039

Last-modified: 2007-05-02 (水) 05:41:10

第三十九景 土壇場

屹立した清玄の剣は
ある種の威厳を備えていた

 

どくん どくん

 

 ドクン ドクン

 

「出来おるな 伊良子清玄」
「げに… げに恐るべき上段
 首斬り役人が科人を打つが如き威容」

 

「源之助をよく見よ雪千代
 あれが科人の貌か」

 

「透き通っておる」

 
 

真向唐竹割り!まっこうからたけわり
藤木源之助が斬られた!
そう見えたのはいずれも剣の熟練者のみで
町民たちはただぽかんと口を開けて見ていた

 

剣はまだ放たれていない
清玄は殺気のみを飛ばしたのだ

 

「"晦まし"だと 伊良子め なめおって」

 

そう 挑発である

 

参れ 貝殻野郎
貴様の大事な岩本家(おいえ)とやら
今日 この己が粉と砕いてくれる

 
 

深遠な容貌の内に潜む
清玄の憎悪の声が
聞こえたかのように
源之助は小さく頷くと
ゆっくりと刀をかついだ

 

ひっひっ
ひゅううう

 

頓狂な声を挙げたのは
老境著しい舟木一伝斎

 

虎眼流が
太刀をかついだら
用心せい

 
 

この日の虎眼流はかつぐに
とどまらなかった

 

(流れか)

 

「ま 本気(まじ)かよ」

 

対手に急所をさらけ出し
瞳はあらぬ方向を見据える

 

「あり得ぬ…」

 

これは決闘の光景ではない
土壇場の光景だ

 

三重はふりかえって
牛股を見た

 

源之助の兄とも言える
この男は 笑っていた

 

ザワ ザワ ザワ
 ザワ ザワ ザワ ザワ

 

異様な光景に領民たちがざわめき始めた
これは清玄にとって恐るべき事態である

 

いくは奇怪な源之助の姿を
血の出るほど凝視した
我が眼は清玄の眼とばかりに

 

清玄は左半身にひりひりと
殺気を感じている

 

左から流れが来る
"溜め"を作った渾身の流れが

 

来るなら来い 来てみろ
我が上段は 貴様の流れを
遥かに凌ぐ

 

ええい 黙れ
黙れ 愚民ども

 
 

清玄の苛立ちを
源之助は見ていた

 

虎眼流"紐鏡"
紐は氷面(ひも)である

 

「静まれ! 静まらぬか!
 厳粛なる仇討を何と心得る! 」

 

く…

 

「静まれ~~っ 」

 

役人の怒声と同時に
左ではなく 右から

 

飛猿 横流れ

 
 

"片手念仏鎬受け"!

 

鎬とは 刀身と峰の
中間にある小高い部分

 

この部位に掌底を
添えて防がなければ
"飛猿"は刀身もろとも
対手に斬り込んでいただろう