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生卵事件

Last-modified: 2019-11-25 (月) 15:04:23

1996年5月9日に、福岡ダイエーホークスの移動バスのフロントガラスに20個前後の生卵を投げつけられた事件のこと。
江戸時代末期に起きた生麦事件をもじっている。

概要 Edit

1996年のホークスは開幕時から低調で*1王貞治監督の采配を疑問視するファンによる過激なヤジや横断幕が度々見られた。
そして5月7日に日生球場で行われた近鉄戦では敗戦後にバス周辺を取り囲まれる事件が起き、雨天中止を挟んだ翌々日*2は囲まれたうえに「お前らプロか!」と罵声を上げながら生卵を投げつけるファンが現れた


その後 Edit

この4ヵ月後の9月16日に西武球場で行われた西武戦では、過激な横断幕の掲示やヤジが飛ぶ中で、発炎筒が投げ込まれる事件も発生。このシーズン54勝74敗で最下位に沈んだ。

この年、出た横断幕は
「南海復活!」
「その采配は王間違い」
「ヘタクソ採配王貞治」
「病原性敗北菌 OH-89」 *3
「王ヤメロ」
「すげーむかつく!!」
「さようならダイエー こんにちはアサヒビール」
「門田助けてくれ!」
「杉浦監督再登板」
「頼むから辞めてくれ!王」
「Bクラスの責任 腹切れ! 王貞治」
「チーム不振 山本和範解雇の責任を取れ 瀬戸山隆三」
「5年も待てるか 今すぐ辞めろ! サダハル」
「ホークス潰しの奸賊 王貞治 死んでお詫びしろ」
「王退陣」
「忌中」

しかし小久保裕紀城島健司がこの頃から覚醒し始め、秋山幸二も復調。翌年には松中信彦井口資仁・柴原洋らを獲得したことで常勝球団になっていき、王の評価は徐々に変わっていった

現在では「生卵事件を偲ぶ会」という団体が立ち上げられるなど一種の語り草となっている。
当時の主力選手の一人であり、2010年に現役を引退した村松有人(現:ソフトバンク一軍外野守備走塁コーチ)は引退会見で、この事件の悔しさをバネにして努力し続けたことを涙ながらに語った。


関連項目 Edit






*1 事件発生の時点で4連敗し開幕から9勝22敗。
*2 日生球場は1958年から1983年までは近鉄の実質的な本拠地として、以後も準本拠地として使用されてきたが、当該試合が同球場での最後のプロ野球公式戦となった。
*3 この年は0-157の感染者が10,000名を超え、小学生5名が亡くなっている