Book26:ガブリエルがギュスターヴに宛てた手紙。エルカレアの歌い手と亡きジュリア=ルシーヌ姫について、警告をあたえつつ知るところを述べている。

Last-modified: 2009-01-15 (木) 21:02:01

不死鳥の月16日

 

ギュスターヴ様

 

懐かしい方からお便りを頂き、たいへんうれしく思っております。久方ぶりに、当時の様々なことを思い返しました。
わたくしは、聖域で変わりなく過ごしております。
けれど、外界では様々なことがおこっていることも存じております。エルカレアに、類稀なる歌い手があらわれたことも。
ギュスターヴ様がお尋ねになったことは、王が紡がれる運命に関わることであり、本来はわたくしごときが他の人間に語ることを許されるものではありません。
けれどギュスターヴ様は、かつてルシーヌ様をお救いくださいました。そのご恩に報いる為に、できるかぎりのことをお話いたしましょう。

ギュスターヴ様も御存知のように、ルシーヌ様はあまりにあの方を愛されました。あの方の為に、ご自分のお命すら捨てようとなさるほどに。
そしてあの出来事の後、ルシーヌ様は聖龍王ではなくあの方を選ばれ、あの方にすべてをお与えになったのです。もちろん王は、それをお許しになりませんでした。
王はルシーヌ様の心を砕かれ、その肉体を滅ぼされました。ですから、ジュリア=ルシーヌ姫はもうこの世には存在しないのです。
けれど、<ルシーヌ>は不滅の銀竜です。そして、この大災厄時代を乗り切るためには、王は何度でも<ルシーヌ>を地上におくりだされるでしょう。

エルカレアにいる歌い手は、ギュスターヴ様がお考えのようにあのお二人のお子ではありません。
ただし、銀竜と黒龍、妖精と人間、これら双方の血をひくあらたな命が生まれたことは事実です。
その命がどうなったのかは、わたくしにもわかりません。王は人の命を砕くことはなさいませんから、どこかに生きつづけているのだろうと思います。

ギュスターヴ様、これ以上、王の紡がれる運命を覗き見ようとなさいますな。これ以上は、人が関わるべき領域ではありません。あの方にも、エルカレアの歌い手には近づかれぬようお伝えくださいませ。あの方は人の世の英雄、されど王は人間の英雄など必要となさいません。王が必要となさるのは、ただ<ルシーヌ>のみ。もし、ふたたび<ルシーヌ>が王に背くようなことになれば、たとえそれが悪意によってなされたことでなく、どのような善意や愛によってなされたことであっても、地上は多大な痛みを負わねばならなくなるでしょう。
いかに<光の黒龍>とて、その痛みを負いきれるものではありません。

エルカレアの歌い手は、やがてアウロラに至ります。聖龍王をお救いできるのは、その歌い手だけなのです。
ですから、彼には心乱すようなことは、何もお話しになってはなりません。
ギュスターヴ様は、聖龍王とアウロラのことだけをお考えくださいませ。

喪われた過去をとりもどそうとなさってはなりません。砕かれた心は戻りません。あらたな<ルシーヌ>は、もはやジュリア姫ではないのです。
王が危険とお考えになれば、今度こそ<ルシーヌ>は容赦なくその者を滅ぼすでしょう。

それでは、ギュスターヴ様もどうぞ御身を大切にお過ごしくださいませ。

 

ガブリエル