肆話

Last-modified: 2007-09-21 (金) 13:27:52

そうこうしている内にも、ニューカッスルの城の辿り着いた一行。
 返り血にまみれた源之助の姿に、あからさまに顔をしかめる者もいたが、アンリエッタ王女より託された書状と、水のルビーによって身の証を立てると、程なくして一行は城のホールへと通された。
 パーティーである。王党派最後の日を控え、貴族や臣下が園遊会の如き出で立ちをしてパーティーに興じていた。様々に並んだ豪勢な食事は、恐らくはこの日の為にとって置かれた物なのだろう。

「手紙は私の部屋にある。君らは付いて来てくれたまえ」

 直接任務に関係した者らしい、ワルド子爵とルイズ、そしてその使い魔である源之助を連れ、ウェールズ皇太子は彼等を自身の部屋へと迎え入れた。
 そこでようやく気付いたと言う様に、まだ傷の名残も生々しいワルドの鼻に、ウェールズは気付いた。

「道中に付けられた傷であるのかね?」
「いえ、そちらのルイズの使い魔との決闘の折に」

 著しく自身の名誉を傷つける言動であったが、王族相手に嘘も付けぬ。ワルドの心中は如何程のものか? 誰にも悟られぬ様、身体を小刻みに震わせる彼の口元から、一筋の血が零れたのを源之助は見逃してはいなかった。
 若者とは血気盛んな生き物だ。決闘とは、生半に行うものではなかろう。ウェールズは彼等の若い闘魂(たましい)に感服し、忍び笑いを漏らした。

 しかし人間、まして平民の使い魔が、どの様な方法を用いたかは分からぬが、スクウェアメイジを打倒したと言うのである。ウェールズはおもむろに源之助に近づくと、彼の両肩をがっしりと掴んで笑顔でこう言った。

「出来ておる」
「もったいなきお言葉にござる」
「見かけぬ剣を持ち歩いているようだが、流派は?」
「虎眼流」
「ふむ、知らぬ名だが……ハルケギニア無双を謳ってもおかしくない業前なのかも知れないな。君の様な剣士がこちらにも欲しかった」

 没落寸前とは言え、一国の皇太子からのこの言葉は、源之助にとって身に余る光栄であった。
 その時、ピシィと何かが割れる音がした。その音にウェールズとルイズが、何事かと部屋を見回すが、特に何があった訳でもない様だ。気を取り直し、彼は目的の品をルイズに手渡し、その内容についての注釈などを入れたりしている。
 音の正体に気付いている源之助は、ちらりとワルドの横顔に目をやった。その口元からは、小さな白い破片が零れている。
 奥歯の欠片であった。血が出るほどに噛み締めた歯が、砕けて彼の口から零れているのである。
 源之助は何事も無かったかのように、ウェールズとルイズの話す内容に、無表情で耳を傾けた。
 ルイズがまくし立てる様にウェールズへ亡命を勧めているのは、女性の心情故か。彼女には確実な死が待つ戦場に赴く者の気持ちが理解できないのだ。

「ゲンノスケも亡命した方がいいと思うでしょう?」
「…………」

 唐突に話を振られた源之助であるが、士(さむらい)としての生き方が全てである彼にとって、ウェールズの思考こそが正しいと感じるものである。

「ルイズ殿。戦を前にすれば、戦う者皆、士(さむらい)にござる。その士のなすべきは、お家を守る。これに尽き申す」

 戦わずして亡命したとなれば、家名に傷が付くことを考えての源之助の発言である。
 ルイズは源之助に聞いたのが間違いだったと、今更ながらに気付く。こいつはこういう奴だった。

「君の使い魔の言う通りなのだよ。彼の言うサムライとは、戦士の事だね。まさしく我等は戦士なのだ。敵に背を向けるわけにはいかんよ」
「お美事にござりまする」
「…………はぁ」

 ウェールズに対し、小声で言ってのけた源之助に対し、頭を抱えてルイズはため息を吐いた。