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Last-modified: 2009-11-10 (火) 15:59:55

第十八景 蝉しぐれ

町方の検死を終えた宗像進八郎の躯は
青みを帯び始めたが虎眼流高弟たちは
死装束を着せようとはしなかった

 

「太刀筋はやはり下から上…」
「下手人は涼と殺めた奴と同じ」

 

「宗像は術許しであったな」

 

剣法の奥義の許しには
金許し・義理許し・術許しの三つがある

 

金許しは多額の金子を受けて
未熟と知りつつも免許を与えるもの

 

義理許しは主従のあいだまたは何かの情実のために
剣技充分ではなくとも免許を与えるもの
大名の免許の腕前は大部分がこれにあたり
涼之介の中目録も祖父・伝蔵が虎眼の
旧知であるため与えられた義理許しである

 

術許しこそは実際にその技量によって与えられるもので
宗像進八郎の中目録は術許しであった

 

「油断したか 宗像…」
「正中線を抜かれるとは…」
「各々 気を引きしめい 敵は相当の者ぞ」

 
 

掛川

 

高弟の一人がさらし首となって
虎眼流の風評はどのようなものになったか?

 

「竹光?」
「おうさ 竹光よ
 さらし首となった宗像が
 くわえておったのは
 竹光であったそうな」
「なにゆえその下手人は竹光などを?」
「わからぬか その者にとっては
 虎眼流など竹光のごときなまくらに過ぎぬと…」

 

パキィ

 

ドサッ

 

山崎九郎右衛門

 

「虎眼流の御門人にござるか…」
「なまくらと申したか」
「せ 拙者はさような事は…」

 

パキィ

 

手首を用いた当て技は虎拳と呼ばれる

 

「口は災いの元」

 
 

ブチッ ムニュ ムニュ

 

プーッ

 

虎眼流を嘲笑うことなど不可能であった

 
 

みいいいん
みぃん みぃん
みぃぃん
みいいん みん みん

 

「丸子… 伊良子清玄の里は いずこであったかのう」
「伊良子? 突然なにゆえ」
「なに 奴が当流へ参った日もかくのごとき
 蝉の騒がしき日であったような」
「さようで?」
「ウム」
「伊良子清玄は 確か江戸の裕福な染物屋の倅で
 剣ばかりふっているので勘当されたとか 何とか…」
「江戸か…」

 
 

「これは これは 三重さま
 お体の具合 いかがあらせられまするか」
「お痛ましや」

 
 

涼之介殺害より10日が経過

 

師範牛股より夜間の単独行動は禁止されていたが

 

ハッ ハッ ハッ

 

ハァ ハァ

 

涼之介…

 

独身の内弟子である
九郎右衛門が時折このような妄想にふけるのを
見て見ぬふりをする情けが虎眼流剣士たちにも存在した

 

ちゅぱっ ちゅぱっ

 
 

出現したのか 始めからそこに居たのか
まるで枯れ木である
九郎右衛門の瞳孔が猫科動物の如く拡大した

 

「うぬか 涼を殺めしはうぬか」

 

九郎右衛門が刀をかついだ 虎眼流の必勝形である

 
 

速度 間合い 共に「流れ」を凌駕する斬撃であった

 
 

九郎右衛門の顔には焼け火箸が押しあてられていた