Book33:ラヒア国王パセウスの手記。ジェラールと云う人物に対し、受けた恩義に感謝するとともに、かつてアウロラから聖龍石を持ち出したことを詫びている。

Last-modified: 2009-01-03 (土) 17:13:54

ジェラール、私の大切な友よ。君はいまでも、私のことを怒っているだろうか。私を裏切り者と思っているだろうか。
君に受けた恩義には、どれほど感謝してもしつくせない。
君が私にしめしてくれた友情ほど、貴重なものはない。
だから、その君を失望させる結果になってしまったことは、とても辛いのだ。

あの楽園での美しく心穏やかな日々は、なににも勝る至福の時だった。
あのまますべてを忘れて君たちと死ぬまであの地で過ごすことができたらと、私は何度も夢想した。
だがそれは、私には許されないことだった。
私はどうしても、祖国とそこに暮らす民のことを忘れることができなかった。そしてまた、忘れてはならぬのだとも思う。
王家に生まれた者の義務として、私には私の祖国と民を守り豊かにするという役割がある。
この役割を放棄し、楽園に遊び続けることは、君たちのアウロス神としてお許しにならないだろう。
小さく貧しい国だが、それでもあの地こそが、私の国であり、私が生きる場所なのだ。

楽園で君たちのすばらしい技術や魔法の力をみるたびに、私はなぜこれらの力をもっと広く用いないのかと君に尋ねたものだった。
そうすれば暮らしはより豊かに便利になる。それは君たちとてわかっていることだった。
けれど、君はいつも私の問いに「必要がないからさ」と、答えていた。
たしかに、あの楽園での暮らしはすでに十分豊かだろう。
だが、たとえば私の祖国ラヒアはどうだろうか?
やせた土地にしがみつき、魔物や自然の脅威を怖れながら、日々ぎりぎりの暮らしを続けるしかないあの国を見ても、君は「必要ない」と云えるだろうか。

私は民を救いたい。彼らの喜びの声で、国を満たしたいのだ。その方法がありながら、何もしないでいるのは正しいことなのだろうか。
少なくとも王家の人間としての私の心は、それは正しくないと告げている。
それが罪だと云うことも、私はわかっている。だが君たちの資産のほんのわずかさえあれば、ラヒアの暮らしはそれまでよりはるかに豊かになるのだ。ひとりでも多くの人間を生かすことができるのだ。
あたりまえのように人々が死んでいき、飢えが日常となっている世界など、ジェラール、君には想像もつかないだろう。
人間の世界は、かくも野蛮で過酷だ。


楽園からもち出した魔法書と、君に教えられた技術のおかげで、いまラヒアは着実に前進している。
そして、聖龍石。この力は実に偉大だ。
これを持ち出したことを、許してくれとは云わない。だが、私は決してこれを、自分のものにしたくて持ち出したのではないのだ。いまでも私は、この石は一時的な借り物と考えている。
聖龍石は、いずれ君たちのもとに返すつもりだ。

この石が、私たち人間の手にあまるものだと云うことは、私にも解っている。
ただ、もう少しだけ待って欲しい。
いまこの国はようやく、安定した暮らしを手にいれつつある。大地は潤いはじめ、魔物に脅かされることもずいぶんと減ってきた。耕地が広がり、人がふえ、町ができ、城壁が築かれている。
もう少しだけ、この国を庇護する力が必要なのだ。そうすれば私たちは、自らの足で立ち上がれるようになるだろう。

ジェラール、できることならば、私はもう一度君のもとを訪れ、聖龍石を返し、君に謝りたいと思っている。
そして、君たちのおかげで豊かになった祖国を見せたい。
だが、ラヒアに辿り着いてから、私は何度も君と君がいた楽園を探すために人を送り出したのだが、ついに今日まで何の手がかりも得ていないのだ。君に会うことはもうできないのだろうか、ジェラール。
あの楽園の門は、私には二度と開かれないのか。
ならばせめて、ラヒアの民は永遠にアウロスを崇め、神の都に感謝と忠誠を捧げつづけよう。
君とそしてアウロラこそが、ラヒアの真の救い主だ。

いつの日か、すでに私がこの世から去った後、ラヒアの民が君たちと触れあうことがあれば、私の謝罪と感謝の言葉とともに、聖龍石が返されることを願う。
そのためにも、私はラヒアの法に聖龍石をアウロラに返すべしと定めた。
君の優しさとアウロラの偉大さが、この地で忘れられることは決してないだろう。

 

ラヒア国王 パセウス