怖いOBが来なくなった

Last-modified: 2020-11-22 (日) 20:29:40

大田泰示(巨人→日ハム)が日ハム移籍後に好調を保っている理由についての一つの仮説。


概要

  • 巨人時代
    大田は東海大相模高から2008年ドラフトで読売ジャイアンツに1位入団。原辰徳監督の母校の後輩という縁もあって松井秀喜の背番号55を与える、選手寮に入る際にも松井や坂本勇人が使用した出世部屋を宛がわれる、打撃は原直々に指導する*1など大きな期待がかけられていた。しかし一軍に定着出来るような結果は残せず、背番号55も剥奪。2016年オフには大田・公文克彦⇔吉川光夫・石川慎吾の交換トレードで北海道日本ハムに移籍した。
  • 日ハム時代
    移籍後わずか3ヶ月で9ホームラン*2を放ち、移籍1年目で規定打席にも初めて到達し、打率.258、15本塁打、46打点を記録した。
    他にも2019年6月9日の29歳の誕生日にNPB史上35人目となる全球団本塁打を達成、オールスターに2018・2019年にプラスワン投票で1位に選出される*3など、まるで別人のような活躍を見せている。

原因の考察

常勝軍団であることを求められる巨人と、若手が伸び伸びプレイできる日ハムの環境差を挙げる意見が目立っていたが、北海道のローカル情報番組である『みんなのテレビ』にて「一枚で環境の変化を的確に表した画像」が紹介された際、巨人側の大田は強面で威圧的な4人のOBに包囲されて窮屈そうに練習していたのに対し、日本ハム側の大田は満面の笑みの森本稀哲(同番組のコメンテーター)に見守られながら朗らかに練習しており、テロップで「怖いOBが来なくなった」と書かれていたことから、「森本は怖くないOB」「サンキューひちょり」などと称されるようになっている。
画像が貼られた際は「ひちょりニコニコでワロタ」とレスするのがある種のお決まりになっている。

なお、大田本人も「日ハムではのびのび野球がやれている」と語っており、この説の信憑性が有力になっている*4

 
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怖くないOBが大集合

2017年、飯山裕志(現:1軍内野守備コーチ)の引退セレモニーにて、飯山の登場曲『勇次』(長渕剛)を歌うOB一同
左から岩本勉→建山義紀→稲田直人→森本稀哲。
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巨人、怖いOBの排除に乗り出す

大田の移籍後の活躍が契機となったのか、2018年オフの*5の監督復帰から、巨人も怖いOBと距離を置く施策を取り出した模様。

5年ぶりのリーグ優勝を果たすも日本シリーズではソフトバンクを相手に無残な4連敗に終わった原巨人。課題は数多いが、違った視点から巨人の問題を指摘するのは、V9時代前半のエース・中村稔氏(81)だ。

 中村氏は「今の巨人はOBの意見に耳を傾けない空気がある」と言う。

「東京ドームに視察に行った時、食堂でメシを食っていたら、副代表が来て“今年からここにはOBの方は入れなくなったんです”と頭を下げてきた。以前はこの食堂で、私が気づいた現役選手の異変を本人に伝えていたのに、それができなくなった。

 メルセデス(25)の膝が割れることや、菅野のフォロースルーが足りないこと、宮國(椋丞、27)の投球フォームのバランスなど、今シーズンは指摘できなかった修正点があった。OBの声が届かないもどかしさはありますね」

 今の巨人に対して、1980年代の巨人打線の中軸を担った“絶好調男”の中畑清氏(65)は「もっと闘争心を剥き出しにしろ!」と激励する。

「戦う魂は巨人にもソフトバンクにもあると思うんだよ。だけど、球際の最後の詰めだったり、最後まで最善を尽くすゲームに臨むという、その必死さ、きめ細やかさに差があったんじゃないか。力のある選手がそれをやれば、絶対に負けることはないよな。

今の巨人に必要なのは、下積み、準備、とことん鍛え抜く姿勢。そういう精神力の強さを持ってグラウンドに立つ。その準備をしっかりやって、来季に挑戦してもらいたいね」

https://www.news-postseven.com/archives/20191116_1484991.html?DETAIL

関連項目



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*1 これも松井に倣ったもので、当時の監督長嶋茂雄が「1000日計画」と題して松井を直に指導していたことから。
*2 巨人時代8年間の通算本塁打数が9本
*3 ただし2年とも故障のため辞退。
*4 実際、巨人OBである廣岡達朗内海哲也を説教するなど一部の巨人OBの過度な現場介入が時折表面化しては問題視されていた。
*5 原もまた現役時代は怖いOBに口出しされまくっていた。