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Last-modified: 2007-04-06 (金) 11:00:15

第三十七景 封じ手

 

ぎゃ あ あ あ あ

 

「父の仇! 」

 

「三重どのか
 この目が見えぬのが
 残念だ」

 

仇討前日の早朝
三重は悪夢を洗い流すべく
白肌に冷水を叩き浴びせた

 

源之助の視線を感じたが
肌を隠そうとはしない

 

父 虎眼が
夫と決めた男で
あるからだ

 
 

当時 町民や農民の間では夜這いの風習があり
下級武士でも同様の行為は盛んである

 

虎眼流道場には
精気に満ちあふれた男衆が
多数出入りしていて

 

蕾のほころび始めたような
初々しい三重の肉体に
熱くならぬ筈はないのだが

 

その寝室に夜這う者は皆無であった

 

濃尾無双とうたわれた
岩本虎眼の屋敷に
忍び入るほどの胆力は
誰一人持ち合わせていなかった

 

ただ一人だけ
三重の寝室を訪れた者がいる

 

灼けた肌と潮の香りに
三重の心臓は早鐘の如く鳴った

 

柔肌に触れることなく男は去った
透けるように白い貝殻を残して

 
 

「藤木様
 先日 御家老の孕石さまのお屋敷にて
 このようなお言葉を賜りました
 生野陣内が虎眼を嘲笑せし折
 ただちに"打返し"に及びし
 源之助の忠節や天晴れ
 柔を用いた抜刀も見事と
 またこのようにも

 

源之助は必ずや
虎眼の仇を討ち果たし
そこもとを守り
岩本のお家を
磐石の重きに導く

 

そこもとは美しく源之助は凛々しいゆえ
ゆくゆくは掛川一の夫婦と評判になろうぞ

 

 

夫婦(めおと)…

 

いかなる時も冷静な源之助の瞳が
この時ばかりは燗と輝いた

 
 

清玄の太刀が
下段より神速で
跳ね上がることは
すでに解明している

 

逆さにぶら下がった牛股の姿勢は
それを再現するための工夫である

 
 

脇差にて下段斬りを封じると同時に
清玄の首があるべき位置に大刀が伸びている

 

三重の信頼を勝ち得た源之助に
一切の死角はない