26-0

Last-modified: 2020-02-22 (土) 07:23:45

2005年、千葉ロッテマリーンズ対東北楽天ゴールデンイーグルスの開幕2戦目のスコアの事。
2020年現在、「負けたチームが完封された試合の中では最も得点差がついた試合」である*1


楽天の参入、チーム作り Edit

2004年シーズン終了後に近鉄がオリックスに吸収合併され、12球団を維持するため楽天が新規参入。
そして11月8日時点でオリックスと近鉄に所属する選手を分配するドラフトが行われたが、まずオリックスが25選手を優先的にプロテクトするという、オリックスに有利すぎるルールであったために、主力クラスの選手はオリックスに根こそぎ奪われてしまう結果となった。
またオリックス、近鉄共に投手力に課題があるチームだったため、投手陣は特に悲惨なことになった。

分配後の戦力強化でも、一軍での実績が無い選手や成績の落ちこんだベテランを集めるのがやっとで、最終的に主戦力として期待できたのは岩隈久志*2礒部公一吉岡雄二、高須洋介、川口憲史、山崎武司*3くらいであった。

2005年の楽天 Edit

3月26日の開幕戦は岩隈の力投によって公式戦勝利を挙げるが、2戦目は投手陣が4発被弾を含む24安打・14四死球と大炎上。打線もロッテ・渡辺俊介に1安打1四球に抑えられ26-0の完封負け*4。この記録的な敗戦はメディアによって広く拡散され、開幕戦で僅かに期待したファンを絶望させ、田尾安志監督に「2軍レベルにすら達していない」と言わしめた。
また岩隈も前年から抱えていた肩の故障により期待程の成績を残せず、途中からは投手陣が完全崩壊。プロとは思えない負け方をくり返し、2度の11連敗などを重ねて最終的には38勝97敗・勝率.281首位と51.5ゲーム差、5位にすら25ゲーム差という有様。複数年契約のはずだった田尾監督は1年で解任されることとなった。
ただし当時の楽天関係者は「この戦力で100敗を回避した事自体が奇跡」「誰が監督をやっても結果は同じだった」などと語っており、田尾には同情の声もある*5

試合結果 Edit

2005年3月27日 千葉-楽天2回戦 千葉マリン 1勝1敗 球審・林  
試合時間3時間35分 観衆2万4028人

    1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
楽 天 0 0 0 0 0 0 0 0 0   0
千 葉 2  11 1 0 1 4 0 7 X 26

楽天 ●藤崎(1敗)、有銘、小倉、福盛、徳元、マイエット-藤井、長坂
千葉 ○渡辺俊(1勝)-橋本
本塁打 西岡1号、パスクチ1、2号、ベニー1号(ロ)
三塁打 西岡(ロ)
二塁打 パスクチ、平下、渡辺正、フランコ(ロ)
楽天    1安打5三振1四死球    0盗塁0失策0残塁
千葉 24安打1三振14四死球 1盗塁0失策11残塁 

画像 Edit

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関連項目 Edit


関連リンク Edit



Tag: 楽天 ロッテ


*1 負けたチームが完封されず最も得点差がついた試合は、1940年4月6日の阪急軍対南海軍の32-2。なおノーヒットノーラン試合で最も得点差がついたのは1952年7月26日の読売ジャイアンツ対松竹ロビンスの17-0。野球全体では1998年7月18日の第80回全国高校野球選手権大会青森予選2回戦での東奥義塾高校対深浦高校(現:木造高校深浦校舎)の122-0(こちらもノーヒットノーラン試合であり、東奥義塾の投手陣は深浦打線に対して少なくとも4つの出塁を許したのみである)
*2 オリックス入団を拒否したため、オリックス分配後に金銭トレードという形で楽天入り。
*3 分配ドラフト前にオリックスを自由契約になったため、分配ドラフトの対象にならず楽天入り。
*4 しかも出塁した2人の選手は盗塁失敗と併殺打でどちらも刺されたので準完全試合という始末。
*5 特に田尾に代わって楽天の監督となる野村克也は田尾の今後の指導者としてのキャリアを失わせてしまったと激怒した。