ep7_spn

Last-modified: 2026-05-09 (土) 05:15:47

ep7

BGM



見知らぬモーテルの部屋は、安っぽい洗剤と湿気た埃の匂いが混じり合っていた。テーブルの上には、ラベルの剥げかかったビールの空瓶がふたつ、手持ち無沙汰そうに転がっている。

部屋に置かれた唯一のベッドでは、半裸のサミーが微かな寝息を立てていた。ディーンはその隣から、シーツの温もりを振り払うようにして身を起こす。正直に言えば、サミーと一緒にいる時間は悪くない。いや、楽しいとさえ思っている。物心がつく前から、二人はこうして肩を並べて生きてきた。血の繋がった兄弟であり、共犯者であり、唯一の理解者。だが、その親密さが時としてディーンの喉を締めつける。

彼はスーツのジャケットをひったくるように羽織り、ポケットからタバコの箱を取り出した。火をつけようとして、ふと「タバコはキッチンでしか吸わないこと」という、いつの間にか出来上がっていた小さな家庭内の決まり事を思い出す。

ディーンは汚れたシンクに向かい、換気扇も回さずに煙を吐き出した。

「……そんなの、俺の性分じゃねぇんだ」

吐き捨てた言葉は紫煙と共に消える。気がついた時には、彼は部屋の扉を荒々しく開け、夜の空気の中へと飛び出していた。

主のいなくなった部屋で、サミーはゆっくりと目を開けた。キッチンからも、入り口の扉からも背を向け、壁を見つめたまま寝たふりを続けていたその瞳には、僅かな涙が溜まっている。兄が何を恐れ、何から逃げ出したのかを、彼は痛いほど理解していた。

ディーンが歩く夜道は、依然として深い闇に包まれている。明滅するメトロポリスが川の向こうに広がる河岸まで、彼はタバコを吹かしながら辿り着いた。対岸の光の束は、夜明けが近いことを疑わせるほどに眩しい。真上の街灯の周りでは、蛾が死を急ぐように羽を震わせていた。

「俺は……最低ってやつを知ってる」

あの街での出来事が、記憶の底から澱(おり)のように浮かんでは消える。
キャスという名の青いカナリア。アルミ缶から引きずり出してやって以来、何度か姿を見せるようになったあの毛むくじゃらのネズミ。クラウリーという大層な名前をつけてやり、チーズを恵んでやった。強欲な王様みたいになんでも食い散らかす、ふてぶてしい奴だった。
歯が折れるほど殴られた痛み。指の間をすり抜けていった天使のコイン。世界に向けて中指を突き立て続けてきた、このろくでもない人生。

ここから新しい何かが始まるのか、それともこれまで通りの泥濘(ぬかるみ)を歩き続けるだけなのか。
視界の端でいくら街が輝いていても、夜明けはまだ来ない。ディーンは真っ暗な水面を見つめ、届くはずのない名前を静かに呟いた。

「……サミー」

その声は、川のせせらぎと夜の街の喧騒に、跡形もなく飲み込まれていった。

ep8