急造捕手

Last-modified: 2021-11-17 (水) 10:19:19

捕手登録されていない選手が、捕手として試合に出場すること。
またその試合の記事等で用いられる表現を指す。


概要

プロ野球では出場メンバーに2~4人の捕手を登録するのが一般的である。捕手は他のポジションと比べて本職以外では守備を行うことが非常に困難であることから、緊急事態を想定して最低1人はなるべくベンチに残して試合を進めるのがセオリーである。
しかし登録捕手を不測の事態等で試合途中で使い切ってしまうことが稀に起こり、この時にマスクを被る他のポジションの選手を「急造捕手」と呼ぶ。
大概捕手経験のある選手が急造捕手として起用される場合が多い。


事例

1977年4月30日 阪神VS大洋戦

1977年4月30日 阪神VS大洋戦
阪神は7回裏、正捕手・田淵幸一と2番手捕手・片岡新之助が相次いでファウルチップにより負傷(田淵は股間直撃、片岡は右手中指直撃→骨折)し、3番手捕手・大島忠一も代打で出場済だったことから捕手を使いきってしまう。そこで8回裏途中から外野手の池辺巌が捕手を務め、試合も阪神が5-4で逃げきった。
なお池辺の捕手経験はプロアマ通じてこの試合のみであった*1

1991年9月26日 ダイエーVS近鉄戦

1991年9月26日 ダイエーVS近鉄戦
近鉄は3人の捕手全員*2に代打を送り捕手を使いきってしまう。そこで三塁手の金村義明が捕手を務めたがダイエー(現・福岡ソフトバンクホークス)に6-7で敗戦。当時の近鉄は西武と優勝争いを繰り広げていたが、10月3日に西武優勝が決まり結果として痛い敗戦となった。
なおこの試合を除いて、金村に捕手経験は無かった。

1993年7月3日 横浜VS阪神戦

1993年7月3日 横浜VS阪神戦
横浜は2番手捕手・秋元宏作の代打に外野手の宮里太を出し、タイムリーツーベースで横浜は同点に追いつく。そして9回・10回とマスクを被り、試合は横浜が7-6でサヨナラ勝ちした。
なお宮里は入団当時捕手だった。

1995年5月7日 ロッテVSオリックス戦

1995年5月7日 ロッテVSオリックス戦
ロッテは当時風疹が流行り、3番手捕手・福澤洋一がベンチを外れた試合。
スタメンとして起用された2番手捕手・山中潔が代打で退き、代わりに出場した正捕手・定詰雅彦も退場となってしまい捕手を使いきってしまう。やむなく二塁手の五十嵐章人が捕手を務めた。なお試合はオリックス・ブルーウェーブ(現・オリックスバファローズ)に6-11で敗戦した。
五十嵐は中学生の頃に少し練習しただけという正真正銘の急造捕手だった。なお五十嵐はNPB史上において全ポジション出場(NPB史上2人目)と 全打順で本塁打という偉業を両方達成した唯一の選手である。

2006年9月10日 中日VS広島戦

2006年9月10日 中日VS広島戦
広島はスタメン捕手の倉義和をベンチに下げ、外野手の井生崇光が7回からマスクを被った。この試合は代打が送られたわけでもなく、また内外野こなせるユーティリティプレイヤーとはいえ控え捕手として石原慶幸が残っていたにも関わらず本職ではない井生が捕手起用された珍しい事例だが、試合は4-12で敗戦した。
当時は捕手たちの不甲斐なさに対する叱責の意味を込めたマーティー・レオ・ブラウン監督による起用といわれる。

2009年9月4日 巨人VSヤクルト戦

2009年9月4日 巨人VSヤクルト戦
巨人はスタメン捕手・鶴岡一成の途中交代により加藤健がマスクを被るが、高木啓充のインハイがすっぽ抜けて頭部死球となり負傷退場*3。しかもこのとき正捕手の阿部慎之助もベンチに下がっており*4捕手を使いきってしまった。この時急遽捕手を務めたのが代打から試合に出場し、二塁手を務めていた木村拓也であった。延長12回に捕手として出場すると豊田清・藤田宗一・野間口貴彦というタイプの違う3投手を自分でサインを出して上手くリードし*5、1球も逸らすこともなくこの回を無得点に抑え絶体絶命のピンチから脱した。木村が守備を終えてベンチに戻る際には球場全体から大きな拍手と歓声で迎え入れられ、このシーズンの巨人を象徴するシーンともなった。*6試合は3-3の引き分け。

なお木村はプロ入り時のポジションは捕手であり、コンバートされた後も急造捕手に備えて練習もしていたが、実際に捕手として出場したのは10年ぶりであった*7

2012年5月10日 楽天VS西武戦

2012年5月10日 楽天VS西武戦
西武は最大6点ビハインドをひっくり返したものの、8回裏に楽天に再逆転を許してしまう。この再逆転となったホームクロスプレーの判定に西武の捕手、星孝典が抗議した際に球審を小突いてしまったため暴力行為で退場となった。この試合では炭谷銀仁朗上本達之、星孝典の捕手3人がベンチ入りしていたが、炭谷は先発出場して代打の米野智人*8と交代、その米野に代わって星孝典が守備に就いており、上本も指名打者で先発出場して浅村栄斗と交代した後だったため控え捕手が残っておらず、外野手の星秀和が8回裏2アウトの場面から急遽捕手を務めた。試合は楽天がそのまま逃げ切ったため、星秀和は打者1人のみの守備機会となった。これを報じた日刊スポーツのネット記事の見出し「捕手星退場で野手星が捕手」は、「早口言葉みたいだ」とネタにされた。

なお星秀和は入団当初は捕手であり、1年目にはファームで捕手としての出場経験がある*9

2016年4月17日 阪神VS中日戦

2016年4月17日 阪神VS中日戦
阪神は9回表に代打攻勢を送り同点に追いつくも延長戦にもつれ込み、2番手捕手・岡崎太一に代打・福留孝介を送ったため捕手を使いきってしまった。このため三塁手に転向していた代打の今成亮太が3年ぶりに捕手を務めたが、2-4で延長サヨナラ負けを喫した。

2017年6月6日 ツインズVSマリナーズ戦

2017年6月6日 ツインズVSマリナーズ戦
ツインズは3-12と9点ビハインドの9回表にこの日スタメンマスクを被っていたクリス・ジメネスをマウンドに上げ、空いた捕手を指名打者で出場していた本職は内野手のエドゥアルド・エスコバー*10が務めた*11。結果は大敗であったが、ジメネス-エスコバーの「急造バッテリー」は1回を三者凡退に抑えた。なお、エスコバーはマイナー時代を含めて捕手経験はこの試合までなかった。

2019年4月7日 オリックスVS楽天戦

2019年4月7日 オリックスVS楽天戦
楽天は3点を追う9回表、捕手の足立祐一に代打を送りこれを起点として猛攻、土壇場で同点に追いついた。しかし一軍に登録していた捕手2人の内、嶋基宏(現ヤクルト)は試合途中で既に交代していたため捕手がいなくなってしまった。
このため9回裏から一塁手の銀次が一軍公式戦で初めてマスクをかぶり松井裕樹、フランク・ハーマン(現ロッテ)、森原康平とバッテリーを組み、9回2死一塁の場面では、見事二盗も阻止する*12等の活躍も見せ、5-5の引き分けに持ち込んだ。銀次は9回裏から延長12回裏までの4イニングを捕手に就いたことになり、急造捕手としては異例となる守備機会の長さであった。
また楽天公式ツイッターには銀次キャノンと呟かれ、更には4月7日が2010年にこの世を去った木村拓也氏の命日だったことからか、ツイッターのリアルタイム検索で銀次の名は1位へ駆け上った。
なお銀次は捕手として楽天に入団。1軍の試合でマスクをかぶったのは09年のオープン戦のみで、2軍で36試合マスクをかぶった後内野手に転向していた。

2020年8月13日 レッドソックスVSレイズ戦

2020年8月13日 レッドソックスVSレイズ戦
レッドソックスは5-16と大量リードを許した9回表に遊撃を守っていたホセ・ペラーザをマウンドに上げたが先頭から連打を許し無死二、三塁のピンチを迎えると次打者に投手直撃のゴロを浴びる。ここで打球が右足に直撃したペラーザは降板。代わってそれまでマスクを被っていたケビン・プラウェッキをマウンドに上げ、捕手には遊撃を守っていた林子偉を据えた。プラウェッキ-林の「急造バッテリー」は1四球こそ出したが筒香嘉智を右フライに抑える等後続を断つことに成功した。
なお林にはマイナー時代を含めて捕手経験はなく、またMLB史上初めて捕手として出場した台湾人選手となった*13

2021年5月8日 サムスンVSロッテ(韓国)戦

2021年5月8日 サムスンVSロッテ(韓国)戦
ロッテは序盤から捕手を頻繁に変えていき、2点ビハインドの9回表にも捕手に代打を送った結果逆転に成功したが*14控え捕手をすべて使い切ってしまう。そこで白羽の矢が立ったのが指名打者として出場していた李大浩。39歳にしてキャリア初の捕手としての出場となったが最終回を無失点に締め勝利に貢献した。

2021年6月23日 エンゼルスVSサンフランシスコ・ジャイアンツ戦

2021年6月23日 エンゼルスVSサンフランシスコ・ジャイアンツ戦
12回表の守備でエンゼルス捕手のカート・スズキの頭部にファウルボールが直撃し交代。この時点で控えのマックス・スタッシも代打で使い切っていた*15ため、プロ入り当初は捕手だった左翼手のテイラー・ウォードがマスクを被った。
なお、空いたレフトには先発投手のグリフィン・キャニングが入った*16他、サヨナラのチャンスで投手に打順が回り、先発投手のディラン・バンディが代打として出場*17*18
試合は12回表裏で両軍1点ずつを取り合って迎えた13回表にエンゼルスはバッテリーエラーも絡み7失点、裏に1点を返すも3-9で敗れた。


関連項目


*1 彼が急造捕手に選ばれた理由は普段中堅から投球がよく見えているだろうからというものであった。因みにこの試合は大洋の当時の本拠地である川崎球場で行われた(横浜スタジアムの開場は翌1978年。)
*2 山下和彦・光山英和・古久保健二
*3 高木も危険球退場。なお、加藤は2012年の日シリにてビーンボールから多田野数人の疑惑の退場の当事者となっているが、この時の加藤の挙動はこのときの頭部死球の影響が大きいのではないかと推測されている。
*4 一塁手として先発出場していたが、代走を送られ交代。
*5 イニングの頭から登板した豊田とは予めサインの確認をして万全の態勢で臨んでいたが、投手交代までは想定していなかったため藤田と野間口に関してはほぼ即席のサインを出していたという。
*6 なお木村は引退後の翌年、4月2日の広島戦前の練習で突然倒れ、くも膜下出血で5日後の4月7日に息を引き取った。
*7 実戦以外では2004年のアテネオリンピック代表に選ばれた際に、チームスタッフの少なさからブルペンキャッチャーも兼務していた。
*8 米野はこのシーズンから捕手から外野手にコンバートしており、シーズン通して捕手としての出場機会は無かった。
*9 もともと群馬・前橋工高時代は強打の捕手として鳴らし、伊東二世との呼び名もあった。その打力と俊足を生かすため初年度から内野・外野を守ることがあったが、これに加えて次の年のドラフトでさらに有望株と目されていた炭谷が入団してきたため最終的には押し出されてコンバートされた(星本人も現役引退後に出演した野球YouTuber・トクサンの動画中で同様の内容を述懐している)。
*10 ちなみに同じ苗字のDeNAのエドウィン・エスコバー、エドウィンの従兄弟にあたる元ヤクルトのアルシデス・エスコバーとは血縁関係はない。
*11 スタメンを外れていた正捕手であるジェイソン・カストロはベンチに残っていたが点差が開いたこともあって完全休養させたと考えられる。
*12 楽天で今シーズン盗塁を刺した最初の捕手となった。平石洋介監督(当時)は「初めて盗塁を阻止したのが銀次だったので、担当コーチが頭を抱えていました」とコメント。なお、長年楽天正捕手の地位にあった嶋は加齢と腰痛によるコンディション不良もあり盗塁阻止率1割未満という成績となり移籍の遠因にもなった。
*13 アジア人としても城島健司に次ぐ2人目。
*14 ちなみに逆転を許したサムスンの投手は元阪神の呉昇桓である。
*15 この日は大谷翔平の先発試合で、DH制のある試合ながら投手を打順に入れていたため大谷交代後の投手に代打を送る必要性がありスタッシはその代打として出場した。また相手のジャイアンツは普段DH制の無いナショナルリーグのチームであるため、ナ・リーグ球団がDHを使用しア・リーグ球団がDH放棄で試合に臨む珍事象が発生した。
*16 12回裏には犠打を決め同点に繋げた。
*17 この打席でバンディは凡退し、同点止まりで終わった。
*18 本職の野手ではジャスティン・アップトンも残っていたがアップトンは前日の試合序盤に負傷交代しており、この試合はベンチ入りしたものの出場は難しいと判断され、翌日故障者リスト入りした。
*19 急造捕手を回避するために取られた策。