ep3
BGM
夜の帳が下りたダイナーの片隅で、ディーンは場違いな連れと共にビールを煽っていた。テーブルの上に置かれた古い真鍮の鳥かご。その中には、この世のものとは思えないほど鮮やかな、深い青色をした小さなカナリアがいた。
黒い小さな瞳をくりくりと動かし、ディーンを観察するように見つめては、チイチイと高く澄んだ声で鳴く。時折、止まり木を飛び跳ねては、珍しそうに外の世界を覗き込むその仕草に、ディーンの口元が緩んだ。
「……こいつにも一杯やってくれ」
飲み干したばかりのビールの空瓶をかごに向けて傾けると、カナリアは「チッチッ」と短く返事をした。それが言葉を理解した合図のように思えて、ディーンは上機嫌でタバコに火をつけた。
「仲良くやろうな、相棒」
カナリアが、ふっと微笑んだように見えたのは、アルコールのせいだけではないはずだ。
ディーンは鳥かごを掴むと、ダイナーを飛び出した。
「キャスだ! お前の名前は今日からキャスだ!」
夜の街を、狂ったような足取りで走り出す。
「ディーン・アンド・キャーーース! 最強のコンビだぜ!」
かごの中の「キャス」は、突然の揺れに驚いてバタバタと羽を羽ばたかせた。それがディーンには、共に喜んでいるようにしか見えなかった。
「イェェェー!」
叫び声を上げた刹那、暗がりに停まっていた車の角に、カンッという硬質な音を立てて鳥かごが激突した。
激しい衝撃。パニックに陥ったカナリアが暴れ、青い羽根が雪のように飛び散る。ディーンは慌ててかごを抱きしめ、中を覗き込んだ。
「……大丈夫か。ああ、大丈夫そうだな」
酔いと高揚に突き動かされ、彼はそのまま、ダンスを踊るようにかごをぐるぐると振り回した。気分は最高潮だった。かごの中のキャスがガタガタと震え、鳴き続けているのも、楽しんでいるのだと解釈した。最後には、かごを高く放り投げ、受け止めてから強く抱きしめた。
「最高の夜だな、キャス」
そのまま道端に崩れ落ち、眠りに落ちたらしい。
目覚めたとき、街には無慈悲な朝日が差し込んでいた。昨日の事件が嘘のように、忌々しい太陽がいつの間にか空に居座っている。
ふと傍らを見ると、鳥かごの底には飛び散った青い羽根に埋もれるようにして、ぐったりと横たわるキャスの姿があった。
「おい……キャス、しっかりしろ」
慌ててかごから出し、手のひらに載せる。カナリアは弱々しく、今にも消え入りそうなほど小さく見えた。身を震わせるその小さな体を、ディーンは祈るように優しく握り締めた。
「くそっ、くそ、くそ……!」
行き交う車、騒がしい通行人。それらすべてを無視して、ディーンはただ、手のひらの中にある震える命を抱き続けた。
丸一日が過ぎ、再びあたりが暗くなった。
「頼む……死なないでくれ……」
風が吹き、手の隙間から青い羽根が数枚、夜の街へと飛ばされていく。
いつしか、彼は同じ姿勢のまま眠りこけていた。ふと気づくと、カナリアを包んでいたはずの手の感触が、恐ろしく冷たくなっている。
心臓の鼓動を早めながら、そっと手を開いた。
そこには、ただ一枚の青い羽根が残されているだけだった。
猫に食われたのか。それとも、もっと最悪な何かが起きたのか。
「……飛び去ったのか?」
夜の街を見上げる。ヘッドライトが無作法にディーンを照らし、うるさいエンジン音が沈黙を切り裂く。
「飛び去ったのか、キャス」
二度問うたが、答えはない。ひらひらと、手元の羽根が足元へ落ちていった。
言葉が消えた。気分は最低だ。泣き出したい衝動をこらえ、立ち上がろうとした時、ふと「もういいだろ」と自分を切り離す声が聞こえた。
ディーンは気づかなかった。
「兄貴! どこへ行ったんだ! あのカナリア、せっかく僕が治してあげたのに!」
背後から、ピカピカの新しい鳥かごを抱えたサミーが、必死の形相で追いかけてきていることに。