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Last-modified: 2007-04-07 (土) 12:57:50

第四十一景 分身

門外不出の"秘めおきし魔剣"が
白日の下に晒された

 

流れ星……

 

「伊良子め盗みおった…
 虎眼先生の技を…」

 

腕の立つ剣客でも
見ただけで解明できる
術理ではない

 

しかし 将来において
この術理を看破する者が
ないとは言い切れない

 

伊良子の技量によっては
源之助が奥義を出すことも
やむなしと考えていた牛股だが
この光景は信じたくなかった

 

おのれ おのれ

 

牛股は必死にある衝動を押さえていた

 

ここにいる全ての輩を片端から
切り殺してしまいたいという衝動を

 
 

藤木よ お主を滅ぼすのは
岩本虎眼の"流れ星"ぞ

 

模倣ではない そのものである

 

「親父殿 伊良子清玄があの奇妙な構えを
 した途端 場の空気が変わり申した」
「むう…
 源之助が… 呑まれかかっておる…」

 
 

岩本三重の黒い瞳は
再び婚約者を見守っていた

 

源之助はすでに 流れ星の及ぼす
死の間合いの中に位置している

 
 

ゴロ ゴロ ゴロ ゴロ

 

異形の剣士はゴロゴロと喉を鳴らした
あたかも蝦蟇が雨雲を見た時のように

 
 

盲目の天才は感じていた
対手の闘志が
みるみる萎えてゆくのを

 
 

藤木源之助は流れ星を会得している
しかし 流れ星と相対するのは未知の領域であり
これに抗う術は知る筈はないのだ

 
 

二年前 奥義流れ星を開眼した源之助は
虎眼流免許皆伝を与えられた

 

その日以来 源之助の周囲に
幽鬼の如き剣士が現れるようになる

 

早朝の道場に 丑三つの境内に
虎子の間に至る廊下に

 

驚くべきことに
その剣士は流れ星を使うのだ

 

見えた時には切られていた

 

奇怪な剣士は眠っている時にも出現した

 

目覚めた時 切られた部位が
みみずのように膨れ上がっていた

 

その剣士の顔は源之助と全く同じである

 

来る日も来る日も源之助はこの分身と闘い
何度も何度も切断された

 
 

清玄の流れ星に対し
源之助は祈るような姿勢

 

な 何とした源之助?
虎眼流に然様な構えはないぞ

 
 

深々と五 六寸切り込んだ感触

 
 

見えた時には 二名の剣士は
刃と刃で結ばれていた

 

「な "茎"受け…」

 

"茎(なかご)"とは刀身の下部
柄に覆われている部分の名称であり
木剣稽古などで突きを払う際に
柄頭を用いることはあるが

 

超高速の一閃に
柄頭を合わせるのは
飛来する弾丸を弾丸で
撃ち落とすに等しき無謀

 

薄き刃は厚き装甲と化して
死の流星を喰い止めたのだ!

 
 

清玄の腕の付け根
動脈めがけて