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Last-modified: 2010-01-26 (火) 01:42:46

第六十三景 透視 すかし

伊良子清玄の相手を選別するため
藤木源之助と峻安の対戦を
見届ける筈であった
家老 三枝高昌は
にわかに登城を命じられ
邸宅に戻ったのは
すでに四ツを過ぎた頃である

 

楓の間にて
待機しているのは
蜜用方 馬淵刑部介

 

「殿のご様子に何か…」
「駿府城にて催す御前試合
 真剣をもってせしむべし!」

 

「殿に左様 仰せつかったが
 あくまで勝負の心構えに
 おいてのみのたとえであろう
 そうでなくては…」

 

「して馬淵 例の件はどうなった?」
「確と見届けましてございまする」

 
 
 

「峻安 用意は良いか」
「道中で藤木源之助どのにお会い申した
 まだお若い…」
「師の仇 清玄を討ちたいならば
 仏心など見せてはならぬぞ」

 

「緩めたりはいたしませぬ」

 
 

「藤木源之助
 只今より其方の腕を試す!
 支度せい!」

 

「聞こえぬか」

 
 

「支度せいと申しておる」
「かしこまりました」

 

「藤木源之助が練武場に入ると
 峻安がこれに一礼を捧げ」

 
 

検分役に招いた 戸田流 星川生之介が
双方に木剣を差し出したところ
「某は素手にて」

 

「だろうな 峻安に得物は不要…」

 

峻安が徒手と知ると
源之助も木剣を置いた
目方にして三倍体格の異なる
両者が対峙すると

 

「これは“手合い違い”にござる」

 

力の差があり過ぎて
勝負にならぬと星川生之介

 

山の如く峻安が構えると
藤木源之助はゆるりと歩み

 
 

馬淵刑部介には何も見えず
戸田流印可の慧眼だけが
源之助の当て身を目視えた
峻安は溺れるように呻ぎ

 

 お お お お お

 
 
 

「あの時 峻安はいったい…
 藤木源之助の何を見てあのような…」
「峻安は?」

 
 

「当て身ひとつでか…」
「いえ 当て身が死因ではございませぬ」

 

「おそらく見たのでしょう
 人の奥底には“無明”と呼ばれる闇が潜んでいて
 その闇を覗いてしまった者は鬼の姿と化する
 骨子術の達人は透視を用いると聞いております
 藤木源之助の奥底にはどれほどの“闇”が……」

 

「ふ 藤木源之助はまだこの屋敷に居るのか?」
「星川生之介に預けましてございまする」

 
 

馬淵刑部介はこの帰路
落馬にて果てた