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Last-modified: 2007-08-23 (木) 13:27:11

四十六景 修羅

駿府城
駿河大納言 徳川忠長

 

袴の裾を踏んだという理由で 小姓が一名手討ちとなった
忠長の附家老朝倉信正は隣接する掛川藩の城主でもあるが
日増しに悪化する忠長の癇癖をなだめ その行状を抑制するため
同じく附家老鳥居成次と共に駿府に常駐していた
この日 掛川では下級武士の仇討が行われている筈である
(そろそろ済んだ頃かの)

 

「死したる者をさらに砕き 撒き餌のごとく……」
「オエエ」
「腸を撒くのをやめさせい!」

 

命を受けて馬廻役が囲んだが おいそれと近付ける状況ではない
ひとり進み出たるは 石田凡太郎という者
家中では“菩薩の石田”で通っている
賄頭豊岡惣右衛門の三女は 蟷螂を思わせる醜女であったが
当時の縁談は相手の顔さえ知らぬのが普通である
周囲は憐れんだが 石田はこの妻を存分に愛し 三人の男子を儲けた

 

“人は姿にあらず”
石田の信念である
「牛股どの 天晴れな働きぶり 骨の折れたことにござろう
 一服入れて 息を整えられては…」

 

「おお…」「流石は石田…」

 
 

蝦蟇は知っていた 餌に出くわした獣は
決して唸ることなく 穏やかな目をすることを

 

ごくり
嘔吐を飲み込みながら この光景をいくは見据えた
清玄の秘剣のため丹念に整備した決闘の場が

 

ヌ ウ ウ

 

「ええっ」
「ご… ご家老!」
「親父殿!!」
「権左衛門! 落命したる者を弄び決闘の場を汚した上
 家中の者を手にかけたるは言語道断の仕儀!
 乱心したる者に仇討に臨む資格なし!備前守が成敗いたす」
この老武士 彼我の実力差は計算にない

 
 

「無明に堕ち果てしか牛股権左衛門 汝を救いしは我が剣のみ」