ep1
BGM
ネオンの光が毒々しく、液晶の残像が網膜にこびりつく。
薄暗いカジノの隅、ディーン・ウィンチェスターは着崩れたスーツの襟を正す気力もなく、スロットマシンの前にいた。気分は最低を通り越して、もはや無だ。これで十連敗。ツキに見放されたというより、運命そのものに唾を吐きかけられている気分だった。
「……まだいける」
掠れた声で呟き、半分残ったビールのグラスに、火のついたタバコを突き刺した。ジュッという嫌な音と共に、黄金色の液体に灰が混ざる。
ガシャコン、とレバーを叩く。ドラムが回転し、光が走る。チェリーが三つ揃いかけた瞬間、まるで見えない手がリールを止めたかのような不自然な動きで、一つだけが枠外へ逃げた。BARが並びそうになれば「7」が降りてき、「7」が揃いそうになれば逆にBARが居座る。永遠に噛み合わない歯車。
手持ちはもう素寒貧だ。ポケットの底にあるのは、弟のサミーに「何か食い物を買って帰る」と約束した最後の一枚だけ。
「とことん行くだろ」
自暴自棄な笑みを浮かべ、有り金全部をスロットの口に叩き込む。
ビールのグラスには既に六本もの吸い殻が沈み、汚れた泡が気泡を立てていた。
三つの星が、信じられないことに横一列に並んだ。JACK POT。
「やっとかよ……」
安堵が漏れかけたその刹那、画面が暗転し、無機質な赤文字が浮かび上がった。
『ERROR_01』
「……何だと?」
ディーンは台をガンガンと叩き、レバーをガチャつかせたが、マシンは沈黙を貫く。
イライラが沸点を超え、体が勝手に動いた。重いブーツを履いた足が放たれ、強烈なハイキックが液晶画面を粉砕する。
バリバリという異音と共に白い煙が上がり、火花が散った。その閃光の中、何か銀色のものが視界をよぎる。それは、まるで天使の歌声のような清浄な音を立てて、タバコの吸い殻だらけのビールグラスに当たり、ちりんと鳴いた。
「っ……」
咄嗟にそのコインを拾い上げる。しかし次の瞬間、背後に岩のような筋肉を纏った二人の警備員が立っていた。
言い訳をする暇もなく、数発の拳が腹と顔面に沈み、ディーンはカジノの外へと文字通り叩き出された。
雨が降っていた。泥水が跳ね、一張羅のスーツはさらに無残に汚れ、べちゃべちゃになる。
ディーンは泥の味がする唾を吐き捨て、カジノ、そしてこの腐った街全体に向けて中指を立てた。
「この、クソったれ野郎が!!」
叫ぶだけ叫んで、立てた指をほどくと、拳の中にあの銀色のコインが残っていた。
雨に洗われたコインは、あまりに不釣り合いなほど美しく、透き通るような繊細なタッチで天使の姿が刻まれている。
「お前の来たところにでも、連れて行ってほしいもんだぜ」
くだらない独り言をこぼし、ライターで新しいタバコに火をつける。さて、サミーに何て言えばいい。
「いつか、ツキが回ってきたら……」と言いかけた言葉は、水飛沫を上げて走り去る車の音にかき消された。
ディーンは気づかなかった。その通り道の電柱に貼られた、雨に濡れたニュースペーパーの文字に。
『天使のコイン、博物館より盗まれる。有力な情報提供者には100,000ドルの報奨金』
彼はただ、価値のない「天使」を握りしめ、冷たい雨の中を歩き出した。