Book25:ある肖像画に関する本。ルネ=バティストによるとされる肖像画とカリスティア建国の王との関連性について、独自の考察が巡らされている。

Last-modified: 2008-12-28 (日) 21:26:57


ここに、一枚の肖像がある。
描いたのは、4000年紀中頃に活躍した天才的な画家、ルネ=バティストであると云われている。
おそらく妖精の若者ではないかと思われる、この絵のモデルが誰なのかを知る手がかりはない。
絵のうらには「T」と書かれているが、それがなにを意味するのかはわからない。

しかし、ここに描かれた人物を、私はまったく別の場所で目にしたことがある。
カリスティア王国の初代国王、ティリュアンである。
ティリュアンは謎につつまれた人物で、ある時まったく無名の若者としてルノン山脈の北に現れ、またたく間にその地に王国を築いてしまったのだ。

それまで、どこで何をしてきたのかについては、彼は死ぬまで誰にも明かさなかった。
そのため、相当に後ろ暗い過去があったとする説は、未だに根強い。
しかし私には、彼は高潔で英雄と呼ぶにふさわしい人物に見えた。
また、カリスティア建国当時、彼に会ったユーフラニア諸国の貴族、高官らの多くは、彼の正確なアウロラ語と立ち居振る舞いの優雅さに驚いたとの証言を残している。

ティリュアンの出自がどのようなものであれ、カリスティアの地にくらす人々にとっては、彼が救い主であり英雄であったことは間違いない。
その謎めいた建国の英雄の顔と、伝説の画家が残した素描画の驚くべき類似に、奇妙な興奮をおぼえるのは私だけであろうか?

確かに、よく似た人間というのは存在する。
しかし、この二つの顔のあいだには、何か他人のそら似ではすまされぬ繋がりがあるように思われてならない。
魂の類似、とでもいうべきものだ。

先にティリュアンについて謎の多い人物と書いたが、画家ルネ=バティストもまたその人生に謎を残している。
ルネは人間と妖精の間に生まれ、幼少の頃よりその画才の並ぶ者なきことはよく知られていた。
彼はアウロラの宮廷画家として活躍していたが、絶世の美女と云われたカリス姫に恋し、姫が北方の魔王討伐に向かわされた時、だた一人姫に同行して魔の王国へと踏み入った。
魔王は滅びたが、北方から戻ったのはルネだけで、カリス姫がどうなったのかについては何一つ語らなかったと云う。
そのかわり、ルネはカリス姫の素晴らしい肖像画を描きあげた。残念ながらその肖像画はもはや存在しないが、それには次のようないきさつがある。

ルネは北方の魔の王国に入った時に、魔に心を犯され魔王の操り人形にされてしまった。
彼の描いたカリス姫の肖像画には、滅ぼされたはずの魔王の魂が宿っており、絵をみる者たちの魂を吸いとっては己の復活の力としていた。
ルネはこの絵を北方に持ち去り、その地で魔王の復活をはかろうとした。
そこで、アウロラの聖龍王はこの危険な絵を聖なる火で焼き、地上から永久に消し去ってしまった。
無論、ルネもその後すぐに処刑された。
このような末路をむかえた為に、ルネの作品はほとんどが処分されてしまい、現在は世界に数点しか残されていない。
ルネが描いたカリス姫の肖像画に本当に魔王の魂が宿っていたのか、ルネが本当に魔に取り憑かれていたのかは、いまとなっては確かめることは出来ない。

しかし、この話には不思議な点が多々ある。
アウロラの誇る美姫が、画家一人をつれて魔王討伐におもむくというところからして、かなり現実離れしている。
この話には魔王討伐だけではない、別の話が隠されているように思われるのだ。

 

さて、最初の名もなき若者の肖像の話に戻るが、あの絵が描かれたのは、ルネがカリス姫の魔王討伐に同行していた時期と考えられている。
この絵はルネの友人だった、ジャック・パンゼラの子孫によって保管されていた。
一緒に保管されていたパンゼラの日記には、つぎのような記述がある。

「ルネは、魔の王国にも善なるものは存在した、という話をなんども繰り返した。
ユーフラニア北部壊滅の真の原因は、魔王ではなく、早々に適切な対応をとらなかった陛下なのだとすら口走る。
そのために、カリス姫も戻ることができなかったと云うのだ。
彼の云うことは、支離滅裂でわけがわからない。
北方から戻って以来、ルネはずいぶんと変わってしまった。これでは、魔に魅入られたのだと噂されてもやむをえない。
しかしわたしがそのように云っても、ルネの心にはとどかない。
なにかが、ルネの心を占めている。それがカリス姫への想いなのか、魔王の誘惑なのか、わたしにはわからない」

「ルネは本気で、カリス姫の肖像画を魔の王国のあった北の地へ届けるつもりだ。
いったいなにがルネを、これほど北の地にひきよせているのだろうか?
わたしは陛下と宰相閣下に、このことをご忠告申し上げるべきか迷っている。
ルネがばかげた真似をするまえに、目を覚まさせてやれたらと思うのだが……」

親友のパンゼラでさえ、ルネの真意を知ることは出来なかった。
それが果たして本当に邪悪なものであったのかは、もはや誰にもわからないだろう。

ルネは、魔の王国と呼ばれた北方の地で何を見たのだろうか?
そして、彼が残した絵にあまりにもよく似た、カリスティア王国の建国者ティリュアンとは何者なのだろうか?
この二つの謎が解ける時、歴史は私たちに新たな事実を語りかけてくれるのではないかという気がするのである。