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Last-modified: 2010-05-27 (木) 01:37:29

第七十七景 謁見 えっけん

寛永六年九月二十日
“御殿との謁見を許すゆえ 見苦しきなきよう調えて参れ”
そのように駿河藩より仰せつかり 割符と支度金を賜った藤木源之助は裃をあつらえた
「立派なお姿にございます」

 

「おおっ 肩衣が様になっておる 虎にも衣装かのう」
「笹原さま 駿河大納言さまは大変猛々しいご気性の方であらせられると聞いております」
「田舎育ちの無骨者ゆえ 助言などあればうかがいたい」
「これは驚いた 藤木どのがそのような殊勝なことを申されるとは
 ご案じ召さるな 不足を知る者は“足る者”じゃ」

 

実際のところ 忠長の癇癖は天災の如きもので 暴発する時は暴発するものであり 対処法などは一切存在しないのだ

 

謁見の日 周三郎は源之助を伴って城内を一巡した
「駿府城は神君家康公が二度に渡りお手を入れられた城 美しいであろう」
「兄弟子に見せとうござる」
「兄弟子がおられるのか」

 

「おぬしはあの虎子の間で一生を終えるつもりか? 虎眼流に明日はあると思うか?」
ぐっ
(ある! 明日はある!)

 

みいいん みいん みいん みいいい…ん

 

杖をついた剣士の目は もとより閉じられていた
隻腕の剣士の目は 石段に伏せられていた
ドクン  ドクン ドクン

 

見る時は斬る時 そう決めていた

 
 

にわかに黒雲がたちこめ 雨となったが 謁見の場は屋内ではなかった
「まもなく御殿が参られる そこもと等は臥して待つべし」
座波間左衛門

 

一刻ほど経ったろうか

磯田きぬ

剣士たちが寒さに凍え始めた頃
駿河大納言が現れた

 

「殿 庭に控えておりまする者らが 来る九月の二十四日…
 真剣試合にて奉公つかまつる者共にございまする」

 

一瞥して通過するのみと思われた忠長が 足を止めて剣士たちを見据えた
家老 三枝は 安堵に胸をなでおろした
(我ながらよく集めたものよ これだけの人数が殿のために命を奉るとあっては 殿の武魂も慰められるというもの)
バシャ
駿河大納言が庭に降り立った
“面上げ”の声あるまでは 平伏し続けるしかない

 

サフ

 

あ…
「と… 殿…」
突如鮮血の臭いが鼻をついた
誰かが斬られたのだ!
しかし平伏中である以上 状況を目視することは出来ない
(お手討!? 殿がお手討をなされた!)
何故?
何故に?

 

「これしきか…」
そもそも真剣御前試合とは天下への野望
忠長の夢想の中では 江戸将軍家を傾けるために十万の兵が平伏している筈であった

 

この日 真剣御前試合“最初の血”が溢れ出た