Book8:<黄金の林檎>の本。天才画家ルネ=バティストが描いた肖像画と、金の林檎に封じられた邪悪な心についての物語。

Last-modified: 2008-11-15 (土) 22:05:36

<黄金の林檎>

 

ルネ=バティストの父親は妖精であり、きわめてすぐれた芸術家であったが、ルネの才能は、それをさらにこえるものであった。
とくに絵画の才はすばらしく、純粋な妖精たちのなかにもこれほどの描き手は見出せなかった。
描かれた対象の圧倒的な存在感ゆえに、彼の絵筆は対象の心までもうつしとると云われた。
すくなくとも一枚の絵においては、それは真実であった。

彼は12歳のときに、聖龍王の姪であるカリスを見て、ひとめで恋におちた。
人間たちは知らぬことであったが、カリスはルシーヌであり、妖精王についで美しく力あるものであった。
カリスの心は妖精王のものであり、それゆえ人間たちには氷姫とよばれていた。
ルネは何枚もカリスの絵を描いたが、それらは実にみごとではあったものの、ただの絵にすぎなかった。
カリスの心は他のものたちには閉ざされていたために、ルネはカリスの心に触れてその魂のかたちをさぐることができなかったのだ。

ルネが24歳のとき、北方にあった悪しき影が広がり、ついにその地に邪なる王国を生じせしめた。
聖龍王の力をもってしても闇ははらいがたく、暗雲がこの地にもおしよせた。
妖精王はルシーヌをつかわすことに決め、カリスは彼地におもむいて邪なる王国をほろぼした。
しかし、カリス自身もまた闇に穢された。その心は狂い、正しき道を見失った。
このときはじめて、ルネはカリスの心に触れ、カリスの魂のかたちを知った。ルネはそれをもってカリスの最後の肖像画を完成させた。

闇に蝕まれたカリスは妖精王によってほろぼされ、あとにはルネの描いた絵だけが残った。
その絵は、まさしく心をもっていた。
生きたカリスさながらに思考し、見る者を見つめ、語りかける者にこたえたのである。
しかし、ルネが描いたカリスはすでに闇に穢されていた。そのため、絵にやどる心もまた邪悪なものとなりはてており、やがてその絵は見るものを狂わせ、闇にひきずりこむと云われるようになった。

妖精王は、絵にやどるルシーヌの美しさだけを残して、絵のうちよりカリスの心を抜き出し、秘密の庭に埋めた。やがてその庭から1本の木がはえ育った。
木は、美しく輝く黄金の林檎を実らせた。妖精王は、この実を決してカリスの絵にあたえてはならぬと命じた。というのも、黄金の林檎にはその美しさとうらはらに、穢された邪心がつまっていたからである。
「黄金の実につまった穢れた心が、ふたたびカリスの絵にもどされれば、絵は悪しき言葉によって光を遠ざけ、アウローヌの地に災いをもたらすであろう」と、妖精王はつげた。

ところが、それをなさんとする者があった。
カリスの絵を描いた、ルネ=バティストである。ルネは苦難の末に秘密の庭に入りこみ、黄金の林檎をぬすみだした。
幸いにも、ルネの企みに気付いた聖騎士ローランによって、絵に心が戻ることは未然に塞がれ、ルネはとらえられた。
ここにいたって、妖精王は黄金の林檎の木とカリスの肖像画をこの世界からもち去り、誰もふれぬことのできぬ場所に隠してしまった。さすがに妖精王も、あまりに見事なこの絵を葬り去ることだけはできなかったようである。

ルネは闇の手先となりはてたとして、聖龍王によって処刑された。