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Last-modified: 2007-04-07 (土) 12:55:04

第四十景 土雷 つちらい

源之助の"鍔迫り"によって
清玄は大地に縫い止められた

 

足掻けば足掻くほど
膝が重く突き刺さる

 

両の手は
刃を防ぐことに
懸命であり

 

骨子術"指がらみ"による
脱出は不可能

 

「ぎ…」

 

剣術の試合であれば
"勝負あり"の声がかかり
止めが入る場面である

 

しかし これは試合ではない
仇討なのだ

 

一方が死するまで
見届けるのが定法である

 

「勝ちまする!
 若先生が勝ちまする!」
大坪が声を上げた

 

「うむ! ああまで深く
 "鍔迫り"が極(き)まれば
 返せまい

 

 さすがは源…いや
 若先生 良い勝ち方にござる

 

 三重さま…」

 

み……

 

士の子女にあるまじき
芯の抜けた立ち姿である

 

見てはいけない
ものを見たと思い
牛股が視線を戻すと

 

な…

 

清玄の脚が大蛇のごとく
源之助にからみ
口と鼻を塞いでいる

 

「まるで掌(て)じゃ
 ぴたりとはりついておる」
「つ
 つ…か あの脚の上がり様は異常!!」

 

「足掻きおる 清玄め まさに足掻きおる」

 

お お お お

 

清玄の首が落ちるのが先か
源之助の窒息が先か

 

双竜は互いの急所を
咬みあってもつれた

 

源之助の刃が頚動脈に触れた
その刹那
清玄の足指は 人手のごとく開き

 

顔面の経穴を肉撃されて
源之助の鍔迫りが緩む!

 

膝をねじ込み
清玄が馬乗りになる

 

死ね 貝殻…

 
 

虎眼流"土雷"

 

"土雷"は組み伏せられた状態から
踏み込みと全身の"反り"を用いて
瞬時に拳を内臓に
めり込ませる柔の技だが

 

源之助はこれを柄頭にて
行ったのである

 

反吐を噴射しつつ
人形の如く跳ね上がる清玄

 

「今ぞ! 止め……」

 
 

源之助はこの絶好の好機を見送った
見送らねばならなかった

 

家老 孕石備前守
この人物に万が一にも
危害を及ぼしてはならない
源之助はそう考えたのだ

 

備前守もそれを理解している

 

「惜しい…」

 

「参れ 清玄 臆したか」

 

凛然とした声が仇討場に響いた

 
 

藤木……
貴様を虎眼より一枚落ちると
値踏みしたのは誤りであった

 

かくなるゆえは
見せるより 他あるまい

 
 

清玄が進むと
源之助は仇討場中央へ

 

その掴みは濃尾無双と
うたわれた 虎眼流の

 
 

ひゅう ひゅう ひゅうう

 

四足獣のごとく
いなないたのは
舟木一伝斎

 

さらに
仇討場を見渡せる
小高い丘の上には

 

ぶりぶりっ ボトッ

 

糞をひりつつ この決闘を眺める
異形の剣士 屈月頑之助