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Last-modified: 2007-03-30 (金) 16:15:44

第十七景 面目

虎眼流邸内で死体が発見された場合
その犯人として最初に疑うべきは
外部の者ではない

 

「先生…
 ご免仕る…

 

ボリッ ボリッ ボリッ ボリッ

 

「ごゆるりと…」

 

師範!

 

「涼を殺めたるは虎眼先生にあらず」

 

ほっ

 

「この儀 役人に知らせてまいれ」

 
 

胴体は近藤家にほど近い薮の中にあった
最初に発見したのは涼之介の飼っていた
犬であった

 

「襟元が血に染まっておらぬ…」
「首を落としたるは脈が止んだ後…」
「されば涼が命を奪ったは 柔い顔を縦に割ったあの一刀」

 

「牛股殿 下手人の心当たりは?」
「前日 涼之介は牢人者を一匹成敗してござる」
「牢人者か…」

 

役人の返事には諦念があった
関ヶ原以後 幕府によって取り潰された
大名の数 おびただしく それによって生じた
牢人者 二十二万余
寛永の始め 彼らによる辻斬りが全国的に流行し
すでに町方に治められる規模ではなかった

 
 

涼之介の葬儀に
父 惚左衛門は幽鬼の如き表情を浮かべ
虎眼は曖昧なまま列に加わった

 

剣の柄を白紙で包み涼之介を見送るのは虎眼流高弟たち

 
 

涼之介 あの時 おまえはなぜ泣いていたのだ

 
 

「無双虎眼流の看板に泥を塗られ申した」
「一刻も早く下手人を仕留めねば
 まごまごしていると
 世間が嘲笑いはじめ申す」
「物笑いになってからでは遅い!
 一度潰れた面目は二度とは戻りませぬゆえ」
「一応の下手人を立てる
 虎眼流に牙むく者はただちに処せられる
 そうでなくては面目は守れぬ
 誰でもよいいうわけには参らぬ
 それなりに腕の立つ下手人でなくては」
「一刀流 檜垣陣五郎などは」
「ふさわしかろう」

 

虎眼流師範 宗像進八郎
その前身は掛川の侠客
鋼の肉体に刻まれた
二十二ヶ所の刀疵は
戦国時代の荒武者さながら
その握力は向かってきた
短刀を掴み止めるほど

 
 

粟ヶ岳

 

一刀流 檜垣陣五郎
かつて牛股権左衛門に敗れた身の上であるが
その後も山中に籠もり剣の修行に明け暮れている

 

「何奴じゃ!」
「虎眼流 宗像進八郎にござる!」
「よーう来たの そろそろ出むこうと
 思うておったところじゃ」
「お相手申す」

 
 

「とっとと掛川を出て行くべきであったな
 近藤涼之介殺し 一応の下手人討ち取ったり!」

 

下山した進八郎が倉真にさしかかった頃
霧の中で奇妙な光景に出くわした
早朝 橋の真ん中で男が杖をついて静止している
顔は判別できぬが どうやら笑っているらしい

 

「物狂いか」

 

男にかまわず歩み始めた進八郎は
恐るべき事実に気付いた

 

杖にあらず!

 

さらに恐るべき事実

 

立っているのではない
男はすでにかまえているのだ

 

「こやつだ こやつが涼之介殺しの…」

 
 

さらし首となった進八郎がくわえていたのは竹光であった