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Last-modified: 2007-03-31 (土) 12:58:27

第二十一景 掛川天女

「あの… 人を斬る感触とは
 いかなるものでしょうか?」
「あれだ
 濡手ぬぐいを叩くが如き音よ」
「うまく斬れば 手応えはない」
「涼」
「はい」
「うまい麦飯じゃのう」
「あ… はい」

 
 

伊良子清玄の仕置追放から半年――

 

三重は拒食に陥り
足を閉じていても
尻穴が見えるほど
痩せさらばえていた

 

湯舟に映った
自分の姿に戦慄して以来
入浴はもっぱら部屋での行水

 

家中の鏡を傷つけた上
漆塗りの盆も引き掻いた

 

化粧箱の引き出しの中には
蝉の死骸が入っており
その奥には
顔を切り裂かれた
雄雛が眠っている

 
 

体を拭いていて時折思う
この手があの方の手であったなら

 
 

この日は四足獣の肝であった

 

「種 種ェ」

 

月経の停止した娘に精をつけさせて
強い種を宿す器を取り戻して欲しい
その切なる願い

 

最終的には自身(おのれ)が
たいらげてしまうとはいえ

 

この親心は 確実に
三重の心を蝕んでいった

 
 

初雪の日

 

羅織のじゅばん一枚の三重が宿場を駆けた

 

痩せさらばえた三重の肉体が
この時ばかりは艶めいて
この世のものならぬ
美しさであったという

 
 

主君 安藤直次より預かりし妖刀
七丁念仏が消え失せていた

 

「三重か!

 

 斬れ… 斬って取り戻せ…」

 

内弟子にとって虎眼の命令は絶対である

 
 

なんと妖しき刃の輝き……
吸い込まれそうだ…

 

「三重さま危のうございまする 刃を鞘に……
 お家のため… 致し方なし… 」

 

「三重さま 三重さま…」

 

「あ… 三重さまが担いだ…」
「持っておれ」
「え……
 危のうございまする 三重さまの流れはきっと…」

 

危ない 不充分な流れはそれゆえに危ない

 
 

絶対に落としてはならぬ宝刀であった
しかし そうでなくとも 源之助は
この太刀を命がけで守ったであろう

 

「フジキ」

 
 

「女子の三重さまがなにゆえあのような
 妖刀を欲しがったのでしょう?」

 

誰が知ろう 七丁念仏に映る姿だけは
かつての温かくふくよかな三重であったのだ

 
 

その三重に食欲が戻ったのは
何者かの手により虎眼流剣士たちが
討たれ始めた時期と ぴたりと符合する