それなりにドラマチックな生涯だったのに微妙な不名誉エピソードしか残ってないおじさん
以下三国志(演義)
- それなりにドラマチックな生涯だった
- 夏侯淵の息子 順当に出世すれば魏におけるTier1.5くらいの地位は約束されていた
- 夏侯淵
- スマホゲーにおける二年前のプリコネくらいの位置付け*1
- 夏侯
- 曹操の親父の生家はこっち(養子)
- しかし時は流れて司馬懿のクーデター
- 曹家縁の者たちが次々とぶち転がされ始める
夏侯覇おじさん慌てて蜀へと亡命
かつての敵国から転がり込んできた夏侯の姓持ちし者 これは熱い展開に違いない……!
- 特に何を遂げるでもなく歴史の合間に死亡
- 厚遇されてはいたようだが華々しい記録は残っていない
亡命時点で西暦249年=諸葛亮の死から15年経過
消化試合も消化試合な後始末区間 後世まで語り継がれる有名どころのメンバーは誰もかれも死んでおり、一人武将が転がり込んできた程度ではどうしようもない そもそも大活躍する余地など無かった お気の毒に
- 微妙な不名誉
- 亡命してすぐ現地の将軍とフレンドリーに接しようと頑張ったのに「君ウチではまだ新人だしそんなに親しくないでしょ」と釘刺されてしまった……とかいう残念エピソードを残されてしまっている
決死の覚悟で亡命キメたはずがうっかりサークルに馴染み損ねた5月後半のオタクみたいな扱い お気の毒に
- (参考)子世代
- 親がいくら有名どころであってもすぐさま子の知名度に結び付くわけではない
三国志演義においても夏侯覇その他が悪あがきする区間は不人気、メディアミックス次第では下手すりゃ丸ごとカット対象
いくら話を盛ろうと歴史の結果には逆らえない 尻すぼみになるのは仕方ない
夏侯覇の字もしっかり残っている でも誰も気にしていない
そんなこんなで三国時代ひっ捕まえた人物録として真っ先にページを作ることでWikiのよく分からなさ指数が跳ね上がる類の人物 それでもマイナー中のマイナー中のメジャーどころ止まりではある/三国志演義終盤には一定程度引っ張り出されている