壊と自身の討伐を望むのだ。

エレノアとの出会い
 ユニ村でエレノアと出会ったサルゴン。エレノアのどこか姉御的な外見と性格に惹かれるのもあったが、術士として確かな腕を持つ彼女の推すヴィジランツと外の世界への旅立ちはサルゴンとしてもかねてより興味があることだった。エレノアからすればハンサムな若燕を手に入れたくらいの感覚であったろうが、狭い世界から旅立つきっかけとなったサルゴンからすればまさに雛鳥が母鳥に教えを乞うような感覚ですらあっただろう。
 エレノアからは冒険のイロハやさまざまな技術だけでなく戦い、特にサルゴンが不得手として敬遠していた術に関する知識を授けられた。炎の術に才能を発揮したサルゴンがその後炎の将魔として偽ギュスターヴに仕えることになるのも半ば自然な流れと言えなくもなかっただろう。

 冒険のなかでサルゴンはエレノアに憧れだけでなく恋心に近い感情も抱くようになるが、それは年頃の青年であれば当然の感情と言えたかもしれない。キレイなお姉さまであり外の世界を教えてくれた母鳥でもあるエレノアを特別視していたサルゴンだが、それからほどなくしてエレノアから独り立ちを告げられてしまう。その時のサルゴンの心情は想像するしかないが、エレノアもまた独り身を好む性格であったのもあれば素直に引き下がったのが真実というところだろうか。
 その後のサルゴンは凄腕ヴィジランツとして各地のディガーの旅に同行し、もともとの剣技とエレノアから教わった術や冒険の知識を糧に日々を過ごすことになる。サンダイル各地で有名になったサルゴンがエッグもとい偽ギュスターヴに目をつけられてエーデルリッターにされるのは、そのすぐ後のことであった。

ユニの英雄
 サルゴンの故郷であるロードレスランドのユニ村の人々はそのすべてがサルゴンを褒め称えており、ヴィジランツとなって各地で名を挙げる彼を自分のことのように誇らしく思っていた。
 偽ギュスターヴと出会った頃のサルゴンはユニ村に帰還しているが、この時にサルゴンは石切り場のモンスター壊滅のために危険を承知にする有志を募っており、サルゴンのこのひと声にすぐさま呼応したのがワッツとグレタである。危地に向かうサルゴンらを送り出す村人は心配はすれど、昔からのサルゴンを知っている人々からすれば彼なら大丈夫という信頼を持っていた。それはどこかヒーロー的な扱いであり、小さな村から出現した大きな英雄とまで考えられていたのであろう。

 しかしサルゴンたちは戻らなかった。偽ギュスターヴのエーデルリッター選定を受けてワッツとグレタはアニマを食べられ、唯一試験を突破したサルゴンはエーデルリッターに変化させられ偽ギュスターヴの部下として共にメガリスに行ってしまったのである。そうした顛末を知らぬユニ村の人々からすればサルゴンたちはモンスターとの戦いで戦死したとしか思えず、嘆き悲む声がいつまでも木霊するのであった。
 だからこそ、エーデルリッターという人ではないものになりながらもギュスターヴの後継者を名乗って台頭した偽ギュスターヴの部下として表舞台に出てきた時に村人たちは歓声をあげてサルゴンの無事を喜び合った。そして偽ギュスターヴ陣営、ひいてはサルゴンのいる軍隊に加わろうとハン・ノヴァで行われた兵士募集に志願する若者が多数にのぼったという。

エーデルリッター選定の地
 サルゴンが偽ギュスターヴに囚われた石切り場のメガリスは星のアニマが宿るメガリスである。ここはもともと、人間のアニマに作用する力が他のメガリスに比べて強く、その性質を利用した偽ギュスターヴは自分の部下となるエーデルリッターを選定するためのポイントとしてこの場所を使ったのだ。これは一番力のある者へ他の者のアニマを移すという作用を使った選定であり、純粋にその者が持つアニマを試されるテストであった。当然ながら深くアニマに作用するために耐え切れず暴走してしまう者も多く、この試練に耐え抜ける強いアニマを持つ者こそをエーデルリッターとして偽ギュスターヴは求めていたのだ。
 サルゴンはそうしたなかでも一番最初に試練に打ち勝ってエーデルリッターになった者であり、実力も含めて偽ギュスターヴから一番の信頼を得ていたのである。


ヌヴィエム

 カンタール9番目の娘。当時すでにカンタールは東大陸を統一しており、ヌヴィエムは大貴族の娘として不自由ない生活を過ごす。華やかな少女時代を過ごしたのちは14歳でナ国に宮廷作法を学ぶために渡航し滞在することになる。ナ国ショウ王と懇意になり、故国同様に華やかで過不足のない貴族の淑女らしい人物として成長するが、そこでヤーデ伯ケルヴィンの嫡男であるチャールズと偶然出会うことになる。カンタールを最大の敵としていたヤーデであったが、一族はみな誠意と騎士道精神を持っていたはずだった。この野心と不遜の塊であったチャールズを除いて。

 ヌヴィエムの前で侮蔑に近い言葉を投げたチャールズの後ろ姿を彼女は屈辱の限りで睨みつけていた。まだ幼いでもあるヌヴィエムにとってはその場での反撃は難しいではあった。だからこそ彼女はこの時の屈辱を強く胸に刻みつけ15歳で故郷に帰国。華やかで不自由がなく、人々からもカンタールという大人物の娘というだけでもてはやされていた人生はチャールズのたった一言で終わっていた。やがてカンタールが病死するとそれに代わってケルヴィンがロードレスランドを統一し、チャールズもまた幅を利かせて東大陸を闊歩するようになると知るとヌヴィエムの屈辱は憤怒へと移り変わっていく。
 実行は早急だった。ラウプホルツ公エドムンドを扇動したヌヴィエムはラウプホルツ軍隊を動かし、ナ国ショウ王の不信感を買わせてナ国にケルヴィンを召喚させることで東大陸の権力者を不在にさせ、結果的にヤーデを窮地に追い込むことに成功する。このことがきっかけで東大陸はカンタール死後に訪れたはずの平穏が再びほつれだしてしまうことになり、溜飲を下げたヌヴィエムは歓喜すらしていた。

 しかし、それに釘を刺したのがヌヴィエムが養女として共に暮らしていたプルミエールだった。プルミエールもカンタールの娘だったが23番目の娘ということで幼く、またカンタールが病死する直前に生まれた子で母も失っていたことからヌヴィエムが育てていたのである。ヌヴィエムはプルミエールの才能を見抜いており、カンタールの後継者に相応しいとして教育を続けていたのだが、プルミエールのほうからヌヴィエムの失策を指摘したあまりか彼女は貴族生活を捨てて冒険者として庶民に混ざることを希望した。
 プルミエールが家出後、ヌヴィエムは自身の過ちを認めてヤーデ伯デーヴィドの戦いに協力。連合軍の一端を担うとメルシュマン地方の統一と永続的な平和のために戦うようになるのだ。

父カンタールへの尊敬
 美しさと気品はもとより、ヌヴィエムの性格はなによりも気の強さが特徴的であった。このことは多くの息子娘を近くに置いていたカンタールからも評価されており、歯に衣着せぬハッキリとした物言いを好んだカンタールから可愛がられて成長する。
 ヌヴィエムとしてもそんな父を尊敬していたがただひとつ、子供たちに対しての公平性に欠いた扱いだけは見過ごすことができなかった。17歳という若いうちに23番目の娘であるプルミエールを養女として引き取ると告げたのもこれが主な理由であった。これにはカンタールも驚愕し言葉を失ったという。
 プルミエールを失った後は生涯結婚をせず実子を持たなかったヌヴィエムだがそうした気の強さや政治的、戦争的手腕など、男顔負けの行動力と考え方が邪魔をしていたと考えると皮肉な話であろうか。

メルシュマン平和の影役者
 自身の過ちをプルミエールに気づかされたヌヴィエムのその後の行動力は凄まじかった。
 まずはオート候の内部でカンタールの後継者争いに加わっていない旧臣たちをまとめて軍隊を発進。カンタールの子供たちによる血縁者争いに加わらず私利私欲を考えていなかった臣下の統率力はずば抜けており、それだけで破竹の勢いでカンタールの後継者たちをことごとく討ち滅ぼしていく。ヌヴィエムとしても戦いが最善手とは思っていなかったがプルミエールへのある種の償いとラウプホルツとナ国を扇動しての新たなる戦乱を呼び起こしたことへの償いが彼女を後押ししていた。そこにはオート候一族としてのプライドももちろん備わっていただろう。

 こうしてカンタールの子供たちによる内乱はヌヴィエムの処刑につぐ処刑ですぐさま平定され、各地の領主はヌヴィエムの信頼できる臣下が後任として就くことでメルシュマン地方は再度の平穏がゆっくりと訪れていく。ヌヴィエムはメルシュマン諸侯の代表として名乗りを挙げるとメルシュマン地方を中心とした北方軍を再編成してヤーデ伯デーヴィドの連合軍に合流しハン・ノヴァ反乱軍を相手取った。結果的にはヌヴィエムの率いた北方軍は敗退となったが確実に反乱軍の戦力を削り、平和への後押しができたと言える。
 戦後にヌヴィエムは当主の座を退くと静かな余生を送ったという。それは女だてらに政略と戦争の只中に身を置き、屈辱と血の誇りをかけて戦った激しい半生とは裏腹の生活だったと言えるかもしれない。


ギュスターヴ編サブキャラクター


貧民街の長テルムを追放されたギュスターヴ母子を連れて雨風をしのげる仮設住宅に案内した人物。ギュスターヴとソフィーの素性を知っているのかどうか、貧民街でも最高の住居を提供したがそれでも虫が這い回る家であり、宮殿とは雲泥の差であった。貧民街では長をつとめる人物で本人も術不能者である。
スイ王ナ国王。ソフィーがかつてナ国に宮廷作法を学びに来た際に両者は知り合っており、その頃からソフィーに気を持っているフシがある女性好きな王である。そうした経緯もあってギュスターヴ母子をかくまうばかりか住まいや領土を提供した。
ルナストスシルマールの師匠であり相当な術力の持ち主であったと噂される。しかしシルマールのように国に仕えることはなく、歴史の表舞台には出てこなかった。
鍛冶屋『ギュスターヴと鍛冶屋』に登場。ヤーデの街で鍛冶屋を営んでいる職人男。東大陸ではついぞ失われてしまった鉄加工の技術を持つ。鉄製品に興味を持ったギュスターヴに鍛冶を教え、鋼の剣を作る協力をした。
野盗集団『ギュスターヴ15才』に登場。女野盗を頭目として術の素質がある子供をさらっていた無法者たち。フリンは彼らにさらわれキノコの洞窟に連れ去られるがギュスターヴとケルヴィンにより助け出される。
トマス卿『病床の母』に登場。ヤーデを統治する伯爵でありケルヴィンの父。ナ国スイ王に託されたこともあり、追放されたギュスターヴ母子への協力と支援を惜しまなかった。その後は息子ケルヴィンも支える。
ワイド候『ワイド奪取』に登場。まだ若い統治者だが自分以外を信用できず、ギュスターヴの仕掛けた罠にあっさりと捕まってしまいその座を引きずり降ろされてしまう。
バット&船長『ギュスターヴと海賊』に登場。銀帆船団という交易船の乗組員と船長であり、ギュスターヴの身分を知らずに知り合った。バットはなかなかの剣の腕前を持ち、船長も誇り高い勇士。実際の彼らは海賊ではあるがプライドは高く、交易にはしっかりと取り組むなど悪人と一口にはくくれない人物たちである。
商船隊三銃士『ギュスターヴと海賊』に登場。銀帆船団のライバルに位置する商船隊隊員たち。それぞれ粗野で下品な荒くれ者だが腕っぷしだけは一人前という三人組である。ギュスターヴとバットのコンビを前に敗退した。
銀帆船団の詩人『ギュスターヴと海賊』に登場。外見は乱暴者のようだが心は繊細という海賊の一員。詩を好んでおり、海の彼方を見つめながら心のままに芸術を咲かせる。
ゴリラづらの男『ギュスターヴと海賊』に登場。銀帆船団の一員。滞在中のワイドでの子供たちのリクエストでゴリラを演じるなどコワモテながらも気のいい男。毛深いらしい。
建設屋『ハン・ノヴァ建設』に登場。命がけで覇王ギュスターヴに建設プランを伝えてハン・ノヴァを建設する段取りを固めようとした。ギュスターヴ13世はそのプランに二つ返事でOKしたため、実際のハン・ノヴァ全貌は彼の意向ひとつで建設されている。
ユーダ&サソリの首領『暗殺者ヨハン』に登場。暗殺集団サソリの一員とボス。ユーダはヨハンと共に暗殺者となった男であり、組織から抜けたヨハンを追い掛け続けた。
エドムンド『カンタールの死』に登場。ラウプホルツ公であり統治者。覇王の資格がある人物ではないがヌヴィエムに扇動され軍隊を動かし、ヤーデを窮地に立たせることで東大陸の不穏を呼んだ。
ショウ王『カンタールの死』に登場。ナ国スイ王の跡継ぎ。温厚な性格だがヌヴィエムの策略によりケルヴィンに対して疑念を感じて召喚命令を出してしまう。このことは結果として東大陸の不穏を呼んだ。
グレタ&ワッツ『エーデルリッター』に登場。サルゴンの出身地の村に住む若者たち。サルゴンと共にメガリスを探索しに出掛けるが、メガリスにアニマを操作され原生生物モンスターに変化させられる。