和製外国人

Last-modified: 2022-05-22 (日) 23:13:48

主にメジャー帰りや代表入り経験のある日本人選手につけられるニックネーム。
代表的なものにジョージ・マッケンジー*1城島健司*2)やニック・ダルマー岩村明憲*3ウゴ・ケデブ村田修一)、リキ・ミデブ筒香嘉智)がある。


概要

単に「名前が外国人風に聞こえる」という理由だけでなく、「今ここにいるのはかつての名選手(期待の星)ではなく、アメリカから来たダメ外国人」と揶揄する意味でこのようなニックネームが付けられることが多い。

 

メジャー帰りや代表に選ばれた選手以外にも、中日ドラゴンズ監督(当時)・落合博満も「見くびるなよ」発言から「ミック・ビルナー」と名付けられた。また山口俊(現巨人)は渡米前、かつてのチームメイトのギジェルモ・モスコーソやマイルズ・マイコラスと愛称「どすこい」を捩った「謎の新外国人・ドスコーソ(ドスコラス)」という別称が定着していた。しかし、海を渡ってからは炎上しまくりテイラー・スコットを捩った「ドスコット」や「ドスットコ」という蔑称を追加された。

 

また、2009年に東北楽天ゴールデンイーグルスの監督(当時)・野村克也が、シアトルマリナーズから阪神タイガースへの移籍でNPBに復帰した城島に対して「あいつは人間失格*4、ジャパニーズリンデン*5や」と、かつて楽天に在籍した問題児外国人選手に例えたことも。

 

1995年には阪神・淡路大震災支援のために日本人選抜と外国人選抜のドリームマッチがオールスターの前日に開催されたが、外国人選手で捕手を守れる選手がいなかった*6*7。そのため野球留学経験のある日本人選手を選抜することになり、当時ロッテの定詰雅彦が「ジョー」、巨人の大久保博元が「デーブ」として外国人選抜に参加したという、公式和製外国人と言えるような出来事があった。

外国人選手による和製○○

一方で日本で活躍した助っ人がMLBに復帰して活躍するとタイプの似た日本人選手に准えることもある。代表的なのは元楽天・巨人のケーシー・マギーである。マギーは楽天時代の2013年に球団初のリーグ優勝、日本一に導いた原動力の一人として活躍。しかし家族の都合もあってわずか1年で退団、MLB復帰を目指しマイアミ・マーリンズと契約する。日本でシュアなバッティングを覚えたマギーはマーリンズの三塁手のレギュラーとして活躍し、カムバック賞を受賞する働きを見せる*8。しかし、日本時代とうって変わって長打力は鳴りを潜め、2014年の本塁打数はわずか4本アヘ単*9。この成績が楽天時代にチームメイトだった銀次の成績に似ていた*10ためたちまち和製銀次と呼ばれることになる。

 

なお和製銀次という言葉に関して言うと、銀次は日本生まれ日本育ちの「純和製」であるため言葉の意味を解釈すると銀次そのものになり、全然例えになっていないのは言うまでもない。

また1979年~1980年途中まで南海ホークスでプレーしたフランク・オーテンジオは王貞治を越えてほしいという南海フロントが登録名を「王天上」としていた。その他の例として元巨人のヴィクトル・スタルヒン*11は戦時中、「須田博(すたひろし)」を名乗っていた。これは、憲兵に「ソビエト連邦のスパイ」と疑われたことから、名古屋金鯱軍*12の赤嶺昌志の勧めで日本人風の登録名にしたものである。

関連項目


*1 英語圏ではかなりよくある名前である。城島登場以前から、ニール・マッケンジー(世界的バイクレーサー)と新沼謙治(日本の歌手・俳優)の取り違えがネタにされていたという経緯もある。またここから派生して、新沼慎二(元DeNA)が「ニーヌ・マッシンジー」と呼ばれることもまれにあった。
*2 福岡銀行のCMに出演した際、この名義で出演していた事などから本人公認である。
*3 なお、単に「ダルマー」と言った場合は、ダルビッシュ有田中将大の二人を指す。
*4 2009年の第2回WBCの際、野村は「城島のリードでは勝てない」と発言、それに反論する城島との舌戦を繰り広げた。なお注釈すると、野村は基本的に「貶しのノムさん」と呼ばれる性格であり、城島とはダイエーホークス時代からある種、ネタとしての舌戦を展開していた。
*5 2009~2010年に在籍したトッド・リンデン。ラフプレー・暴言癖・監督批判・素行不良など、とにかく問題児だった。
*6 メジャーリーグ時代は捕手を務めていた日本ハムのティム・マッキントッシュを予定していたが、成績不振により6月に解雇された。
*7 そもそも捕手というポジションは投手のみならずチーム全体とのコミュニケーション能力が必須であることや助っ人外国人は基本的に打撃力が最優先など様々な要因により、外国人選手が務めるというケースが極めて稀であり過去の例でもマイク・ディアズ(元ロッテ)をはじめ数名しかおらず近年ではアリエル・マルティネス(中日)が捕手として入団しマスクをかぶっていた時期も在るものの現在は外野手としての出場が中心である。
*8 マギーは来日前にミルウォーキー・ブリュワーズでレギュラーだった時期があり、その時にはシーズン100打点を記録したことがある。
*9 のちに巨人に移籍した際には長打力が戻り、シーズン二塁打数のセ・リーグ記録を更新した。
*10 この年のマギーの成績は打率.287、4本、76打点で、銀次は打率.327、4本、70打点だった。なお銀次はこの年、ベストナインの三塁手部門をヌッスしている。
*11 通算83完封歴代1位。ジエンゴでも歴代上位の実績を残している。詳細はジエンゴの項目参照。
*12 親会社は名古屋新聞社。1941年、翼軍と合併して大洋軍、さらに西日本鉄道に身売りして西鉄軍となった。1943年解散。なお、中日新聞社は戦時下に名古屋新聞と新愛知新聞が合併した会社であり、中日ドラゴンズは新愛知による名古屋軍を継承した球団である。名古屋金鯱軍と名古屋軍は無関係だが、親会社が後に一つになった経緯もあって、しばしば混同される。
*13 高山俊(阪神)と松本剛(日本ハム)を指す。
*14 後者はロペスの愛称「チャモ」から。
*15 後者についてはひらがなで「さとうて」と表記されたのがきっかけである。