Book39:ルネがティリュアンに宛てた手紙。

Last-modified: 2009-01-03 (土) 22:26:40

ティリュアン様

 

貴方が目覚める時、私は――いえ、そもそもこの時代の人間は誰一人、生きてはいないでしょう。
姫は、貴方の肉体が生成されるまで、400年はかかると云われましたから。
それでは、貴方にこの物語を語る者は誰もいなくなってしまいます。
そこで、私はこの手紙を書くことにしたのです。

貴方は、カリス姫によって他の一族とともに、自分も殺されたと思っているかもしれません。確かに貴方の肉体は、北方王国とともに滅びたそうです。
けれど、姫はあなたの魂を惜しまれた。姫は自らの血肉をもって、貴方の魂を繋がれました。数百年かけて貴方の肉体は、貴方が望んでいたように人間のそれとして再生すると、姫は云われました。
そしてその為に、あの方は滅びました。
けれど姫が貴方の魂を惜しまれたのは、なによりも姫ご自身が、貴方にふたたび逢うことを望まれたからだと思うのです。
同じ世界に、貴方に生きていてほしかった――あの方がそのようなことを願われたのはたぶん、それがはじめてのことでしょう。

私は12歳の時にカリス姫を知り、以来あの方に魅せられつづけてきました。
姫は美しく完璧でしたが、そのお心はここにはなく、銀の籠に閉じ込められて、どこか別の世界におかれているようでした。そして姫ご自身も、そのことには気付かれていないようでした。
あの方はルシーヌだから、その心は王のものなのだ、と父は私に云いました。
けれど私は、いつのころからか、姫がご自分の心を探しておられるような気がしてならなかったのです。

姫が、こう問われた時のことを憶えています。
「おまえは夢をみるか?」と。
私は、半妖精の自分は人間よりもよく夢をみるのだろう、とこたえました。
姫は、どんな夢をみるのかと問われたので、私は、愛するもののことや、望んでいること、怖れていること、ほかにも不思議な夢をいろいろとみると思う、とこたえました。
そして、姫は夢をごらんにならないのかと尋ねました。
姫は、こうおこたえになりました。
「私は王の夢しかみない。けれどそれは多分私の望みや怖れではなく、王が私にみせる夢なのだ」

貴方は気づいていたのですね。
貴方は、姫が何かを語るまえから、姫のなかをふきぬける小さな悲鳴のような風音に気づいていた。
貴方は人でも妖精でもなかったけれど、もしかしたらそれ故に、あの方が本当は氷姫などでないことを判っていた。
おそらくは貴方だけが、姫に、なにかを望むことを教えてさしあげられた。

正直、私は貴方が羨ましかった。たとえ命とひきかえでも、私は貴方のように姫に心をあげたかった。
けれど、それは私の役目ではなかったようです。
神が私におあたえになったのは、絵を描くための目と手でした。
ですから、私はこの手で、カリス姫の願いをかなえたいと思います。もちろん私には、姫を生き返らせるなどという芸当はできません。
ただ、私が感じた姫のお心がまことのものであるならば、私は全身全霊をかけて、そのお心を絵のうちに描きだしてみようと思うのです。

いまだかつて、これほど強くなにかを描きたいと感じたことはありません。
私のすべてをその絵のために捧げ、必ずや姫のお心の一片なりとも、その絵とともに地上にとどまらせてみせるつもりです。
貴方がふたたび人の世に戻られた時、その絵が姫のお心を貴方に伝えてくれるでしょう。

絵が完成した時に、またここに来ます。
できれば、あの方が亡くなられた黄金龍の月の25日に。
それでは。

 

ルネ=バティスト・ルフォール