優勝見届け人

Last-modified: 2020-12-21 (月) 16:11:25
  1. 埼玉西武ライオンズのこと
  2. 秋山翔吾のこと(詳細後述)
  3. 石毛博史(元巨人→近鉄→阪神)の自称


1と2の経緯

西武は2000年後半から何故か眼前で優勝されるジンクスを抱えており、日本一になった2008年以降の10年間で対戦相手が優勝を決めた回数は実に6回に上っていた*1。このことから「優勝請負人」になぞらえて「優勝見届け人」「優勝見届け球団」などと呼ばれていた。

2011年に入団し1年目から一軍に定着した秋山も時期が被っていたため優勝を見届けてきたが、どちらかと言えば「チーム全体が優勝を見届けている」という風潮が強く、2017年レギュラーシーズン終了までは「優勝見届け人」と言えば西武を指していたが……

2017年

同年のCSセカンドステージ・福岡ソフトバンクホークス対東北楽天ゴールデンイーグルスの第5戦では、テレビ中継のゲスト解説に秋山が登場。ソフトバンクが3勝2敗(アドバンテージ含む)で王手を掛けた試合は秋の風物詩のジンクスを破って7-0で勝利、秋山はリーグ戦に続いて2度目の胴上げを見届けることになってしまった

さらに追い討ちをかけるように、TVQ・結城亮二*2アナウンサーが秋山に優勝経験のないことレギュラーシーズンも優勝を見届けた感想などを聞くぐう畜ぶりを発揮。これには秋山も「目の前で胴上げを2回も見たのは僕ぐらいだと思いますので」と上手く切り返していた。
この一連の流れはなんJでも受け「こいついつも胴上げ見てんな」「日シリ4~7戦のゲスト解説決定」などのレスが飛び交い、今度は秋山自身が「優勝見届け人」と呼ばれるようになったのである。


2018年

西武が山賊の活躍で開幕8連勝とスタートダッシュに成功するとシーズン通して首位をキープ、9/17には2位ソフトバンクとの3連戦3連勝しマジック11点灯。9/30日本ハム戦で敗れるもソフトバンクも敗れ、10年ぶり22度目のリーグ優勝を達成。
しかしクライマックスシリーズファイナルステージのホークス戦、投手陣が5戦44失点の大崩壊を起こしシリーズ敗退、2年連続メットライフドームでホークスの優勝胴上げを見届けることとなってしまった。
秋山も20打数3安打と低調で「優勝見届け人」っぷりを発揮することとなってしまった。

2019年

山賊は浅村栄斗が楽天にFA移籍するも、変わらぬ破壊力で後半戦から貧打に苦しんだソフトバンクを猛追。9月15日にマジックを点灯させるとそこからは首位をキープし9月24日のロッテ戦に勝利してリーグ連覇を決めた
秋山は3年連続4回目の最多安打タイトル獲得となるシーズン179安打を放ちリーグ連覇に貢献。この試合でもダメ押しとなる走者一掃のタイムリーと押し出しでようやく勝って自らの優勝を見届けることができた。よかったね、おめでとう
2019シーズンは最多安打を獲得した秋山の他、首位打者に森友哉(.329)、本塁打王に山川穂高(43本)、打点王に中村剛也(123打点)、盗塁王に金子侑司(41盗塁)と打撃タイトル6部門中5部門を西武の選手が独占するなど破壊力を結果で示した。

しかし前年のリベンジを期したクライマックスシリーズファイナルステージのソフトバンク戦、先発中継ぎ問わず出てくる投手が軒並み打たれ、4試合全て2桁安打を浴び55被安打32失点と大崩壊ソフトバンクに4タテされ3年連続メットライフドームでホークスの優勝胴上げを見届ける事となった。
一方、秋山本人は.278とそれなりに活躍した。

 

シーズン終了後、秋山はプレミア12日本代表に選ばれるが直前の強化試合・カナダ戦で死球を受けた結果、右足薬指を骨折し無念の出場辞退となってしまった。*3
しかし秋山はプレミア12の日本戦をほぼ全試合球場に訪れて観戦し、日本優勝の瞬間も球場で見届けた

石毛の場合

1988年ドラフト外で市立銚子高から巨人に入団。巨人時代は豪速球とフォークを武器に頭角を現し抑えとして活躍するが後年の澤村拓一と似たタイプで「石毛劇場」と呼ばれた。1993年から2年連続で最多セーブを記録、1994年には優勝にも貢献した。しかし元々肘とコントロールが悪かったことから成績を落とし、1996年オフに石井浩郎の年俸調停問題の煽りを受け近鉄へ放出。その後2003年から阪神に移籍し中継ぎとして復活しチームはリーグ優勝。2年前に近鉄がリーグ優勝した記憶が新しい中、巨人の抑えとして活躍した石毛が阪神で再度優勝の美酒を味わったことからマスコミが「優勝請負人」と呼んだのに対し、自分は決して優勝に貢献した訳では無いという自虐込みの返し*4で「優勝見届け人」と自称したのが由来である。阪神がリーグ優勝を果たした2005年に引退。

関連項目



Tag: 西武 阪神 なんJ


*1 また、2012年は胴上げを見届けなかったものの、2位・西武が敗れたことで試合のなかった1位・北海道日本ハムファイターズが優勝を決めており、間接的に優勝をアシストしている。
*2 父は元MBSのスポーツアナで、GAORAに出向し、定年後もフリーで実況を務めるアナウンサー・結城哲郎。この試合ではベンチリポートを担当していた。
*3 追加招集されたのは丸佳浩
*4 1994年は決して飛び抜けた成績ではなく、1996年は絶不調の後放出、2001年と2003年も登板数は多くなく成績も決していいものではなかった。なお優勝したが自身は一軍未出場という年が1989年、1990年、2005年と3回ある。