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Last-modified: 2007-05-24 (木) 20:16:39

第七景 童唄 

むーざん むーざん
とーらの かーこいもの

 

まーしろないぬ ころころ
"いく"に か~し も~ろたら
あ~かいはな さいた
むーざん むーざん

 

ごふくやのい~なずけ てくてく
"いく"に な~まえ よ~ばれたら
あ~かいけ~さ さいた
むーざん むーざん

 

ぶ~ぎょしょのか~みそり ずんずん
"いく"のおおだな たずねたら
あ~かいまえだれ さ~いた

 

むーこからくるは"いく"
とーらの かこいもの

 
 

粟ヶ岳 松葉の滝

 

「むーざん むーざんか」

 
 

木造家屋の密集する当時の宿場町では
最も恐るべきものは火災であり
裕福な商家でも自宅に風呂を持つことは許されない

 

いきおい湯屋のにぎわいは大変なもので
頭は陰嚢を槍き 尻は眉額より上り
背は背と軋り 脚は脚と交わる
男湯 女湯の区別ができるのはまだずっと後のこと

 

触らぬ"いく"に祟りなし

 

掛川の童唄に無惨無惨とうたわれた
濃尾無双の剣客 岩本虎眼の囲われ者(妾)
"いく"である

 

「おまえさまは命がいらないのかえ?」
「湯につこうておるだけで死ぬる者など」
「むざんむざんの童唄は嘘ではありませぬ
 わたくしの側に近寄る殿方はみな…」
「奥方様の耳に入れたき儀が」
だんな様のご門弟 伊良子先生

 
 

研屋町裏長屋(とぎやちょううらながや)

 

「わたくしは呪われの身
 添い遂げようと誓った人を
 二人も死なせてしまいました

 

 かくのごとき忌まわしきわたくしを
 だんな様は可愛がってくださる」

 

「奥方様は"七丁念仏"なるものをご存知で?」

 

七丁念仏…

 
 

元和三年 掛川城

 

掛川城主 安藤直次
「それなるは 駿河の頼宣公より
 賜りし業物…
 名を"七丁念仏"と申す

 

 御家中の使い手対馬守長勝(つしまのかみながかつ)が
 これを用い辻にて験したところ
 斬った筈の乞食坊主が血の一滴もたらさず
 念仏を唱えながら歩みを止めぬ
 刀創が開き血が噴いたのは七丁ほど先であったそうな

 

 いかに虎眼 この儀 真実(まこと)であろうかの?」

 

「生き様しにて」

 
 

斬られた人間が七丁も歩くのは不可能である
しかし
士が主君に対し出来ぬと申し出ることもまた不可能

 

「~~っ」

「こ これ」

 

ひ…

 

「やはり眉つば物であったか 七丁念仏」
「それともそこもとの腕が老いたかの」
「これは名剣業物にあらず
 いわば妖刀と申すべきもの」
「そはまことか 虎眼」
「殿 そろそろにござる」

 

腰の辺りがじわりと重くなった
失禁と思ったが小便の色ではない
眼の前の科人が斬られた際
自分の腹部に感じた「熱さ」の真相を知った時
岡部平兵衛の心臓は停止した

 

「ホォオ」

 

要は皮一枚
恐怖によっても人は死ぬのだ

 

「それでは… 私の許婚男は
 だんな様が殺めたと…」
「門弟の身ゆえ これより先は何とも」
「………」
「それがしの申し付けたき儀はつまるところ
 奥方様はただの女 童唄など笑止」

 

むーざん むーざん