表し方が纏まらず、書いては消し書いては消ししているページ。
気は進まない。少なくともバージョン3。
どうにかプリミティブな思考を整理し要約すると、こう:
社交的派閥を織り得る立場にありながらそうしなかったせいで、親しい/親しみを覚える人々が害されていたのなら、個人プレーを理想とする私の態度とは怠慢に過ぎないのではないか。
私が織るべきものは個別の小集団の数々ではなく、それらを束ね、私抜きで相互に守り合える、堅牢なコミュニティだったのではないか。
結局のところ当時の私は子供だった、と考えることはできる。
私がそういった物事を知ったのは何年も後で、「努力を払っていれば知り得た」には際限が無い。
しかし努力を払っていれば知り得た。知っていればできることはナンボでもあった。
最良の可能性を遠ざけたのは私が自ら招いた結果であり、私は私の―この表現はまったく好きではないが―私の大切な人々を傷付けた者たちよりも、むしろ知らずにいた私自身に対して腹を立てている。
その後も繰り返し繰り返している。
じゃあ子供云々は逃げでしかなく関係なくね?
結局のところ私の性分であり、限界であるのかもしれない。
だとしても、少なくとも問い続けねばならない。私の倫理において。