ep6
BGM
廃墟ビルの屋上。冷たいコンクリートの上で、いつものように眠りについたはずだった。意識が沈む寸前、おぼろげな視界の端を、あの青いカナリア――キャスが悠然と横切っていったような気がした。
けたたましい轟音と、鼓膜を震わせる風の唸りにディーン・ウィンチェスターは目を覚ました。
「……何だ?」
耳元を猛烈な勢いで夜風が吹き抜けていく。そこは廃墟の屋上ではなく、うっそうと茂る暗い森を切り裂いて走る、一本の貨物列車の上だった。傍らには、星のラベルが描かれた重たいウイスキーのボトルが転がっている。
ディーンはふらつく足取りで立ち上がり、列車の進行方向とは逆、遠ざかっていく後方を見やった。そこには、彼に最高と最低の気分を叩き込み、散々悪態をつかせてくれたあの「街」の灯が、芥子粒(けしつぶ)のように小さく輝いていた。
「待てよ、おい!」
反射的に駆け出していた。連結部分を飛び越え、夜の闇に溶け落ちそうな足元など見向きもせず、ただひたすらに最後尾を目指して走る。あの汚らしい、しかし愛着のあった街に戻りたかった。だが、どれほど走っても、列車の速度は非情なまでに街を遠ざけていく。
最後尾の車両に辿り着いたとき、ディーンは茫然と立ち尽くした。
「くそったれ!」
絶叫は凄まじい風切り音に無残にかき消される。着崩れたスーツの襟が暴れ、鮮血のように赤いネクタイが空しく宙を舞う。彼は衝動的に、最高速度で走る車両から飛び降りようとした。それが自殺行為だという自覚はない。ただ、火花を散らして火照るレールを掴もうとした瞬間、根源的な恐怖が勝った。
「……っ!」
車両の縁に手をついたまま、空中で足をバタつかせる無様な格好。必死の思いで体を持ち上げ、再び屋根の上に這い上がると、彼は天を仰いだ。
そこには、満天の星があった。
あの埃っぽい街で見上げるよりも、ずっと透明で、残酷なまでに綺麗な星。無限に通り過ぎていくトラス橋の鉄骨に焦点を合わせ、ディーンは決死のジャンプを試みる。届くはずもない鉄骨に向かって、中指を立てて叫んだ。
「このクソ野郎が!」
ふらつく体勢を立て直し、彼は苦笑した。何をやっているんだ、俺は。
懐から取り出したボトルには、琥珀色の液体がほんの数滴だけ残っていた。それを喉に流し込むと、今度はのんびりと、時には後ろ向きに酔っ払ったような千鳥足で、先頭車両へと向かった。
闇を切り裂く先頭車両の縁に腰を下ろし、ディーンは両手で顔を覆った。
「俺の街……クソみてぇな場所……」
風が耳元を嘲笑うように吹き抜ける。
「お気に入りの通り……馬鹿みてぇな人間ども……無能な警察……」
その言葉の一つひとつを、巨大な鉄の塊である列車が轢き殺していく。
「くだらねぇ怪物ども……クソみたいな人生……」
吐き出した毒は星屑のように散らばり、後方の暗闇へと消えていく。ライトが照らす前方は、どこまでも深い闇だ。
「どこへ行く……新しい生活だと?」
タバコを取り出し、火をつけた。立ち上がると、タバコから弾け飛ぶ火の粉が、ものすごい勢いで遥か後方の「過去」へと飛んでいく。
気分は最低だ。それなのに、タバコをくわえたディーンの口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「……で、どこへ行くつもりだ?」
背後から、這い上がるようにして近づいてきたサミーの気配。ディーンは振り向かず、耳だけを弟に向けた。
「……考えてねぇ」
苦笑か、呆れか、あるいはその両方が混ざったような柔らかい溜息が聞こえ、サムが隣に腰を下ろした。
「どこでもいいだろ」
「……そうかもな」
暗闇を切り裂く光の先には、まだ何も見えなかった。それでも二人は、列車の轟音に身を委ね、ただ前方の闇を見つめ続けていた。
サミー幽霊エンドもあり?いやまさかね…