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Last-modified: 2008-03-07 (金) 09:53:28

第五十三景 絆

金倉医の疲労は極に達していた
ある者は鼻骨を折られ ある者は肋骨にひびが
麻酔なしで虎の手術を行ったのである
時節は秋口であったが
藤木源之助は裸のまま寝かされていた

 
 

み し り

 

清玄は豪雨の中 空気の軋む音を聞いた

 
 

駿府 長谷寺町

 

三年前清玄といくを救った月岡雪之介は
さる事情により星川生之介と名を改めている
生之介には“峰打ち不殺”なる奇妙な太刀筋があった
対手に斬りつける極めの刀が掌の中で半回転し
峰打ちとなる秘法である
武士である以上斬らねばならぬ されど斬りたくはない
始めから峰打ちに構えぬあたりに
尋常ならざる苦悩が見てとれる

 

「あの男… 清玄の剣に一切の迷いはない…
 まこと命ほど強面ものなし
 自己が生き残るためには
 凄まじく猛々しく堂々と心を狂わせる…
 生死の極みに入りし時
 清玄の剣は命の流れにまかせて
 最善の働きをやってのける」

 
 

膝をついた“流れ星”である
“流れ星”に対するには“逆流れ”の他にはない
しかしその発射台となるべき大地は
豪雨によって柔土となり果てている
ある一点を除いては

 
 

「清玄…」
めりぃ ゴポッ

 
 

低空の“流れ星”は清玄の胴を二つに裂いた筈であったが
牛鬼の怪力は目釘を折り刃なき剣を
清玄の剣は先の傷を再び深く貫き裂いた
その剣はしかし清玄自身の右足の肉を
骨まで切り裂いていた

 
 

「藤木…」
剣術道場の一人娘である三重にとって
男の裸体は日常の光景であるが
これに異性としての魅力を感じたことは皆無であり
むしろ“おぞましい”という印象を持っていた
夫と定められた藤木源之助の肉体も例外ではない

 

ある部位を見て三重の手がふるえた
そこは源之助の肉体であって源之助ではなかった
そこは源之助の肉体でありながら他の何者かと繋がっているのだ

 

憎い 憎い憎い…