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Last-modified: 2007-03-31 (土) 13:06:21

第二十六景 月光

検校屋敷での魔の宴より六日後

 

見付宿

 

掛川を離れること七里
浜松にほど近き場所

 

伊良子清玄の魔手より師を守るため
一刻たりとも岩本道場を留守にしたくない
権左衛門であったが

 

「これを怠ること まかりならぬ!」

 

師の命令は絶対である

 
 

門前にて笑みを見せ
悠々と道場に踏み入る

 

 ぶ っ

 

ほどなく 奥へ通されると 道場主の須藤主馬は
門弟指導の礼金なるものを差し出した

 
 

間の月の十五夜近き頃
看板に無双と書かれた道場を巡り
同様の所作を繰り返す

 

これは「無双許し虎参り」と恐れられた
若き日の虎眼の路銀調達法であった

 

内弟子衆で手分けしていたこの仕事を
この夏は権左衛門一人でやらねばならなかった

 

現在岩本家で師を守るのは藤木源之助と
濃尾道場より呼び寄せた免許皆伝の者三名

 
 

「うぬらは…」

 

多くの検校が身分と財産を守るため
奉公人に手練れを雇った

 
 

大名並みの身分を誇る検校が
一介の牢人であった伊良子清玄に
手を貸すのは

 

芸や学識においては目開きを
上回る能力を持つ検校が
絶対に敵わぬとあきらめていた
最後の領域…

 

"武"の領域においても
清玄の肉体は目開きを凌駕する
神秘を秘めていたからだ

 
 

帰路を急ぐあまり生じた隙であろう
いかに腕の立つ剣士であろうとも
遮蔽物なき場所で鋲術に狙われては
ひとたまりもない

 

直打法によって打ち出される鋲は
打たれる側から見ると
わずかな点でしかなく
剣では落とせない

 

「命じたのは伊良子清…」

 

ただひとつの誤算は
この日 権左衛門が
携えていた盾となり得る木剣
「かじき」の存在

 

三間という直打法の間合いでは
剣術の及ばぬ安全な位置と思われたが

 
 

蝉丸の最も危険な武器は手甲鉤ではない
その口中にある

 

恐るべき腹圧で射出される含み針の威力は
水中の鯉の目を正確に射抜くほどだ

 

「虎眼流 星流れ」

 

伊良子清玄の執念であろうか
首の無い蝉丸の腕が
権左の足を掻いた

 

毒か!

 
 

虎眼流が無双の名を失うのは
まさにこの夜である