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Last-modified: 2007-03-30 (金) 10:45:34

第十五景 産声

掛川城下 岩本虎眼屋敷

 

「三重さま お体に障りまする
 この上は屋内でお待ちになられては…」

 

「寒うない 秋葉山じゃ
 お父上は今 秋葉山で
 流儀の秘奥を伝授なされている
 虎眼流の跡目となる方に」

 

三重さまが笑うていなさる…
ご苦労ばかりで笑みなど
とうに忘れた筈の三重さまが…

 
 

三重が七つの時
可愛がっていた燕の親子が
父 虎眼に葬られた

 
 

十一の時

 

「たわけ」
座敷牢で自害した母に 父が吐いた言葉

 

ねんねした子のかわいさむぞさ
朝の目さましゃ 乳たんと

 
 

まるで天女じゃ
三重さまの温もりで
雪も溶けるような…

 

春じゃ じきに春じゃ

 
 

屈辱の日
ただ一人虎眼の命に背き
三重の誇りを守った者

 

あの方は傀儡どもとはちがう
血の通うたまことの殿御

 

寒い筈はない
乙女の胸の内に
伊良子清玄が燃えていた

 
 

伊良子清玄は意識を取り戻した

 
 

後方からのいくの叫び
前方に憤怒の虎眼

 
 

こ… こは何事!?

 

清玄の睾丸は赤子の如く縮み上がり
瞳孔は大きく見開かれた

 
 

ち 違う!

 

こは秘剣伝授などではあらぬ

 

な… な 何ゆえ!?

 
 

その脳裏によぎるものは
指で搦めて 目で堕とした情女たち

 

掛川藩士 角野安次郎の娘 八重

 

桜井彦九郎の妹 房野

 

小唄師匠の小鈴

 

呉服屋の内儀 よし

 

小料理屋の娘 喜美

 

通寺町の後家 まん

 
 

研屋町の囲われ者 いく

 
 

―――――――――*―――――――――

 
 

く~ろかみのいろおとこ さらさら
"いく"とゆぶね つ~こたら
あ~かいまがくし さいた

 
 

「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ」

 

「う お お お お お お お お お お お」

 

止むことの無い清玄の慟哭は
天才剣士の終焉を示すものだろうか

 

これは産声…

 

新たなる怪物の産声…

 
 

「藤木… これでおぬしが虎眼流の跡目…」

 

誰じゃ!?

 

弟分の顔が別人に見えたのは
夜も明けきらぬ薄暗さのゆえ

 

権左衛門は自分にそう言い聞かせた

 
 

この日 生まれ出でた怪物は二匹
いや三………